「ど、どこにいるのか、分かる?」

「可奈姉のこと?」

「……うん」


 喉が渇く。唾が上手く飲み込めない。


「うーん。あ、ちょっと待って!」


 何かを閃いたかのように、葉澄は学生鞄のポケットから、スマホを取り出した。シルバーのアイコンマークに被せるように、ハートのシールが貼られてある。


「それ、可奈のやつと同じ……」

「同じというか、実は可奈姉のものなんですよね」


 葉澄は画面を見ながら、さらりと言ってのけた。


「どうして?」

「私、スマホ買ってもらってないんです。友だちはみんな持ってるのに。だから、可奈姉のを勝手にパクっちゃった」


 沙月のなかで、何かがカチリと填まる音が聞こえたように思えた。


「SNSは? 電話番号は?」

「番号は変えられないからそのままですけれど、SNSは全部新しいアカウントにしちゃいました」


 でも、可奈姉のアカウントに再ログインすれば……。

 バックライトに照らされた彼女の顔は、さすが従妹と言わんばかりに、可奈の面影を感じさせた。

 

 彼女はアカウントを自分の物に変えていた? だから、可奈にいくら連絡をしても無視された訳だ。

 

 沙月の手に、冷たくて小さな何かが触れた。見ると、ゴーレムが手を握っている。あら、また。自分とは関係の無い話に飽きたのか、瞼が重たそうだ。


 でも、待って。一回返事が帰って来なかったっけ? 私だけでなく、上枝さんにも。


「あった! 採用通知のメールを見つけました!」


 とびきりの声に驚かされて、疑問はいったんはお預けだ。


「どこ!?」

「駅前に新しくオープンした、アイスクリーム屋さんです」



「あの……握手してもらっても良いですか?」


 去り際に掛けられたその言葉に、沙月は今日一番で驚いてしまった。


「え!? わ、私が?」

「はい……」


 まるで、お菓子やオモチャを目の前にした子どもだ。目も合わせてくれないけれど、葉澄の頬はうっすらとピンク色に染まっていた。

 それがなんだか可笑しくって、沙月にも笑みがこぼれる。葉澄と出会い、親友の行方が分かった。可奈は、みんなが噂するような人じゃない。可奈にそっくりな目の前の少女のおかげで、心かうんと軽くなった。


「じゃあ、どうぞ……」


 手を差し出すと、葉澄はすぐさま両手で優しく掴む。


「あー泣ける。私ずっと可奈姉に会わせてくれって頼んでたのに……。可奈姉って頑固だから、全然取り合ってくれなくって」

「どうして?」


 ぶんぶんと、握られた手を揺らされる。


「迷惑がかかるー! とか、そういうの嫌いだからやだー! とか。でも実際こうして会ってみると、優しい人で良かったぁ」


 彼女の言葉に、正直ドキリとした。

 可奈は親友を。でも私は何をやっているのだろうか。可奈が悪いことをしているんじゃないかと、少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしい。


 病室は暗かった。廊下から入る西日が、葉澄の金髪をこげ茶色に見せた。



「これ、返してください」


 病室を出ようとした時に、葉澄からスマホを渡された。


「これから会いに行くんですよね? 可奈姉って怒るとめっちゃ怖いから、お願いしても良いですか?」

「そうだけど……いいの?」

「はい! 夏休みだし、私もバイトするんです」

「葉澄ちゃんは中学生でしょ?」


 葉澄はえへへ、と可愛く笑った。沙月も、彼女につられて思わず頬が緩む。


「分かった。ちゃんと渡しとくね」

「ありがとうございます!」


 さぁ行こう。親友のバイト先に。アイスクリーム屋なんて、なんて可愛らしいんだろうか。しかも、それは奇しくも昼間に上枝さんと食べたオレンジのアイスクリーム屋だった。


「そうだ、ひとつ聞いていい?」

「はい?」

「最近、お父さんと会った?」

「え? うーん……そういえば、お母さんが出ていった次の日くらいに会ったかも」

「それっていつくらい前?」

「先週くらいかな?」


 やっぱりね――

 填まりかけていたパズルのピースが、綺麗に収まった。


「葉澄ちゃんは、お父さんとは仲が良いの?」

「はい! 大好きですよ。パパとは腕組んじゃうくらいなんですけれど、パパは恥ずかしいから止めろって」


 ほらね――


「でも、どうしてそんなこと聞くんですか?」

「ううん、気にしないで。色々ありがとうね。スマホはちゃんと返しておくから」


 可奈にはいないが、葉澄ちゃんにはお父さんがいる。クラスメイトたちは勘違いしていたのだ。可奈にそっくりな従妹に。


「また会ってくれますか?」


 病室を出ようとしたところ、今度は葉澄から声を掛けられた。


「もちろん。私で良ければ、ね」

「やった! ありがとうございます!」


 今までは母の影を感じることに、とんと嫌気がさしていたのに、なんだか今は気分が良かった。可奈の所在が明らかになったからかもしれない。葉澄のひと柄に癒されたのかもしれない。

 それでも、生まれて初めて、ほんのちょっとではあるけれど、自分が涼森れいなの娘で良かったと、思えてしまったのだ。


 病室を出たあとも、葉澄は大きく手を降っきた。

 西日はすでに山に沈みかけている。

 早く行かないと、可奈のもとに。

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