第11章 お呼びじゃないのよ蛮族は
第55話 招かれざる訪問者
キャルの身体測定やその他もろもろが終わっての帰り道。すっかり夜の帳が舞い降りた学校を、ぽてりぽてりと男子寮へ向け歩を進める。
「うー、むにゃ」
水晶玉での魔力適性試験の後も様々な検査を行ったキャルは、すっかりとおねむで、俺の背中で可愛らしい寝言を言っていた。
「それにしてもやっぱりとんでもない子よねぇ、キャルロットちゃんって」
ミーシャはそう言ってすやすや眠るキャルの頬をプ二プ二とつつく。
キャルのステータスはオールSランクの超ぶっちぎり。どこからか噂を聞きつきやって来たディアネットも、その結果には目を丸くしていたほどだ。
「しかも、その子は闇属性。うふふふ。ホントに興味の尽きない子だわ」
「なぁなぁミーシャ、それって結局どういった事なんだ?」
俺がそう尋ねると、ミーシャは顎に手を当てしばし考え込んだあと、こう口を開いた。
「そうねぇ、ポリタン先生が合えて口にしなかった事を私が言っちゃうのもなんだけど……」
「なんだよ、知ってんなら勿体付けずにさっさと言っちまえよ」
小首を傾げるミーシャの肩を、ジュレミはそう言って肘で突いた。
「あん。分かったわよジュレミちゃん、そうね、こんな事はちょっと調べたら直ぐに分かっちゃう事だしね」
耳にからみつくような喘ぎ声を挟んで、ミーシャが説明してくれたのはこういう事だった。
闇属性、それは誕生や清浄を意味する光属性の対となる属性であり、滅びと穢れを意味する属性だそうだ。
人族で生まれながらにしてそれを持つ者は数少なく、一万人に一人程度の割合だとか言う話で、そう言った人はナイトメアと言う特殊な種族として扱われるそうだ。
「それじゃー、キャルもそのナイトメアって奴なのか?」
「いいえ、そうじゃないと思うわ。ナイトメアの人間には生まれつき体のどこかに角や痣があると言われているの」
ふむ、確かにそれは無いな。なにしろ俺は生まれたままの姿のキャルを見ているのだ。
「体の……どこかに……」
俺はハァハァと息を荒げるパルポを無視して話を続ける。
「まぁ、闇属性と言ったって、みんながみんなナイトメアになる訳じゃないんだろ?」
「そうねぇ、けど闇属性になじみが深い種族と言う点では、もっとふさわしい種族があるわ」
魔道ランプがぽつぽつと灯るアカデミーの大通り、ミーシャは目を光らせながらこう言った。
「蛮族よ」
「蛮……族」
蛮族、確かに言われてみればその通りだ。奴らは破壊と死をふりまく、暴力と騒乱の権化である。奴ら以上に闇属性がピッタリな種族はそういないだろう。
「じゃあなんだ? キャロは蛮族なのか?」
脳みそつるんつるんのジュレミは、空気を読まずにあっさりとそう言った。
「はっ、そんな訳ないだろう。キャルはこんなに可愛くていい子なんだぜ?」
俺は粘っこい唾を飲み込みつつもそう言った。
俺たち人族と奴ら蛮族は不俱戴天の仇である。信仰する神が太陽神フェダーインと暗黒神バールダロスと言う宗教の違いというだけでは無い。奴らとは何もかもが違うのだ、というか人間を食う蛮族だって珍しくない、そんな奴らとどうやって仲良くすればいいというのだ。
「あら、蛮族にだって綺麗な人はいっぱいいるわよ」
「そりゃそうだがよ」
俺はニヤニヤと笑みを浮かべるミーシャに、口をとがらせそう言った。
ゴブリンやトロールなどは不細工なヤツばかりだが、上級蛮族のドレイクやバシリスクなどは美男美女が多い。
この前のドレイクだって、悔しいが顔だけ見ればナイスミドルな美形だった。まぁ……それ以上にどうしようもないロリコンだったけど。
そんな風に、無駄話をしながら歩いているとだ。俺たちの行く手を遮るように、ほんわりと緑の光が目に挿し込んできた。
