3
――見つけたよ!
もしもしを待たずに、孝太は開口一番でそう言いきった。
「孝太さん? それってどういう意味?」
聞かなくとも分かる。どれほど寝ぼけていても、つい先日のことだから。
綾音から「自分よりテレビ局の人の方がよっぽど涼森れいなも東玲奈も知っていると思う」と聞かされた翌日、沙月は自ら孝太に、テレビ関係者のツテはないか? と尋ねたのだ。
「今朝方連絡がついてね。今は隠居して、東京じゃなく、この町の近くに住んでるみたいなんだ」
どうする? と聞かれた。
答えはもう出ているのに、沙月はなぜかすぐに返事ができなかった。
「もう夏休みなんだよね? なんなら明日にでも――」
「近いんですか?」
「え? うん、車で30分くらいかな?」
どういう訳か、沙月は自分とそれから孝太の姿が俯瞰して見えた。追いかけていた母の秘密。走り出しても良いはずなのに、むしろ孝太の方が喜んでいるような。
突然のことで驚いているのだろう。沙月は、スマホを握りしめて立ち尽くす自分の背中を押してやった。
「今日はダメでしょうか?」
「今日? き、聞いてみるね」
「ありがとうございます」
電話を切ると、お店の方から顔を出して、こちらを窺っていた綾音と目が合う。
「ライターさんから?」
「うん。お母さんのことを知っている人を見つけたって。うちの近くに住んでるみたいなの」
「今日、会うの?」
ブリッジをトントン。それから蝉の鳴き声も。
「えっと、今それを聞いてもらってて……あ、ちょっと待って」
スマホが鳴る。孝太からのメッセージだ。
「今日でも良いみたい。迎えにいくよ。何時ごろだと都合がよい?」
先ほどまで遠くに聞こえていた蝉の夏声が、妙に大きく、すぐそばで聞こえる。
◯
朝食を食べ終え、着替えてからしばらくして、孝太は店の扉をノックした。
綾音は何も言わなかったが、それが余計に孝太に刺さったのか、彼自ら「変なところには連れていきませんから」と苦笑いした。
「いってきます」
「気を付けてね」
綾音の声は、心配の色が混じっていた。
大丈夫。なんたって、綾音には見えていないけれど、沙月と孝太には見える少年も一緒なのだから。
店先に停めてあった孝太の車は、中古のワンボックスだった。沙月はゴーレムと一緒に、後部座席に並んで座る。運転席のドリンクホルダーにある灰皿は空だったけれど、微かにタバコの匂いが染み付いていた。
なんだか緊張する。男の人の車に乗るなんて初めてだからかもしれない。隣のゴーレムに目をやると、彼は退屈そうな顔をして、ぷいっと目を反らしてしまった。
実は準備に忙しくて、ゴーレムにコーラを渡しそびれてたのだ。代わりに、近くの自販機で買ってあげたバニラシェイクのジュースは、少年の口に合わなかったのか、一口飲んでから「あげる」と返されてしまった。
「そう言えば、この子が何かを飲んでるとき、それは他の人にはどう見えるのでしょうか?」
「この子って、ゴーレムのこと?」
「はい」
赤信号に捕まって、運転席の孝太とバックミラー越しに目が合う。
「どうだろうか? 他の人にはゴーレム君は見えないけれど、飲み物は見えるからね」
沙月と、そしてなぜか孝太にもゴーレムが見える。その理由も、母の秘密に関係があるのかと、沙月は考えてみた。
「ゴーレムに聞いてみたら? それに、俺より沙月ちゃんの方がその子と一緒にいるじゃないか」
何か分かったことはある?
信号が青に変わって、車がゆっくり前進する。
「それが、まったくなんです」
「なんにも? 相変わらず何も教えてくれないの?」
「はい……それに、他でバタバタしちゃってて」
妙に言い訳がましくなった。可奈のことは、敢えて孝太に言う必要ではないだろう。彼も「そっか」とだけ言って、深追いしないでくれた。
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