「ねぇ、夏なのにどうしてそんなに白いの?」


 何の日焼け止めを使ってるの?

 薄手のカーディガンを羽織る上枝さんが、どこか羨ましそうに聞いてくる。沙月が正直に教えてやると、「えー! 絶対嘘だ」と囃し立てた。


 カフェテリエで昼食を終え、沙月は上枝さんと一緒に(ゴーレムもだけれど)可奈の目撃情報があった駅前まで来ていた。


 バスでおよそ20分のところ。そこはパンチャがある田舎町ではなく、少ないながらテナントビルも建っているような、彼女たちにとっての都会だ。

 人も多い。おじいちゃんやおばあちゃんばかりじゃなく、スーツ姿のサラリーマンだって、皆せかせかと歩いていた。


 2人は公園や駅前のロータリー、路地裏の飲食店街を廻ってみたけれど、可奈の姿は見つけられなかった。

 それから、上枝さんがどうしても行きたいと立ち寄ったアイスクリーム屋でテイクアウトして、結局は小一時間ほどで帰りのバスに乗ったのだ。


「最近オープンしたお店なんだ。一回食べて見たかったの」


 オレンジアイスが看板メニューらしく、それのためか、みかん色の壁の至るところには、オレンジの輪切りイラストがあった。アイスをくれた店員さんのキャップもオレンジ色という徹底ぶりだ。


「うん、美味しいよ」

「でしょう?」


 ガラガラのバスに揺られながら、通路を挟んだシート席に座る上枝さん。田舎方面のバスに用事がある人は少なく、沙月と上枝さんは贅沢に各々が2人掛けのシート席に座っていた。おかげで、隣にゴーレムが座れたから、沙月にとっては好都合だった。


――ゴーレムくん、ごめんね

 沙月は隣に座るゴーレムを尻目に、ぺろりとアイスをなめると、少年が上目遣いで見つめてきた。まん丸の瞳の中に、アイスクリームが写って見える。沙月は、なんだか可笑しくなって、ゴーレムの耳元で「秘密を教えてくれるなら、ひと口あげるよ?」と呟いた。ゴーレムは一度だけアイスクリームに目をやってから、ぷいっと窓外に顔を逃がした。



「じゃあ本町三丁目のバス停て待ち合わせね」

「うん、三丁目ね」


 自転車を拾うため、沙月はシロコウ前のバス停で降りる。バス通学の上枝さんとはいったんお別れだ。


 本町三丁目とは、可奈が住む団地の最寄りのバス停だった。

 一人で良いとは言ったが、上枝さんも帰り道が同じ方向だからと、また待ち合わせしたのだ。


 正直嬉しかった。

 先日のこともあり、夏の夕方という得も知れないあの不気味さのなかに、ひとりは少し怖かったから。


 ゴーレムを後ろに乗せて、畔道を自転車で急ぐ。思えば、この夏休みは「ひと探し」ばかりだ。母と可奈――女優と親友。どちらも、マイナスの動機だけれど、見つかったらと思う。


 途中、虫カゴと網を持った泥んこの子ども集団とすれ違った。

 きっと、ゴーレムは彼らを目で追っているに違いない。

 振り返らなくてもわかった。ぎゅっと沙月の背中を掴むゴーレムの手に力が入ったから。



 バス停が見えると、上枝さんは笑顔で手を降ってくれた。


「ごめん、待った?」

「ううん、全然だよ!」


 団地はすぐそこだ。沙月は自転車を停めると、上枝さんを連れて――もちろんゴーレムも一緒に――暗い外階段を登った。西の空はすっかりオレンジ色だった。


「ここだよ」


 可奈の家の前。表札には「片岡」の文字。先日も見た玄関ドアは、今日も重たく閉ざされていた。

 チャイムを鳴らすと、部屋の中からも音がこだまして聞こえてきた。しかし、返答はない。試しにもう一度鳴らしてみても、結果は同じ。


「片岡さん、やっぱり居ないのかな?」

「そうみたいだね。ごめんね、付き合わせちゃって」


 上枝さんは「ううん」と首を振った。「これからどうする?」


 さて、どうしようか……。


「分かんない。でも今日はとりあえずおひらき、だね」


 うーん、と上枝さんは消化不良な声を出す。私だってこのままは嫌なのに。


「あれ?」


 日暮しの声に混じって、少しだけハスキーな声音が聞こえた。廊下の先――声の方に顔を向けると、看護帽を被ったままの女性が、買い物袋を提げて立っていた。


「あなたたち、葉澄はすみちゃんの知り合い?」

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