3
遺影のゴーレム――萩原海は、少しだけ恥ずかしそうに笑っていた。
線香を上げて手を合わせる。隣には当の本人であるゴーレムも座っている。彼は何を思っているのだろうか。自分と同じ顔の遺影を黙って見つめていた。
「あなたが涼森れいなさんの?」
お茶を淹れてくれた初老の女性は、萩原みどりと名乗った。やっぱり萩原海の母親で、今年で60の還暦を迎えるらしい。近くで見れば見るほどゴーレムにそっくりだ、と沙月は思った。
「はい。沙月と申します」
「似ているわ。お母様に」
私ファンなのよ、とみどりは笑った。
「うんと昔のことだけどね。あの子が涼森れいなさんと共演できるってなって、私もすごく嬉しかった。亡くなられたのは本当に残念ね」
沙月は心がチクりとした。この人も、涼森れいなを惜しんでいる。
「お母様の本を書かれているんですって?」
孝太がどこまで前置きしているのか知らなかったけれど、沙月は「はい」と肯定した。
「仕事人間でしたから、私は母を知りません。だから、こうして母を知る人を訪ねているんです」
「そう……それは立派ね」
チクりとした心の痛みが滲む。きっと、みどりが想像している本とは別物だ。沙月は母への「不満」を敢えて話さなかった。もし本当に自分が書いた本をみどりが読んだとき、えらく落胆するのではないか、と考えてみる。
「私は少ししかお話をしなかったけれど……」
みどりは、涼森れいなとの思い出話を語ってくれた。息子である萩原海に、本当の我が子のように優しく接してくれていたこと。撮影現場にはいつも美味しいお菓子を差し入れしてくれたこと。そのどれもが、目の前にいる娘の沙月を気遣ったものでなく、本心から出る褒め言葉であることに疑いはなかった。
彼女の話の最中、沙月は得も知れない感情をずっと抱いていた。心に立つ鳥肌。隠し事をした後ろめたさによる罪悪感ではない。沙月の行き先では、皆が母を褒める。遠い無機質なテレビ越しの称賛の声は疎ましいのに、生で聞く血の通った声は、どうしてこうも心に刺さるのか。
結局、2杯のお茶をご馳走になって、沙月たちは萩原家を後にすることにした。最後に息子である海の部屋を見せてくれと孝太が頼んだけれど、もうないですよ、とみどりは笑ってみせた。
「そろそろお
階段を降りた門の前で、孝太が深々と頭を下げる。
「いえいえ、私も昔話ができてよかったわ。れいなさんの娘さんにもお会いできたし」
みどりと目が合う。彼女は私に涼森れいなを重ねているのだろう。沙月は病院で出会った葉純を思い出す。私は涼森れいな本人じゃないのに、どうして皆は重ねたがるのか。
沙月は山間の少し肌寒い風を感じながら、みどりには見えないようにそっとゴーレムの手を握った。
「最後に、もうひとつだけ聞いて良いですか?」
「なにかしら?」
「母は『絆創膏』放送の後、芸能活動を休止しました」
「……そうでしたっけ?」
「はい。そこから活動再開するまでの6年間、母が何をしていたのか、ぽっかり空白が出来てるんです。何か知りませんか? 母が活動を休止した理由までいかなくとも、変わったことや些細なことでも構いませんから」
言い終えてから、沙月はひとつ深呼吸をした。叔母の綾音も仕事の仲間の佐渡も思い出せなかった、空白の6年間。息子が共演した彼女ならば何か知っているのではないか、と沙月は考えた。しかし、
「ごめんなさい、分からないわ。私は少しだけしか涼森れいなさんとお話しなかったから、いつも新鮮な印象でしたから」
そして、「あの子が生きていたら」と、みどりは初めて悲しみの色を溢した。居心地の悪い沈黙が蔓延った。沙月は、思わずゴーレムに振り返る。ここにいるのに。でも、頑なに口を閉ざしたままのゴーレムが。
「あ! ひとつ、思い出したわ」
「何ですか!?」
「あの子、海はね。涼森れいなさんからよくコーラを貰っていたのよ」
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