5
少年に自室のベッドを譲って、自分は先日のように1階の居間で、綾音と一緒に寝ることにした。
眠たいと言ったゴーレムだけれど、沙月は深く追いかける気になれなかったのだ。あくまでも探しているのは母のこと。ゴーレムはその道のりのひとつ。はっきりさせなくちゃ。
そんなことを考えながら寝返りをうつと、隣の布団では、うつ伏せになった綾音が読書灯だけを着けて雑誌を読んでいた。
――綾音さんが仕掛人かもしれないよ?
蒸し暑い夏の夜に包まれて、不安はどんどん大きくなる。
「ねぇ? 叔母さん」
「なに?」
パサリと雑誌を捲る音が、綺麗に聞こえた。
「お母さんって、1度も帰って来なかったの?」
「そうよ」
「お盆とか、年末年始とかも?」
「まったくね」
「じゃあ、ずっと東京に?」
「うん。きっと、東京のテレビ局の人たちの方が、お姉ちゃんのことを良く知ってるのかもね」
「テレビ局のひと?」
そっか! そうだったのか!
沙月は、どうして今までそのことに気がつかなかったのかと、驚いてしまった。
母の身内から攻めるのではなく、ブログを書いてファンの方たちへアプローチするのでもない。往年の母の居場所は、東の都の、ブラウン管の向こう側ではないか。
自分だって、テレビの向こう側の母――女優の涼森れいなのことしか知らないのに。
まるで、天から垂れた一本の蜘蛛の糸だ。
鼓動が激しくなった。心臓が打つ音が、自分でも分かるくらい。心の中で、その蜘蛛の糸がどんどん立派になっていく。きっと、いちばんの母への近道だろう。
「待って……」
綾音が突然言った。いつの間にか雑誌も畳んでいる。
「な……なに?」
綾音と目が合う。沙月は、心の声が漏れていたのではないかと、少しだけ心配になった。叔母の目は、読書灯の光を反射して、妙に光っていたから。
「お姉ちゃん、1度だけ帰ってきた気がする」
「え? いつ!?」
ずっと東京にいたと言ったばかりなのに、今度は「帰ってきたことがある」のだと。綾音が眼鏡も掛けていないのに、いつもの癖で眉間をトントンと指で打った。
「それがね……思い出せないの」
「思い出せない?」
「うん。なんだかノイズがかかってるみたいに。はっきりと帰って来た記憶がある訳じゃなくて、漠然とそんな気がして」
そして――
「思い出せない……もう寝る」
そう言って、綾音は枕元の読書灯を消すと、寝返りをうって背中を向けてしまった。
「ちょっと!」
肩に手を当てて軽く揺すってみても、彼女はすでに夢の中。静かに寝息をたてていた。
「もうっ……」
母が帰って来たことがある?
いつ? どうして?
ゴーレムといい、綾音といい、母のことになるとどうしてすぐに寝てしまうのか。
ため息をひとつ。
少しの苛立ちもあったけれど、心配することなかれ、沙月の頭上には、例の蜘蛛の糸があるのだ。
私には催眠術の技でも持っているのかしら? と、心の中でひとりで笑ってみた。
テレビ局の人、か……。
新たに見えた道しるべ。その蜘蛛の糸は、はたして彼女をどこへ連れていくのだろうか。
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