お風呂をあがりに自室でスマホを確認すると、可奈へ送ったメッセージに既読がついていた。

 

 沙月はすぐに電話をかけてみた。しかし、コール音も鳴らずに、すぐに「おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていません」とアナウンスが流れてきた。


 あの日、うっすらと涙目になっていた可奈の顔が頭に浮かぶ。ケンカが初めてな訳じゃない。あれくらいのケンカなんてしょっちゅうだ。でも、いつもは次の日には笑い飛ばせるような。


「どうしてよ?」


 この時期には決まってこんがり肌になる親友。ベタベタするからと日焼け止めを嫌う親友。無邪気で、たまにデリカシーがないことを言っちゃうけれど、いつも沙月の味方をしてくれる親友。


 可奈がみんなに言う訳ない。そんな当たり前のこと、どうして今になってやっと気がついたんだろう。

 部屋の隅には夏の影が落ちていて、そこに隠れた鬼たちが、クスクスと自分を笑っているような気がした。


 じゃあ、クラスメイトたちのヒソヒソ話は何?


 画面が暗くなるまでスマホを眺めていると、今度は孝太からショートメッセージが来た。


 もし、本当にゴーレムに会いにいくのなら、俺も一緒に行くから、絶対ひとりで行かないこと。


 、孝太は自分にも分かるように簡単に説明してくれた。


 まずはゴーレムのパソコン(もしくはスマホ)の種類を判別させてから、次はネット回線を特定する。ネット回線は電話番号のようなもので、そこから地域を絞っていくのだとか。


 けれど、ゴーレムのパソコンは特定出来なかった。のだ。


「もちろん、何かの不具合でこうなったり、そもそも特定を予期して探りを入れられないように設定していたのかもしれない。残念ながら俺にはそこまで詳しく調べられないけれど、ひとつだけ、こいつがただ者ではないことだけは分かったよ」


 帰り間際に孝太はそう言ったのを思い出した。

 まだ濡れたままの髪の毛から水滴が落ちて、畳の上にシミをつくる。


 ゴーレムさん、あなたはいったい何者なの?


 ドライヤーは後回しで、沙月は電話を掛ける。今回は留守電にならず、すぐに繋がった。


「もしもし?」

「もしもし……ごめんなさい、電話して」

「ううん。俺も電話しようかと思ってたから」


 孝太は今はどこにいるのだろうか。車の音も、賑やかな喧騒も聞こえない。


「メッセージ見ました。孝太さんがよければ、明日はどうですか? 学校が終わってからとか」


 明日――すぐにでもゴーレムの正体が知りたい。会って母のことを聞きたい。もう待ちぼうけは嫌なのだ。


「学校終わり? シロコウって何時までだっけ?」

「3時20分に6時間目が終わって、そこからホームルームなので、遅くても40分には帰れます」

「なら大丈夫だ。じゃあ4時にパンチャで待ち合わせようか。それとも、学校からの方が牛神神社には近い?」


 いいえ、と沙月は電話越しに首をふった。「パンチャで大丈夫です」

「分かった。じゃあ、学校が終わったらまた連絡ちょうだい」

「はい」


 畳に落ちた水滴にようやく気がついて、沙月は首にかけていた手拭いで髪の毛をバババと拭う。拍子に、濡れた髪の毛が一本だけ落ちた。


「俺も準備しないとね」

「急でごめんなさい」


 いいんだよ、と孝太は優しく言ってくれた。

 電話を終え、落ちた髪の毛をティッシュで拾う。可奈は、明日は学校に来るだろうか。沙月は、そのままもう一度、可奈に電話をかけてみた。しかし、またしてもコール音は鳴らず、「お使いの……」とアナウンスが流れた。


 自然とため息が溢れる。その息は何処いずこへ。スマホをベッドへ放り投げようとしたのだけど、咄嗟に手を止めた。

 自分のブログのページを開き、ゴーレムのアカウントへ。ゴーレムにも報せないと。


「明日の夕方くらいに、牛神神社へ行きます」


 すると、パソコンもないはずなのに、ゴーレムからは例の如くすぐに返信がきた。


「待ってます」


 待ってます――

 何を? 誰を? 私を?


 夜も深く、窓の外には黄金色のお月様が、虹色の丸い傘を作っていた。


 チリーンリン、と風鈴が鳴る。この家には風鈴なんてないのに。

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