8
「ど、どこにいるのか、分かる?」
「可奈姉のこと?」
「……うん」
喉が渇く。唾が上手く飲み込めない。
「うーん。あ、ちょっと待って!」
何かを閃いたかのように、葉澄は学生鞄のポケットから、スマホを取り出した。シルバーのアイコンマークに被せるように、ハートのシールが貼られてある。
「それ、可奈のやつと同じ……」
「同じというか、実は可奈姉のものなんですよね」
葉澄は画面を見ながら、さらりと言ってのけた。
「どうして?」
「私、スマホ買ってもらってないんです。友だちはみんな持ってるのに。だから、可奈姉のを勝手にパクっちゃった」
沙月のなかで、何かがカチリと填まる音が聞こえたように思えた。
「SNSは? 電話番号は?」
「番号は変えられないからそのままですけれど、SNSは全部新しいアカウントにしちゃいました」
でも、可奈姉のアカウントに再ログインすれば……。
バックライトに照らされた彼女の顔は、さすが従妹と言わんばかりに、可奈の面影を感じさせた。
彼女はアカウントを自分の物に変えていた? だから、可奈にいくら連絡をしても無視された訳だ。
沙月の手に、冷たくて小さな何かが触れた。見ると、ゴーレムが手を握っている。あら、またうっかり忘れちゃってた。自分とは関係の無い話に飽きたのか、瞼が重たそうだ。
でも、待って。一回返事が帰って来なかったっけ? 私だけでなく、上枝さんにも。
「あった! 採用通知のメールを見つけました!」
とびきりの声に驚かされて、疑問はいったんはお預けだ。
「どこ!?」
「駅前に新しくオープンした、アイスクリーム屋さんです」
◯
「あの……握手してもらっても良いですか?」
去り際に掛けられたその言葉に、沙月は今日一番で驚いてしまった。
「え!? わ、私が?」
「はい……」
まるで、お菓子やオモチャを目の前にした子どもだ。目も合わせてくれないけれど、葉澄の頬はうっすらとピンク色に染まっていた。
それがなんだか可笑しくって、沙月にも笑みがこぼれる。葉澄と出会い、親友の行方が分かった。可奈は、みんなが噂するような人じゃない。可奈にそっくりな目の前の少女のおかげで、心かうんと軽くなった。
「じゃあ、どうぞ……」
手を差し出すと、葉澄はすぐさま両手で優しく掴む。
「あー泣ける。私ずっと可奈姉に会わせてくれって頼んでたのに……。可奈姉って頑固だから、全然取り合ってくれなくって」
「どうして?」
ぶんぶんと、握られた手を揺らされる。
「迷惑がかかるー! とか、そういうの嫌いだからやだー! とか。でも実際こうして会ってみると、優しい人で良かったぁ」
彼女の言葉に、正直ドキリとした。
可奈は親友を売らなかった。でも私は何をやっているのだろうか。可奈が悪いことをしているんじゃないかと、少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしい。
病室は暗かった。廊下から入る西日が、葉澄の金髪をこげ茶色に見せた。
◯
「これ、返してください」
病室を出ようとした時に、葉澄からスマホを渡された。
「これから会いに行くんですよね? 可奈姉って怒るとめっちゃ怖いから、お願いしても良いですか?」
「そうだけど……いいの?」
「はい! 夏休みだし、私もバイトするんです」
「葉澄ちゃんは中学生でしょ?」
葉澄はえへへ、と可愛く笑った。沙月も、彼女につられて思わず頬が緩む。
「分かった。ちゃんと渡しとくね」
「ありがとうございます!」
さぁ行こう。親友のバイト先に。アイスクリーム屋なんて、なんて可愛らしいんだろうか。しかも、それは奇しくも昼間に上枝さんと食べたオレンジのアイスクリーム屋だった。
「そうだ、ひとつ聞いていい?」
「はい?」
「最近、お父さんと会った?」
「え? うーん……そういえば、お母さんが出ていった次の日くらいに会ったかも」
「それっていつくらい前?」
「先週くらいかな?」
やっぱりね――
填まりかけていたパズルのピースが、綺麗に収まった。
「葉澄ちゃんは、お父さんとは仲が良いの?」
「はい! 大好きですよ。パパとは腕組んじゃうくらいなんですけれど、パパは恥ずかしいから止めろって」
ほらね――
「でも、どうしてそんなこと聞くんですか?」
「ううん、気にしないで。色々ありがとうね。スマホはちゃんと返しておくから」
可奈にはいないが、葉澄ちゃんにはお父さんがいる。クラスメイトたちは勘違いしていたのだ。可奈にそっくりな従妹に。
「また会ってくれますか?」
病室を出ようとしたところ、今度は葉澄から声を掛けられた。
「もちろん。私で良ければ、ね」
「やった! ありがとうございます!」
今までは母の影を感じることに、とんと嫌気がさしていたのに、なんだか今は気分が良かった。可奈の所在が明らかになったからかもしれない。葉澄のひと柄に癒されたのかもしれない。
それでも、生まれて初めて、ほんのちょっとではあるけれど、自分が涼森れいなの娘で良かったと、思えてしまったのだ。
病室を出たあとも、葉澄は大きく手を降っきた。
西日はすでに山に沈みかけている。
早く行かないと、可奈のもとに。
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