県道を走る車の窓外の景色は、どんどんと田んぼばかりになっていった。


 海の方へ向かっているのだろう。唯一の繁華街である駅前を通りすぎた後は、ポツリポツリと民間やガソリンスタンドが見えるだけ。


 途中、一度だけコンビニ休憩を挟んだ。エアコンが効いた車内から一歩出ると、まるでサウナのようだった。広々とした駐車場には、日光を遮りるものは何もなくて、すぐ近くで陽炎か揺れていた。

 沙月は忘れずにゴーレムにコーラを買ってやった。車に戻ると、少年は嬉しそうにはにかんで、プルタブをカシャッと開けた。


「溢さないでくれよ。中古でも奮発したんだから」

「わかりました」と、代わりに沙月が答える。

「あとどれくらいですか?」

「うーん、もうすぐだと思うんだけどなぁ」


 孝太は運転席にセットしたスマホの地図とにらめっこしながら、県道から民家が建ち並ぶ狭い道へとゆっくり進んでいった。

 右に曲がり左に曲がり、赤く錆びた「生花店」の看板を通りすぎて、そして「着いたよ」と、とある住宅の前で車を停めた。


「近くのパーキンに停めてくるから、降りて待ってて」


 促されるままに沙月はゴーレムを連れて車を降りた。潮風が強い。民家の隙間からは、真っ青な海が近くに見えた。

 シロコウにやってくる風はここからくるのかと、沙月はどうしてかゴーレムの手を握った。小さくて、温かな手だった。


 しばらくして、孝太が小走りでやってきた。


「お待たせ」

「いえ」

「大丈夫? 緊張してる?」


 ううん、とかぶりを降る。本当は緊張してる。でも、期待もある。


 「よし」とひと呼吸置いて、孝太は門のチャイムを押した。あらためて見ると、立派なお家だ。瓦屋根の、和風の平屋建て。庭も広い。薄い桜色の小屋もあって、その前にはピカピカの大きなバイクと、開けっ放しの工具箱がひとつ置いてあった。


 インターフォン越しに「はい」と男性の声がした。いよいよ沙月は、心臓が口から跳び出てしまうのではないかと、ゴーレムと繋いだ手に力が入ってしまった。


「ごめんください。ライターの白草しらくさ孝太こうたです。朝に電話した者なんですけれど」

「あー、はいはい。れいなちゃんのことね」


 すぐに向かいますと言って、インターフォンは切れた。


――この人が母のことを知っているのか。

 機械越しのせいか、男の声はえらくガサついていた。

 どんな人なのだろうか。年齢は? 家族は? 母との関係は? 本当に仕事仲間?


 沙月は、もう一度小屋の前に停めてあるバイクに目をやった。 

 チャラチャラした人だったらどうしよう。芸能界のなんて、高校生である沙月はたくさん知っている。もしも、母がそんな噂話たちの輪の中に居たらば? 母は女優だ。仕事のためなら、もしかして……?


 勝手な憶測が頭の中で駆け回り始めたその時、玄関が開いた。


「お待たせ。どうぞ入ってください」


 しかし、沙月の心配は何処へ――玄関を開けた男性と目が合うと、勝手気ままな妄想たちはピタリと足を止めた。

 現れたのは、夏なのにシャツのボタンを首もとまでしっかりと止め、紳士的な笑顔を浮かべたひとりの老人だった。

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