5時になるすこしまえに、孝太は待ち合わせ場所にやってきた。


 昨日のように、商店街には顔見知りのご近所さんや、小さな子どもを連れたママさんたちが多く行き交っていた。


「ごめんね、お待たせ」


 長い前髪が汗で濡れている。孝太は、最近この辺りに出来たファストコーヒー店のアイスコーヒーを渡してくれた。


「さぁ行こうか」

「……はい」

「どうしたの? 何かあった?」

「え?」

「しょんぼり顔になってるよ」


 なにもないです、と沙月は首を振った。

 嘘だ。でも、今はゴーレムに集中しなければ。


 牛神神社への道のりを、孝太はちゃんと調べてきていた。商店街を抜けてすぐ、ときたまスマホを確認しながら、道無き道を行く。


 田んぼの畦道を抜け、ショベルカーやダンプカーが停まる広い駐車場へ出た。真っ白な砂利が敷き詰められている。地元建設会社のものなのか、社名がプリントされた軽自動車も数台、並んで停めてあった。


「あの坂を登っていくんだね」


 孝太が指差した方を見ると、生い茂る木々の間にトンネルが見えた。山と言っては大袈裟な、小さな小高い丘。その坂には手すりもちゃんとあって、頂上が見えないくらい、急な坂道が続いていた。


 分厚い新緑の木立道。風が抜けていき、木々たちも笑う。


 沙月は息を飲んだ。自分も知らない地元の神社。まさに風の通り道だ。この先に、いったい何が隠されているのか。


 坂道は堪えた。前にいた孝太も、今では頭を垂れて、沙月の後ろを手すりにしがみつきながら歩いていた。


「そう言えば、昨日ゴーレムにメッセージを送ったんです」


 沙月は簡単に説明してやった。今日の夕方に牛神神社に会いにいくこと。すると、すぐに「待ってる」と返信が来たこと。


 しかし、孝太は「そう……」とだけ興味無さげに呟いた。きっと坂道で体力が瀕死なのだろう。


「見えてきましたよ」


 ようやく頂上を見つけた。淡い朱色の鳥居が見えたのだ。

 どれくらい登ったのか振り返ってみると、くねくね曲がった坂道だから、地面は見えなかったけれど、きっとシロコウの屋上くらい高いところにいるのだろうと気配で分かった。

 心なしか空気も澄んでいる。冷たい風が、沙月の黒髪を撫でていった。


 そして、視線は睨み付けるように、てっぺんの鳥居へ。一歩、また一歩と、急な坂道を登っていく。

 あそこにいるんだ。涼森れいなを、東玲奈を、母のことを知っているゴーレムが。


 どうして女優になったの?

 どうして私を見捨てたのに、みんなからはチヤホヤされているの?

 東京で会った時、どうして逃げるように去っていったの?


 別に恨んでなんかいない。ただ嫌いなだけ。

 私には叔母さんもいる。今はケンカ中だけど、親友の可奈だって。ケンカしちゃったのも、全部あなたのせいなんだから。


 そして、ついに沙月は牛神神社の鳥居を潜る。

 さぁ教えてもらおうか。ゴーレムさん。




(第三章へつづく――)

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