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ほんの、ついさっきの出来事だ。
――牛神神社の鳥居を潜って真っ先に目に入ったのは、落ち葉が積もった小さな祠と、横たわる牛の青銅像だった。
錆と風化もあって、周りの木々たちに溶け込んだ牛の像。きっと、最近はお手入れもされていないだろう、四畳半もない小さな境内は、人里離れた天空の桃源郷だった。
冷たい風が通りすぎる。チリンリーンと風鈴の音がした。風鈴かないはずのパンチャで、ときたま聞こえた音色。
そしてその狭い境内の中で、沙月は彼を見つけたのだ。
牛の像の前で三角座りをする少年。驚いたのは、彼の頭に一本の角があったから。
声は出なかった。長い坂道を登って、息が整ってなかったからではない。いつの日か自室で見かけた、例の少年お化けが、目の前にいたからだ。
少年がおもむろに顔を上げる。目があった。そして彼は、ニコリともせず、澄んだ高い声でこう言った。
「待ってました。はじめまして。ぼくはゴーレム。秘密を守る番人です」
不思議なことに、後からやってきた孝太にも、少年の姿はちゃんと見えていた。会話も成り立つ。だからこそ、初めは信じられなかった。
迷子? どうしてここにいるの?
お母さんとお父さんは?
「いないよ。だって、ぼくはお姉ちゃんに呼ばれたんだもん」
呼ばれた――そう、彼は沙月と孝太にしか知らない「ゴーレム」のことを知っている。
「どうして君が、ゴーレムのことを知ってるの?」
「ぼくがゴーレムだからだよ」
少年は即答した。
そして、頭に生えている一本の角。どうしてもそっちに目がいってしまう。
「君が、本当にゴーレムなの?」
うん、と少年はまたしても即答する。振り返ると、孝太は半ば呆れたような顔で耳打ちしてきた。
「きっとイタズラだったんだ。俺にまかせて――」
そう言うと、孝太は膝に手をついて、少年にぐっと顔を近づける。
「とりあえず、お巡りさんか公民館で迷子の知らせをしようね」
きっと、お母さんが君を探しているよ。
おそらく、「イタズラ」という核心には触れずに、遠回りをしてネタバレを促したつもりなのだろう。
しかし、ゴーレムと名乗った少年は、孝太の言葉を払いのけるようにして、こう呟いた。
「無駄だよ。だって、他の人にはぼくが見えないもの」
沙月もようやく頭が回り始めた。もしかしたら誰かがこの少年と打ち合わせをして、裏で糸を曳いているのかもしれない、と。
あり得ないことではない。
でも誰か? 何のために? 頭の角はなに?
風が
はぁ、とため息をついた孝太と目が合う。仕方ない。無理やりにでも連れていこう。
そうして、まずは交番に少年を連れていった。孝太は道中も少年に語りかけていた。誰にゴーレムのことを教えてもらったの? 神社には誰と行ったの? と。少年も相変わらず、ツンと孝太の質問を跳ね返すばかり。
だが、いざ交番に到着してみるとどうしたものか。駐在していた年配のお巡りさんは、孝太の言葉を聞くなり、帽子を脱いで頭をかいた。
「お兄ちゃん、そんな子どもなんてどこにもいやしないじゃないか」
「え? ここにいるじゃないですか?」
孝太は連れてきた少年の肩に手をやって指差した。沙月も確かに見ていた。少し強引だけど、ちゃんと少年の存在を強調している。
なのに――
「イタズラは困るな……」
苦笑いする年配のお巡りさん。
門前払いとはまさにこのことで、それから孝太は何を言っても、まったく話が通じなかった。
そのような経緯があって、いよいよ頭の中が混乱しはじめた沙月と孝太は、何を思ったのか、ゴーレムと名乗る少年を連れて、商店街にあるファミレスにやってきたのだ。
とりあえず現状に落ち着きが欲しかったのと、本当に見えないのか確かめるためにも。
目の前には確かに少年はいる。対面のシートに座って、ぼぅっと窓の外を眺めている。
「お待たせ……」
孝太が両手いっぱいを使って、コーヒーとコーラを持ってきた。
時刻は夕方。冷房のきいた店内だけど、外はまだ暑く、喉はカラカラだった。
「フレッシュとミルクはいる?」
「いえ、大丈夫です」
孝太は少年にもコーラを渡してやった。もし他の人に見えていないのであれば、誰もいない席にポツリとコップがあることになる。
そんなことを考えながら、沙月は味の濃いアイスコーヒーをひとくち啜った。
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