第19話 エルフ対決

「大丈夫かミーシャ!」

「あー疲れたわー。私体力勝負って嫌いなのよねー」


 ヘロヘロの様子になったミーシャはそれでも何とか無事に戻って来た。だが、あれがミーシャほどの技術の持ち主でなければ、折れた槍に突き刺されていたかもしれない。


「ナックスちゃん」

「ああ、わかってる。どうもこの勝負は正々堂々という訳じゃなさそうだ」


 乾いた喉にスポーツドリンクを流し込みながらそう言うミーシャに、俺は神妙な表情でそう答えた。


「まぁお疲れ様だミーシャ。お前の仇は俺が取ってやる」


 次は次鋒戦、ジュレミの出番だ。バカはミーシャの肩を軽くたたいた後、全身の筋肉をはちきれんばかりに膨らませて、競技会場へと歩いて行った。


「仇って、私は死んじゃいないわよー」

「ほっといてやれ、バカはボキャブラリーが少ないんだ」


 だが、奴の決意は本物だ。奴の背中には炎が燃えている。


「あの子ったら、対戦相手を壊しちゃわないかしら?」

「しらん、そうなったら向うが何とかするだろう」


 先に仕掛けて来たのは奴らだ、俺たちは喧嘩を買ったに過ぎない。


 ★


 先に競技場へと登ったバカは棍棒の具合を確かめるように、ブンブンと振り回す。その有様は正しくオーガそのもの。どこからどう見ても討伐対象だ。


「さて、敵はどう出るか」


 ミーシャの時がそうだったように、こちらの弱点を突くようなオーダーがなされていると思っていいだろう。


「ミーシャ、お前だったらあの筋肉ダルマとどう戦う?」

「そうねー、私だったら戦わずにスルーしたい所だけど、どうしてもというのならー」

「どうしてもというのなら?」


 二回戦において、あの筋肉バカは自分を超す筋肉バカを力で押さえつけた。となると残る手段は――


「素早さで翻弄することかしらね。これは審判の居る試合よ、細かなポイントを稼いでいって時間切れまで逃げ延びるわ」


 まぁそうだろう。これは討伐クエストじゃない。あくまでも技の冴えを競い合う競技大会だ。


「まぁ、審判が信用できればそれが一番だろな」


 問題はその審判がどう見ても相手側をえこひいきしている事である。

 歓声の声、いや、黄色い悲鳴が立ち上がる。どこかで見たことあるような光景に、その声の先を見てみると……。

 そこには、ミドル丈のブロンドヘアーを爽やかに揺らした、エルフの少女剣士の姿があった。


「あれ? やばくね、これ?」


 競技場をみると、あれほど膨れ上がっていたジュレミの背中がみるみるとしぼんでいく。そしてあのバカは困ったような視線をこっちに向けて来た。


「あら、ジュレミちゃんって意外と紳士なのねー」

「いや、アイツは紳士と言うか女性恐怖症的な所が合ってだな」


 ジュレミには2人の姉がいるが、幼いころから何かにつけてこき使われて、奴隷根性と言うか、酷い劣等感と言うか、ともかくそんな感じで女性、特にエルフの女性には頭が上がらないのだ。


「こりゃ不味いな。奴ら、プライベートな所までよく調べ上げてやがる」


 こうなってしまっては、ジュレミは普段の半分の力も出せやしないだろう。

 だが、まぁいい、ここでジュレミが負けたとしても、俺が大将戦で勝てば1勝1敗1引き分けでドローだ。後は最終決定戦で俺が勝てばそれで終わり。いや、もしかしなくてもその方が俺の実力をよりアピールできるチャンスと言う事だ。


「大丈夫だジュレミー! 気負わずがんばれー!」

「ジュレミちゃーん! ファイトー!」


 俺たちの応援を奴はしぼんだ背中で力なく受け取る。


「これはもう、駄目かもしれんね」

「うふふふふ。可愛いとこあるじゃないジュレミちゃん」


 俺たちがそんな事を考えていると。ジュレミは棍棒を場外へ放り投げて、パンパンと自分の頬をはり倒した。


「おっ、もしかしてまだ諦めてないのかアイツ?」

「うふふふふ。そうみたいねー」

「だけどあのバカ、棍棒捨てちまってどうするつもりだ?」

「流石に、女性をあれでぶん殴るのは気がひけるんじゃないの?」


 敵の獲物はエルフに相応しいレイピアだ。だが、ジュレミとの体格差から見ればリーチの差はそれほどないだろう。


「ふーむ。まぁ俺が奴の立場でもそうするか」


 相手がおっぱいモンスター師匠だったら、何を使おうが気がひけるなんてことは無いが、いかんせん今回の相手はか弱き同級生だ。そんな相手に丸太と見間違うような棍棒を振り回す訳にはいかないだろう。


