7
終業式はおよそ一時間ほどで終わった。
全校生徒を詰め込んだ体育館は、まるで蒸し風呂だ。冷房はあるのかしら? 外の方が涼しいもんだと、教室に向かう生徒たちは口を揃えて「暑かったね」と言っていた。
明日から夏休みだ。
なのに、やはり可奈は今日も来なかった。
渡り廊下を歩いていると、空いた窓からふんわりとした風が入ってきた。少しだけ潮を含んだしょっぱい風。親友の秤が重たくなる。
可奈にも、この風が届いているのかしら?
そんなことを考えながら、割れた前髪を直していると、誰かが後ろから肩を叩いた。
「
「は、はい!?」
突然のことで、思わず声が上擦ってしまった。振り返ると、クラスメイトの
確か吹奏楽部だったっけ。あまり絡んだことはなかったけれど、つい先日から眼鏡も外して、明るいリップにしたりと、少しだけイメチェンしたことが記憶にあった。
たまに可奈と仲良く話しているところを見た気がする。それも特別仲が良い訳ではなくて、誰とでもフランクに接する可奈の性格のおかげだろう。
「片岡さんのことなんだけれど」
片岡さん――可奈のことだ。ほら、やっぱり。
「可奈のこと?」
「うん。ほら、最近休みがちで、今日だって来てないでしょ?」
何か知ってるの?
そう聞こうとする前に、上枝さんはポッケからスマホを取り出した。分厚い、パンダのシリコンカバーが着いていた。
「実は気になって、メッセージを送ったの」
――学校来てないけど、大丈夫?
見せてくれたスマホの画面には、上枝さんが可奈へ送ったメッセージがあった。
そして、その下には「大丈夫です」とひと言、返事が来ているではないか。
――大丈夫です
たったひと言。返事が来たのはついさっき、校長先生か話をしているくらいの時間だ。
沙月はその画面に見入ってしまった。頭のなかで色んなことがぐるぐると回る。
「本当に大丈夫かな? 片岡さん、変なことに巻き込まれてなかったらいいんだけれど」
巻き込まれる? 可奈が? 何に?
「だってほら、クラスのみんなも噂しているから」
スマホをしまった上枝さんは、言いにくいことでもあるのか、目を反らし、声を小さくしてこうつけ加えた。
「知らない男の人と、一緒に歩いていたのを見たって……」
例のヒソヒソ話を思い出す。どういうこと? あれは私じゃなくて、可奈のことだったの?
渡り廊下の窓から、また風が入りこんでにた。今度はたくさんの潮のしょっぱい香りがあった。
◯
教室にもどった沙月も、すぐに可奈へメッセージを送った。すると、さっきの上枝さんと同じ、すぐに「大丈夫です」とだけ返事が帰って来た。
教壇では担任が通知表をクラスメイトたちに配っていたけれど、お構い無しにメッセージを送る。
本当に大丈夫なの? これから会える?
通知表の結果で盛り上がる教室の中で、例のヒソヒソ話は健在だった。送ったメッセージに、既読はすぐについた。でも、今度は返事は来なかった。
元気のよい男子生徒たちが、一斉に教室から飛び出していく。中には駆け足の者もいた。窓から射す夏の光が眩しくて、心が痛い。
沙月は担任を呼び止めた。知らずの内に、呼び止めていた。
「可奈は……?」
「うん?」
不思議だ。目に映るものが、全部スローモーションに見える。元気に廊下を走る男子生徒たち。笑顔ではしゃぎ合う女子生徒たち。メンドクサそうな顔をする担任教師。
知らない男の人と歩いていた?
私と同じで、可奈には父親がいないのに?
「片岡のことか? それなら先生のほうが聞きた――」
「可奈はどこにいるの!?」
それは叫び声に近かった。
教室にいた生徒たちの視線が集まる。気がつけば涙が溢れていた。立っていられず、目の前の担任にしがみつく。
「お、おい!」
沙月だって、自分が今どうしてこんなことになっているのか分からない。分からないけれど、心が勝手に動いてしまう。
可奈はどこ? いったい何があったの? どうして返事をくれないの? 私が酷いこと言ったから? 誰でも良い。何でも良いから、誰か私に「答え」を教えてよ!
嗚咽が激しくなる。心配した生徒たち何人かが、沙月の元にやってきてくれた。中には上枝さんもいた。それでも、沙月の涙は止まらない。
こうして、沙月の夏休みが始まった。
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