第20話 ライバル
先に競技場へと上がっていた俺を黄色い歓声が包み込む。ようやく俺にも固定ファンが出来たのかと思いきや、それは俺の対角線上赤コーナー側へと向けられた歓声だった。
「ん? テメェは何なんだ?」
大将戦の舞台に上がって来たのはディアネットでは無く見知らぬ男だった。キラキラ輝く金髪を風になびかせながら悠々とした足取りで登場した。しかし奴はそんな爽やかな外見とは裏腹に、敵意とあざけりのブレンドされた視線でねっとりと俺を見下して来た。
「はっ、全く下品な人間だね。知性の無さが顔に出てるよ」
「そっちこそ性格の悪さが目に滲んでるぜ?」
俺はへらへらとそう言い返す。
直感で分かった、こいつは敵だ、生まれながらに全てを与えられて、その上に胡坐をかいている敵に相違ない。
全身から溢れるモテオーラ。浴びせられる黄色い歓声を当然のものとして扱うその傲慢さ。まちがいない、こいつは俺がハーレム王になる上で障害となる人物だ。
「はっ、何を突然言い出すかと思いきや、君のような見る目の無い男がいてくれちゃ迷惑なんだよ」
「そっくりそのままお返しするぜ、お前のような軽薄そうな男がいちゃ俺の計画に支障が出るんだよ」
バチバチと敵意のこもった視線をかわす。なんだか知らんがこいつも俺を嫌っているらしいが、それは好都合なことこの上ない。遠慮なくぶっ飛ばせるというものだ。
「計画? それはハーレム王うんぬんの話かい? まったくどうしようもなく品性下劣な話だよ。同じ男として唾棄すべき思想だね」
「はっ、羨ましいなら羨ましいとそう言えよ。まぁ譲ってなんてやらねぇがな」
「犬畜生でもあるまいし、そんな下卑た思想はごめんだね」
「あっ? 俺の夢に文句あるのか? それとも自分の器の小ささを自覚してんのか?」
『ストップ! ストーップでーす!』
額どおしをぶつけ合うような近距離で威嚇しあっていると、アナウンサーの焦った声が聞こえて来た。
そうだ、俺はこいつと言い争いに来たんじゃない。剣を交えに来たんだった。
「けっ、そうだな、勝負はこいつで決めるんだった」
俺はそう言うと木剣の切っ先を奴に向ける。
「そうだな、僕としたことが冷静さを欠いてしまっていた」
奴も同じく切っ先を俺に向けた。
『えー、なんだか知りませんが、開始前から十二分に競技場は温まっている様子です
では、選手紹介です! 青コーナー! 冒険者クラス! ナックス・レクサファイ君!』
「うぉおおお」という野太い声が木霊する。半分は冒険者クラスからだが、その半分は一般客からだ。彼らは娯楽に飢えている。ど底辺の冒険者クラスが最上位の聖騎士クラスを撃破するその瞬間を心待ちにしているのだ。
『続きまして赤コーナー! 聖騎士クラス! リッカルド・メイヤー君!』
「キャーーー」と耳をつんざくような黄色い声が木霊する。くそムカつく事に、この優男には随分と固定ファンが付いている様だ。やはり俺とこいつは剣を交える以外に道は無い。ハーレム王は1人で十分なのだ。
俺は奴に木剣を向けて宣言する。
「出来れば使いたくは無かったが、事ここに至っては仕方がない。師匠より授けられた秘剣を披露しよう」
「……秘剣だって?」
キョトンとした間抜け面をさらす奴に、俺はニヤリと笑ってこう言った。
「秘剣……流し切り。竜をも裁ち切る一閃だ、俺と同じ時代に生まれた事を呪うがいい」
『おーっと! 必殺宣言! 必殺宣言だ! ナックス君、大胆不敵な必殺宣言な必殺宣言だー!』
俺の宣言に会場は湧きに沸く。思えばこいつ等には好き放題させられた。今度はこっちの番だった。
「ふん、そんなはったりが効くとでも思ったのかい?」
奴はそう言い正面に木剣を構える。重心はやや後ろ。どんな攻撃が来ても捌けるように警戒しての構えだ。
「泣き言は後で聞こう。ただしその時には八つ裂きになっているだろうがな」
俺はそう言い、木剣を肩に担ぐ。師匠との修行の日々を思い出す。あのおっぱいモンスターの理不尽な虐待の数々、その中でつかんだ必殺技だ。
『それでは両者準備は整いましたでしょうか!』
俺と奴は無言で頷く。準備は整っている、後は決行するのみだ。
『それではー』
会場が静まり返る、皆固唾をのんで俺たちを見守っている。
『競技開始です!』
合図と同時に仕掛けたのは俺の方。俺は担いだ木剣を――
「シュッ!」
奴の顔面目がけてブンなげた!
