5
蝉時雨が降り注ぐ今夏、沙月は2度目の新幹線を乗って、親友の可奈と一緒に重たい荷物を背負って西伊豆へ向かった。
新幹線からローカル特急に乗り継ぎ、そしてまたバスに揺られる。そして見えてきたのは、真っ青な大草原に佇む大型のグランピング施設だった。
ホームページでは東京ドーム40個分を謳う、計100を越えるテントがあるらしい。砂利道の駐車場を越えて門を潜ると綺麗に整えた芝生が広がり、舗装された石畳の通り道が樹の枝のように伸びていた。芝生の上には、大小のテントがずらりと並んでいた。有名地でもあるからこそ、家族連れやカップル、自分たちと同じような女子グループがちらほらと見える。バーベキューをしている人たち。駆け回る子ども。近くに川があるのか、釣竿を掲げた水着グループもいた。
夏の風が吹いた。施設を区切る木製の柵の向こうには草原が広がり、一画に咲くひまわりが一斉にこちらに顔を向ける。晴天の下、ここはある種のコミュニティのようだった。
沙月は、暑さも忘れてこの桃源郷に現を抜かしていた。可奈との夏休み旅行は、ついにグランピングとなった。可奈に根負けした訳ではなく、きっかけは沙月の方だった。
――大冒険がしたい
しばらく振りに会った可奈にそう伝えると、彼女は満面の笑みで「グランピングだね」と言った。その時はグランピングのグの字も忘れていたのたけれど、沙月は深く考えもせず、首を縦に振ったのだった。
ゴーレムとのこの夏の旅に比べると、きっと些細なものだろう。そんな考えが無かったとは言いきれない。
再び、爽やかな風が吹いた。
沙月の目の前を、カブトムシを持った子どもが走っていく。
「見て! カブトムシ!」
少年が向かった先には、真っ赤なテントがあり、父と母がバーベキューのセットをしていた。姉だろうか、その脇には少年よりも年上の女の子が、椅子に座って退屈そうに漫画を読んでいた。
「捕まえたの!」
「うん、すごいね」
両親が褒めると、女の子もチラと少年を見た。沙月はそんな光景を見て、なぜか嬉しくなった。
グランピングも良いじゃない――
そして、例の子どもはカブトムシを持ったまま、また駆け出した。それを見送る父と母。あの子が転んだら「大丈夫?」ときつと心配してくれるんだろうな、と沙月は思った。
その間、グランピング会社に電話をして受付を済ましてくれていた可奈に案内されて、2人は自分たちのテント上へと向かった。10畳ほどのスペースには、アウトドア用の椅子が2脚と、テントの留め具が地面に打ち付けられていた。やがて、係りの人がテントを運んでくると、彼らは手際よくテントを設置してくれた。
いよいよ、沙月の人生初となるグランピングが始まった。何もするわけでもなく、可奈とともに広大な敷地内を歩き、川の冷たい水を触り、風を感じ、真夏の太陽を浴びた。声を掛けてくる輩もいたが、可奈が追い払ってくれた。
日が傾き、晩ごはんは彼女たちもバーベキューにした。事前に申請していたため、具材や調理器具も係りの人が用意してくれた。
0から自給自足の宿泊とは違い、手厚い設備に沙月は感動を通り越して、本格キャンパーたちには物足りないのでは? とまで思った。でも、それで良いのだ。キャンパーにはキャンパーの、自分たちには自分たちのコースがある。大切なのは、身の丈に合ったものをきちんと選べるのか。選択肢が増えたこの時代の中では、すべてはそこに帰納する。
肉をほとんど食べ終えた2人は、残り火はそのままに、椅子に座って夜空を見上げた。標高が高いからか、澄んだ空の星たちは地元で見るより輝いていた。
「結局ね、私はお母さんを――涼森れいなを好きになれなかったみたい」
満腹で少し苦しいけれど、可奈がインスタントのコーヒーを淹れてくれた。どうしてもパンチャと比べてしまうのだけれど、夜空を見上げて飲むこのコーヒーは、格別だった。
可奈にはほぼすべてを話した。この夏、母である涼森れいなを追って、ライターである孝太と共に駆け回ったこと、そしてれいなの真意についても。ただひとつ、ゴーレムのことだけは伝えていないのだけれど。
「私は、涼森れいな――沙月のお母さんの気持ち、ちょっとだけ分かるなぁ」
「え?」
「ちょっとだけ! 本当にちょびっとだけね」
「うん、傷つきたくないのはもちろん分かる。でも、将来、私が出来るはずだった傷も、お母さんは一緒に逃がしちゃったんだよ。それなら、その傷を優しく慰めて欲しかった」
夜空を見つめながら、沙月は「自分が子どもなのかしら?」と考えた。
それから沙月と可奈は、流れ星を待つわけでもなく、満点の星空を黙って見上げていた。沙月はそれが心地よかった。綾音や孝太、それから居なくなってしまったゴーレムにも、この景色を見せてやりたいと思った。
(「夏休みの後半」へつづく――)
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