「ん? こりゃ転移ゲートの?」
俺たちが間抜け面を晒していると、目の前の空間が波打って、そこから誰かが姿を現した。
「あら、変な所に出たわね?」
そう言って転移ゲートを抜けて来たのは、きわどい黒のボンテージファッションを身にまとったひとりの美しい女性だった。
「おっぱ! い、いや! テメェは!?」
俺は理性を総動員して、その女に飛びつくのを堪える。
彼女の特徴は、そのしゃぶりつきたくなるような肉体と、天使も悔し涙をもらすような整った顔だけじゃない。
額から生えた、まがまがしくも立派な一対の角、そして背中に生えた皮膜の翼。その存在が、彼女が上級蛮族――ドレイクであることを雄弁に物語っていた。
「あら、ちょうどいいわね。そこの人間、ここが何処か教えてちょうだい」
彼女は、俺たちの事を全く恐れずに、堂々とした口調でそう言った。
それは圧倒的な力量差からなる余裕に裏付けられた態度だった。
「あ? なんだて――」
反射的に喧嘩を売りそうなったジュレミの口を、ミーシャとパルポが即座に塞ぐ。ナイスワークだふたりとも、後はこの俺に任せておけ!
「えっへへへへぇ。ここは王立アカデミーでございます。貴方様のような高位の蛮族のお方がいるとちょーーーーーっと具合が悪い場所かと思われますが?」
俺は全力で下手に出ながら、彼女の機嫌を損ねないようにそう言った。ここでドンパチ始めたところで万に一つも勝ち目などありはしない。靴を嘗めろと言われれば、即座に嘗める所存である。
「王立アカデミー? ふーん、そう」
だが、彼女は興味さなそうにちらりと周囲を一瞥しただけだった。
「そっ、そうでございます。ここは人族の王都のど真ん中でございます。もし何かあれば即座に衛兵、いや近衛騎士が集まるような場所であります」
だからとっとと帰りやがれ、俺は言外にその思いを込めまくって、彼女にそう言った。
だが、彼女は俺の思いを知ってか知らずか、牙を見せびらかすように頬を歪めてこう言った。
「近衛騎士団とひと暴れってのも中々に惹かれる話だけどねぇ。まっ今日は別の用事で来たんだ、そいつはまた今度の機会にしようか」
「え? じゃあお帰り頂けるのでしょうか?」
「別の用事があるって言ったろう、坊や?」
彼女はそう言って、冷たく尖った爪先で、俺の顎をくいっと持ち上げる。
彼女の血のように真っ赤な唇が俺の顔の目の前に来る。これが人族の女性だったならば、間髪入れずにその唇を奪いにいく所だが、生憎と相手は上位の蛮族である、剣を突き立てられているのと何ら変わりが無い。
「いっ、いえ、ですからね、何時騎士団が来るか分かったものではないのですよ」
そんな訳ない、騎士団が守るのは王城だ、アカデミーで何が起きようと騎士団なんて来るわけがない。
「だからそっちでも構わない……って」
ギロリと彼女の視線が俺から、俺が背負っている人物へと向かった。
「ちょっと、坊や――」
「はっ! はい何でございましょう!」
俺は直立不動となってそう返事をする。
彼女はそれにほんの少し眉根にしわを寄せるとこう続けた。
「アンタが背負ってるその子――」
「頼んだミーシャ! 時間を稼いでくれ!」
俺はそう言うなり全力で踵を返した。
「了解したわナックスちゃん! けどあまり期待はしないでね」
「分かってる! 『命を大事に』をキーワードになるたけ頑張って!」
「おっ? なんだ? やっていいのか?」
「……」
俺が脱兎の如く逃げ出したのと同時に、3人は俺と彼女を塞ぐ壁となる。
「くそッたれが!」
奴の視線、そして言動。その事から導き出すに、奴の目当てはキャルの可能性が濃厚だ。
いったい何のためにキャルを必要としているのかは分からない、だが蛮族の奴らがもくろんでいる事なんて碌な事じゃないに決まってる!