「なっ!?」
一瞬の動揺、それは致命的な隙だった。奴は俺の術中にはまっていた。誰だって流し切りなんて名前と俺の構えからは、上段からの一撃を想像するだろう。
ところがどっこい俺の狙いは別にある。それは思考の隙を突くことだ。兵は詭道なりそれこそが、俺が師匠から教わった必殺技だ。
「くっ!」
奴もまさかしょっぱなの一撃で大事な武器を放り投げるなんて思っていなかったんだろう。飛んでくる木剣を何とか打ち払う事には成功したものの。奴の視界は塞がった。
だが、俺はそのときすでに奴の懐へと潜り込んでいた。目の前には奴のがら空きの胴体。
俺の次の行動は――
全力で奴の金的をぶん殴った。
★
「だーっはっはっ! ひーひーひー!」
「あんた何考えてんの? バカじゃない? バカじゃないの!?」
「むぅぅ……何故だ」
勝者である俺を迎えたのは、大ブーイングと冷たい視線だった。俺はそれから逃げるように待合所へと戻って来た。
「あはっ、あっはっはっは、やっぱり凄いわねナックスちゃん」
「……グッジョブ」
クラスの皆は大爆笑と共に出迎えてくれたが、俺はもしかしてとんでもない事をしてしまったのではないだろうか?
いやしかし、あれが最も確実かつ最短で終わる手段だったのだ。奴らの妨害は嫌というほど味わっている。試合が長引けばどんな茶々を入れらるか分かったものではなかった。有無を言わさず一瞬で決着をつける必要があったのだ。
「なぁ、俺なんかやっちゃった?」
「なんかやっちゃった? じゃないわよこの大ばか者! あんな卑怯な手段を使って、どうして評価してもらえると思ったのよ!」
「いや、先に卑怯な事をしてきたのはあいつ等だろ?」
「そーれーでーもーよ! それでも正々堂々戦いつつ勝利するってのがヒーローのパターンでしょうが!」
「知らねーよ。俺は目指すのはヒーローじゃなくてハーレム王だ」
俺は耳をほじりながらカーヤの小言を聞き流す。要は勝てば良いのだ勝てば。
「あっははははは? とっともかく、これで白兵戦試験もゆうしょうですよー?」
コモエ先生もそう言って歓迎してくれる。ちょっと目が泳いでいる様な気もするがきっと感極まっているんだろう。
「くくく。ともあれこれで全体優勝も見えて来たという事だ」
俺たち冒険者クラスは、筆記試験はぶっちぎりの最下位だったが、魔法試験と白兵戦試験で優勝したのだ。これで残るは最後の試験であるオリエンテーションのみ。
そしてオリエンテーリングこそは俺の真骨頂と言える。師匠の罠に嵌り広大な樹海の中でナイフ一本すら手に持たず三日三晩さまよい続けた経験は伊達じゃない。
「くくく、はーっはっはー! 見てろよエリートども! ハーレム王に俺はなる!」
野太い笑い声が木霊する中、俺は堂々とそう宣言したのだった。
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