「うふふふふ。ナックスちゃんだったら、試合と言うのをいい事に、好き放題に抱き付いちゃうんじゃないの?」

「……それも否定しない」


 合法だから、あくまでも同意の上だから。


『それでは! 競技開始です!』


 ゴングの音が高らかに鳴り響く。外野の思惑とは他所に、試合開始の火ぶたは落とされた。


 ★


「うおおおおお!」


 先手を取ったのはまさかのジュレミだった、奴は色々なものを振り切ろうと。雄たけびを上げつつ、相手の方へと駆けていく。

 だが、その突進は予想されていたようだ、相手は闘牛士のような身のこなしで、ひらりとその突進をかわし、そのついでとばかりにジュレミの脇腹をチクリと一撃叩き込んだ。


「うおおおおお!」


 だが、その程度で止まるようなバカでは無い。蚊に刺されたとでも言いたげに、奴は突進を繰り返す。


 かわしてはチクリ、かわしてはチクリ、そうこうしているうちに、時間はドンドン流れていく。


「うーん、やはり駄目そうだな」

「そうねぇ、このままじゃ何時まで経っても捕まえられないわー」


 木製のレイピア如きじゃジュレミの鋼の肉体には傷一つとして付けられはしない。だが審判団がそんな甘っちょろい判断を下す訳がない。このままいけば時間切れのポイント負けだろう。


 さて、大将戦に向けて体でもほぐすか、なんたって二連戦だ。と、俺がストレッチを始めた時だ。


 試合場から大きな歓声が湧き上がった。


「ん? どうしたんだミーシャ」

「あはははは。ジュレミちゃんの肉体にレイピアが耐えられなくて折れちゃったのよ」

「そりゃまぁ……そうだろう」


 奴なら本物のレイピアでも受け止められるかもしれない。エルフの皮を被ったオーガの名前は伊達じゃない。


「うふふふふ。敵さんは随分と混乱しているみたいねー」


 ミーシャはそう言って時間を確認する。随分と経っているとおもったが、試合時間はまだ半分も残っている。


「けど後は逃げ続ければいいだけだろ?」

「うふふふふ。ジュレミちゃんになれているナックスちゃんだったらそう思うでしょうね。けどジュレミちゃんになれていない、あの子はどう思うかしら?」

「ん? ただの筋肉ダルマだろ?」

「その筋肉ダルマが、逃げ場の固定された狭いリングを何処までも追ってくるのよ。そのプレッシャーは並みじゃないわ」


 はたして結果はミーシャの言った通りだった。ほどなくして、ジュレミの太い指が、相手エルフのか細い腕を捕らえたのだ。


「おっ! いけるか!?」

「……うらやましい」


 パルポの呟きは気にせずに競技場を注視する。捕まえてしまえばこっちのものだ、後は煮るなり焼くなり好きにすればいい。


「いけー! ジュレミー! そのまま決めちまえー!」


 ジュレミの剛腕から逃げれる女性なんてそうそう居やしないだろう。なんせ奴は本物の剣だって素手でへし折れるような奴だ。

 ところが、奴は意外な行動に出た。


「ん? 何やってんだ? あいつ?」

「あらあらー」


 ジュレミは対戦相手の手を握ったまま。ぶんと競技場外へと振り出した。


『な? え? はっはい』


 バカの奇怪な行動に、アナウンサーも混乱している。


『じょっ場外です! カウントを開始します!』


「ほんと、ジュレミちゃんって紳士よねー」

「あー、そう言う事かー」


 ジュレミは女性恐怖症的な所がある。それ故に、女性を傷つける事は非常に不得手だ、無理だといってもいい。

 ならば傷つけずに勝方法、勝てなくとも負けない方法を考えていたのだ。


『0!

 両者リングアウト! 両者リングアウト! 先鋒戦に続き、次鋒戦も引き分けでーす!』


 混乱気味のアナウンスが高らかに響き渡ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る