時刻は深夜0時を回ろうとしたところ。


 彼女は公園のブランコにひとり座り、星空を見上げていた。


 今日も母は起きなかった。錆びたブランコの鎖が、冷たい。ひとりぼっちの夏の夜は、少女の心から熱を奪う。


 お母さん? ねぇ、お母さんっ!?



――20日(木曜日)・夏休み前々日


 ゴーレムは、学校までにはついてこなかった。


 どこで何をするのかを、一応は聞いてみると、少年は「お散歩」とだけ答えてくれた。心配する必要があるかわからないけれど、とりあえず熱中症に気をつけてと、勝手にタンスは開けないことだけを伝えたのだった。


 相変わらず冷房が効きすぎた教室にて、席に座ると孝太からのショートメッセージに気がついた。


「さすがに、テレビ局に繋がりはないなぁ」


 今朝に、沙月は孝太へ打診したのだ。昨晩に綾音が言ったことを。東京のテレビ局には、涼森れいなを知っている人は多いのではないか、と。


「繋がりがありそうな人にも聞けなそうですか?」

「正直なところ、俺の周りの人たちや、そういった人に言いたくはないんだけれど……とりあえず、俺なりに当たってみるよ」


 お願いします。ありがとうございます。

 そうメッセージを送ると、ちょうどホームルームのチャイムが鳴った。

 孝太の含みのあるメッセージにも気になりつつも、彼女は今日も空席の親友の机に振り返った。


 可奈は今日も休みだ。明後日から夏休みなのに。

 教室の後ろに座る女子生徒と目が合う。隣とヒソヒソ話をしていたのか、彼女は罰が悪そうな顔をして、下を向いてしまった。


 夏休み前ということもあり、その日の授業は教師たちの雑談がほとんどだった。

 毎年の夏は海外に行っているだとか、本を100冊読もうとしたとか、到底中身のない話。面倒な仕事から解放される教師たちも、夏休みに心が踊っているように思えた。


 あっという間に終鈴のホームルームも終わり、今日はパンチャの手伝いをする予定だったから、沙月はすぐに教室を出て自転車置き場へ向かった。


 相変わらず外は暑い。サドルもフライパンのようだった。


 沙月の心にはひとつの天秤があった。

 片方には母が、もう片方には親友の可奈が載った小さな天秤。自宅でいるときは母のはかりが重くなり、反対に学校では可奈が下にくる。


 自転車に股がった沙月は、夏休みの旅行先を話し合った日のことを思い出した。その時の親友は、いつもの笑顔だった。


 ひとりで帰る畦道。前輪が小石にぶつかってベルが鳴ったけれど、沙月は笑わなかった。



 今日のパンチャは忙しかった。常連客が来る時間がたまたま重なって、ひっきりなしにカウンターとテーブルを往き来する。


 そんな忙しいパンチャに、例のゴーレムはいた。ただでさえ薄暗い店内ので、少年は時に客が読む競馬新聞を覗きこんだり、珈琲を運ぶ沙月の後ろを着いてきたり、空いたテーブルを拭く真似事をしてみたりと、ひとりで遊んでいるようだった。


 やっぱり他の人には見えていない。

 何度も受け入れようとしたのに……。


 カウンターにいる綾音をチラリと見ても、彼女もまた、店内で遊ぶゴーレムには気がついていないようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る