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「ごめん! 心配かけちゃって」
こうして犯人は、呆気なく御用となった。
再びオレンジのアイスクリーム屋を訪ねてみると、親友が笑顔でレジカウンターからお客さんにアイスを渡しているところだった。
今はバイトリーダーさんに無理を聞いてもらい、狭い控え室に沙月も通してもらったのだ。
「はい、これ預かりもの」
「葉澄、スマホもういいんだ」
「知ってたの?」
うん、と可奈は頷いた。
あの日とは変わらない親友の顔。日焼けして、少しタレ目。葉澄と同じで、気持ちが顔に出やすい。
正直、怒ってやろうと思っていたのだけれど、そんな彼女を見て沙月は怒る気力も奪われてしまった。要は嬉しかったのだ――また会えて良かった。何も変わらず、いつも通りの可奈で安心した。
葉澄ちゃんがやってきて、母が足を怪我して。全部の皺寄せが親友にやってきているような気がした。
思えば、可奈が学校を休んでまだ3日ほどだ。なのに沙月は、自分がとても脆く感じた。親友がいないと、いかに心細いのか。特に今は――
「私ね、お母さんの本を書こうとしてるんだ」
「え? お母さんって……亡くなった涼森れいなのこと?」
「うん」
いつも避けていた話だから、可奈は驚いたような顔をした。
「チヤホヤされているのがシャクなの。私を置いて出ていったのに、テレビではお母さんはいかに素晴らしかったかぁってね」
だから娘である私が暴露するんだ、と笑ってみせると、可奈はぎゅっと手を握ってきた。葉澄と同じ、力の籠った握手だった。
「私でよければ力になるよ! なんでも言ってね」
「うん、ありがとね」
控え室の蛍光灯がチカチカと鳴る。虫が
「葉澄ちゃんのお母さんは、いつ帰ってくるの?」
すると可奈は、罰が悪そうな顔をして、声を低くして答えた。
「もう帰って来ないよ。再婚したの」
「それ、葉澄ちゃんは知ってるの?」
「ううん……でも、いつかは言わないとね」
葉澄は、もともと母とは仲が悪いと言っていた。居なくなってすっきりした、と。でも、母親とは唯一無二なのだ。沙月は自分の母と同じ、葉澄を見捨てた彼女の母への怒りよりも、葉澄自身を可哀想だと思った。
いなければ、怒られることも、ケンカすることだって出来ないのに。
お世辞にも綺麗にとは言えない控え室。お店のオレンジ色の外観とは違い、無機質で窮屈なコンクリートの壁。壁に掛かる時計はもうすぐ7時を指そうとしており、その下には可愛らしいキャラクターの温度・湿度計があった。
「可奈のお母さんは? 怪我は大丈夫なの?」
「うん、歳で治りが悪いから、入院したんだ」
「バイトしてることは、知ってるの?」
「ううん、秘密。だって、怒られるのイヤじゃん?」
可奈はそう笑ってみせた。
控え室から出ると、待っていたゴーレムと目が合った。
いけない、また忘れちゃってた……。
「じゃあまたね。あ、旅行の話は流れてないからね」
そう言いながら、いつの間にかエプロンを着けていた可奈は、ゴーレムの横を通りすぎていった。
「うん、またね!」
可奈に手を振り、そして
「おまたせ」
ゴーレムはコクンと頷いた。
「アイス買ってあげようか? 今日1日付き合わせっぱなしだったから」
するとゴーレムは、今度は大きく、そして何度もコクンコクンと頷いてみせた。
そんな少年が可笑しくって、沙月は思わず声を出して笑ってしまった。
ゴーレムも笑う。その笑顔は、無邪気な少年そのものだった。
(「第5章」へつづく――)
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