俺はダッシュで今来た道を引き返す。
もう夜も更けて人気無い学内だ、助けを求めるにしてもそうそう選択肢なんてありはしない。
心当たりがあるとすれば――
「ポリタン先生、君に決めた!」
さっきの今で引き返してるんだ、ポリタン先生はまだ図書館にいる可能性が高い。
俺は取りあえず、来た道を駆け戻る。ポリタン先生に追いつけば、まだ希望の光があるからだ。
ドレイクレベルとなれば
「んー、むにゃ」
俺の全力疾走に、キャルが小さな寝言を上げる。
(まさか、キャルが?)
キャルにはドレイクの象徴である角は無い。奴の親戚と言う訳ではなさそうだが……。
(いや、今はそんな事を考えている場合じゃない)
今はとにかく逃げる時だ。
「俺はキャルのパパなんだからな!」
駆ける駆ける、夜闇を駆ける。ミーシャが稼いでくれている時間を無駄にしない為にもひた走る。
そうしているうちに俺の目に人影がうつり込んできた。
「あの四人は……」
あの
「肝心なポリタン先生はいねぇか」
彼女たちを巻き込むのは心苦しいが今は非常事態だ、四の五の言ってる場合じゃない。
走り寄る俺に真っ先に気が付いたのはディアだった。彼女は闇夜に全力ダッシュをかます俺に向かって誰何して来た。
「俺だディア! ヤベエやつ! ドレイクがまたやってきやがった!」
「はっ? 何言ってるのよアンタ?」
ディアがそう言うのも無理はない、この学園には強力な結界が張られており、蛮族がおいそれと近づけないようになっている筈なのだ。
「ホントなんだよ、今ミーシャたちが足止めをしている!」
「嘘じゃないみたいね」
俺の目をのぞき込んできたディアはそう結論を下した。
「オリアンナ先輩、緊急事態です。アカデミーに高位のドレイクが侵入いたしました」
ディアの切迫したもの言いに、先輩は黙ってうなずくと俺たちを手招きした。
「取りあえず大図書館に戻りましょう。あそこなら身を隠す場所に困りませんわ」
★
図書館の鍵を閉めた事で、俺たちはようやく人心地を付くことが出来た。
「ここならば大丈夫でしょう。しかし、何故ドレイクほどの大物がこのアカデミーに?」
「恐らくはキャルを狙っての事だと思います」
俺は寝息を立てるキャルをそっとなでる。
「キャルちゃんですか?」
「ええ、先輩はご存じないかもしれませんが、俺たちがドレイクに合うのは二度目です。ひとり目のロリコンドレイクは俺達と初めて会った時に『貴人の子息を探している』と言っていました」
「貴人の子息……と言う事は、キャルちゃんは蛮族であると?」
「奴の言葉を信じた上で、俺の憶測が当たっていればの話ですけどね」
俺はそう言って肩をすくめる。確証なんてものは一つも無い話だ。だが、キャルについてはその名前以外何一つとして分かっちゃいないんだ。
「そうですか、ですが、その方が腑に落ちる話ですわね」
俺の推論に、あの場所に同席していたリップがそう口を開いた。
「ただの人間をあんな場所に封印する意味なんてございませんわ。それよりも高位の蛮族を封じ込めていたという方が、よほど説得力がある話ですわ」
身体測定の結果と言い、リップの言葉を否定できる材料は少なかった。
「先輩、ポリタン先生と連絡はつきませんか?」
「ポリタン先生……そうですわ! 先生はついでに雑用を片付けるとこの図書館に戻って行った筈ですわ」
そいつは好都合だ。俺たちでは答えの出ない問題も、この図書館の全てを知るポリタン先生ならば何らかの答えを出せるかもしれない。
俺たちは司書長室へと駆け出したのだった。
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