――見つけたよ! 


 もしもしを待たずに、孝太は開口一番でそう言いきった。


「孝太さん? それってどういう意味?」


 聞かなくとも分かる。どれほど寝ぼけていても、つい先日のことだから。

 綾音から「自分よりと思う」と聞かされた翌日、沙月は自ら孝太に、はないか? と尋ねたのだ。


「今朝方連絡がついてね。今は隠居して、東京じゃなく、この町の近くに住んでるみたいなんだ」


 どうする? と聞かれた。

 答えはもう出ているのに、沙月はなぜかすぐに返事ができなかった。


「もう夏休みなんだよね? なんなら明日にでも――」

「近いんですか?」

「え? うん、車で30分くらいかな?」


 どういう訳か、沙月は自分とそれから孝太の姿が俯瞰して見えた。追いかけていた母の秘密。走り出しても良いはずなのに、むしろ孝太の方が喜んでいるような。

 突然のことで驚いているのだろう。沙月は、スマホを握りしめて立ち尽くす自分の背中を押してやった。


「今日はダメでしょうか?」

「今日? き、聞いてみるね」

「ありがとうございます」


 電話を切ると、お店の方から顔を出して、こちらを窺っていた綾音と目が合う。


「ライターさんから?」

「うん。お母さんのことを知っている人を見つけたって。うちの近くに住んでるみたいなの」

「今日、会うの?」


 ブリッジをトントン。それから蝉の鳴き声も。


「えっと、今それを聞いてもらってて……あ、ちょっと待って」


 スマホが鳴る。孝太からのメッセージだ。


「今日でも良いみたい。迎えにいくよ。何時ごろだと都合がよい?」


 先ほどまで遠くに聞こえていた蝉の夏声が、妙に大きく、すぐそばで聞こえる。



 朝食を食べ終え、着替えてからしばらくして、孝太は店の扉をノックした。


 綾音は何も言わなかったが、それが余計に孝太に刺さったのか、彼自ら「変なところには連れていきませんから」と苦笑いした。


「いってきます」

「気を付けてね」


 綾音の声は、心配の色が混じっていた。

 大丈夫。なんたって、綾音には見えていないけれど、沙月と孝太には見える少年も一緒なのだから。


 店先に停めてあった孝太の車は、中古のワンボックスだった。沙月はゴーレムと一緒に、後部座席に並んで座る。運転席のドリンクホルダーにある灰皿は空だったけれど、微かにタバコの匂いが染み付いていた。


 なんだか緊張する。男の人の車に乗るなんて初めてだからかもしれない。隣のゴーレムに目をやると、彼は退屈そうな顔をして、ぷいっと目を反らしてしまった。


 実は準備に忙しくて、ゴーレムにコーラを渡しそびれてたのだ。代わりに、近くの自販機で買ってあげたバニラシェイクのジュースは、少年の口に合わなかったのか、一口飲んでから「あげる」と返されてしまった。


「そう言えば、が何かを飲んでるとき、それは他の人にはどう見えるのでしょうか?」

「この子って、ゴーレムのこと?」

「はい」


 赤信号に捕まって、運転席の孝太とバックミラー越しに目が合う。


「どうだろうか? 他の人にはゴーレム君は見えないけれど、飲み物は見えるからね」


 沙月と、そしてなぜか孝太にもゴーレムが見える。その理由も、母の秘密に関係があるのかと、沙月は考えてみた。


「ゴーレムに聞いてみたら? それに、俺より沙月ちゃんの方がその子と一緒にいるじゃないか」


 何か分かったことはある?

 信号が青に変わって、車がゆっくり前進する。


「それが、まったくなんです」

「なんにも? 相変わらず何も教えてくれないの?」

「はい……それに、他でバタバタしちゃってて」


 妙に言い訳がましくなった。可奈のことは、敢えて孝太に言う必要ではないだろう。彼も「そっか」とだけ言って、深追いしないでくれた。

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