第一章

 県立白神高校では、期末考査も終わり、夏休みまであと一週間と浮き足だっていた。


「ねぇ、旅行の行き先、考えた?」


 放課後。

 帰り支度をしていたあずま沙月さつきの前に、こんがりと日に焼けた友人の片岡かたおか可奈かなが、愛嬌のあるその無邪気な笑顔で話しかけてきた。


「ううん、まだ」

「私は色々考えたよ! 軽井沢でのんびりでも良いし、沖縄でバカンスもありかなぁって……。あとは、グランピング? も、やってみたいんだ!」

「グランピング? キャンプのやつ?」

「そうそう! 自然を感じるって言うか、やっぱり夏だしね!」

「えー、グランピングはちょっと……」


 制服の袖から覗く可奈のをチラリと見て、沙月は苦笑いした。


「軽井沢にしない? 避暑地だし、暑いのはやだなぁ」

「もぅ、その白い透明肌が焼かれるのは嫌だってぇ?」


 何を食べたらそんなに真っ白でいられるのよ? と、可奈は茶化したてた。

 

「可奈は相変わらず夏派だね」

「そんな沙月こそ、相変わらず冬派ですねぇ」

「だって、暑いの苦手なんだもん」


 教室は冷房が効いていたけれど、一歩廊下に出ると、その茹だるような暑さに辟易とする。カーテンのない廊下の窓は開けっ放しだ。しかも南側を向いているものだから、容赦なく日が射す。遠くにある県境の山には、特大の入道雲が見えた。


 蝉の鳴き声もよく聞こえてくる。田園の中にポツリと立つ白神高校は、「シロコウ」とには略される。しかし、その白い校舎が広大な野原に横たわる牛と揶揄され、自称進学校の自由な校則もあり、シロコウは「牧場」と呼ばれているのだ。


「今日決めちゃおうよ。私の家にくる? パンフレットもたくさん貰ってきたんだ」


 自転車置場に着くころには、沙月も可奈も汗ばんでいた。トタンの屋根はあっても、傾いた日までカバーできずに、サドルはフライパンのように暑かった。


「ごめん、今日は手伝いの日なんだよね」

「あ、そっか! じゃあ途中まで一緒に帰ろうか」

「うん、明日にしよ。私も色々と考えとくから」

「このままだとグランピングだからね」


 自転車に乗った二人が、畦道を颯爽と掛けていく。


「それを避けるためにも、ちゃんと考えないと」


 途中、石ころにタイヤが当たった拍子に、沙月の自転車のベルがリンと鳴り、二人の笑い声が牧場に広がっていった。


 

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