MYSTIC LOVER

和団子

バンソウコウ

トントントン――


 木のまな板を包丁が打つ。

 全くしてこなかった料理だけれど、今では具材を等間隔にカッティングすることだって、味付けで何が足りないのかもだって分かる。


カラカラカラ――


 夏の夕暮れ。埃のたまった換気扇が、最近では変な音を立てる。と、彼女はキッと睨み付けたけれども、それでも換気扇は音を止めなかった。


「ママー」


ドタドタドタ――

 

 足音が近づいてきたかと思うと、お尻にその小さな顔をぎゅっとぶつけてきた。ついさっきまで、ちゃぶ台で絵を描いていたのに。「なぁに?」と振り返ると、その無邪気な笑顔と目があった。


「今晩は?」

「ハンバーグよ」

「えー素麺がいいなぁ」

「そんなこと言わないの。一昨日も食べたでしょ?」


 もう少しで出来るから、と言ってやると、子どもは少しだけ口を尖らせて居間のちゃぶ台まで戻っていった。

 そんな後ろ姿を見て、夏バテかしらと一応は大鍋を取り出した。


 仕方ないわね。この暑いなか、朝からずっと走りまわっていたもの。


「絆創膏はった?」

「うん!」

「どれにしたの?」

「ゾウさんの!」


 その声に、彼女は思わず微笑んだ。

 なんだ、元気じゃない。


 鍋に水を入れて、火にかける。

 換気扇は相変わらず変な音を立てている。キッチンの窓からは西日が入ってきて、ちょうど彼女の頬をオレンジ色に照らした。


 最近、シワが増えた。年齢のせいもあるけれど、最近はお手入れもサボりがちになっている。1K8畳の安アパートに彼女たちは暮らしていた。駅も遠く、駐車場もない。中古で買った自転車だけが足だった。


 でも良いんだ。だって、私には――

 視界が揺れた。


 だって、私には――

 ガチャンと大きな音が鳴った。「お母さん!」と子どもが駆け寄ってくる。


「……火をとめなきゃ」


 グツグツ、と鍋から熱湯が溢れて見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る