「従妹?」

「はい、葉澄はすみって言います」


 あの時、千枝子さんが言った名前を思い出す。それにしても驚いた。可奈に従妹が居たなんて……。それもそっくりの。


「えっと、じゃあどうして従妹の葉澄さんがここに? ここは可奈のお母さんの病室だよね?」

「はい。今はリハビリに行ってますけどね」


 葉澄は無邪気に笑ったあと、今度は眉間にシワを寄せて声をひそめた。


「私、母さんとはケンカばかりなんです」


 葉澄はツトツトと語り始めた。

 彼女は可奈が住む団地の近くに住んでいた。沙月や可奈たちと同じ中学校の生徒で、思春期らしく母親とはよくケンカするらしい。


「今度は母さんが出ていったんです。ジョウハツってやつ? 朝起きたら荷物もなんにも無くなってて。それで、今は可奈姉の家でしばらく居候しているんです」


 内容とは反対に、当の本人はまったく無関心な様子だ。まるで、間違って捨ててしまった大切な物を「いいよ、どうせ捨てるんだから」と言っているかのように。


 母さんがいない――それだけで、沙月の胸はチクりとした。、つい無意識に口から溢してしまった。


「お父さんは?」


 言ってから、「しまった」と思った。だが、葉澄は例の口調で「単身赴任で、今は横浜にいるんです」と言った。


「お父さんのところに行かなくて良いの?」

「ううん、会社の寮? みたいなところで……転校しないといけないし、男ばっかで暑苦しいんですよね」


 葉澄は露骨に嫌な顔をしてみせた。沙月は、そんな豊かな彼女の表情が可笑しくなった。よく顔が動く子ね。可奈にそっくり。

 

「そうだ。葉澄ちゃんは可奈がどこにいるのか分かる? ずっと学校も休んでたの」


 葉澄は、今度は目を大きく見開いて、とびっきりの驚いた顔をしてみせた。


「あちゃー……可奈姉、学校休んでるのかぁ」

「どういうこと?」


 はたして、これが可奈へと繋がるロープに成りうるのだろうか。沙月の胸は静かに鳴った。


「えっとね……うちもそうだけど、可奈姉の家も貧乏じゃない? だから私がひとり増えただけで困っちゃうと言うか」


 声を潜めながら、葉澄はバツが悪そうに自分の頭を軽く叩いてみせた。その手の爪には、ワインレッドのネイルが塗られていた。


――私がバイトするよ!


「いいよそこまでしなくても、って断ったんですけどね。その時の可奈姉がいつにも増してガンコで。でも、まさか本当にしてたなんて……」


 背中に冷や汗が伝う。汗を掻きにくいのに、その一筋だけは妙にはっきりと分かった。遠くで、カラカラカラと台車の音が聞こえた。

――派手なメイクしてた。

――オトコの人と歩いてたよ。


 嫌でも思い浮かぶ噂話たち。予期せぬ住人のために、親友は本当にのか。

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