第18話 ゴングの音
決勝戦が始まった。オーダーは厳正なるじゃんけんの結果先鋒ミーシャ、次鋒ジュレミ、そして大将の俺と言う事になった。
「それじゃー、行ってくるわねん」
ミーシャはそう言うと、相変わらず気負いなんて全くなく、そこらに散歩にでもいくかの様子で競技場へと歩いて行く。
「さて、相手はどうでるか?」
とは言え、誰が出て来るかは競技場に上がって見るまでは分からない。少しでも相性のいい奴と当れるように祈るのみだ。
「って、相手は長物使いかよ」
敵陣から歩いて来るのは、木製の槍を持った筋骨隆々のヒューマンだった。
「リーチの差は剣どころじゃねぇなー」
バカが昼飯の残りを口に入れながらそう呟く。相手の腕前がどの程度かは分からないが、その圧倒的なリーチ差は脅威としかいいようが無い。こいつは運が無かったなと俺たちは半ばあきらめつつも、精一杯に応援の声を上げた。
『それでは! 競技開始です!』
ゴングが鳴ると同時に相手が動いた。
「くっ、きたねぇ奴だ」
奴はガードしにくい下段を執拗に狙ってくる。それが戦法と言えばそれまでだが、狙いは歴然だった。
「長期戦を狙ってやがるのか?」
奴は力の入った一撃で仕留めるというより、ミーシャに回避行動を強要させることを目的とした連続攻撃に終始していた。
いくら昼休みがあったとはいえ、ミーシャは準決勝ではほぼフルタイムを使って戦っている。それも超がつくほど濃密な時間をだ。
息も付かせぬ連続攻撃はミーシャの残り少ない体力を徐々に、そして確実に削っていく。
「ミーシャ! さっきの技だ! そんなへなちょこ槍ぶんどっちまえ!」
応援の声を上げるも、そうそううまくはいかないだろう。二回戦では昔馴染みが対戦相手だったから、あのような神業を繰り出せたのだ。初見の相手にあんなことが出来るなら、それこそまさに達人クラスだ。
しかも奴の狙いは手の届きにくい下段中心。これでは必殺の白刃取りが封じられたようなものだ。
「おらー! まけんなミーシャ!」
「オカマの意地を見せてやれー!」
絶望的な戦いだと分かっていても、俺たちにできるのは精一杯声を張り上げる事だけ。
だが現実は非情である、敵の攻撃にミーシャの足元がふらついたその時だった。
「やべぇ!」
敵は無防備なミーシャの頭めがけて、全力で槍を振りぬい――
ぐにゃりとミーシャの上半身が歪む。
「!?」
ミーシャのそれは擬態――つまりは死んだふりだった。奴は蛇の様に体をくねらせ、全身で槍に纏わりついた。
「シャッ!」
ミーシャが小さく吠える。それと同時に槍を中心にしてミーシャはまるで鉄棒を回るように回転した。
「うぬっ!」
だが、敵もさるもの、ミーシャ全力の絡め取りに、その剛力を持って耐え抜い――
バキリと乾いた音が鳴る。力と力のぶつかり合いに、木槍が持たなかったのだ。
この攻防で全力を使い果たしたのだろう、ミーシャは着地に失敗し、どさりと床に転がり落ちる。
「ふん!」
だが、相手の体勢は十分だ、奴は半分に折れた槍を持って止めを刺さんとミーシャに向かっていく。
「くそっ! やべぇぞ! あんなもんで攻撃されたらミーシャが壊れちまう!」
へし折れた槍は、ささくれ立った鋭利な断面をしている。あれで殴りつけられたら皮膚なんてさっくり切れちまう。
だが、審判の静止は入らない。そのまま続行するようだ。
「おい! 制限時間はまだか!」
ミーシャは随分と粘っていた。そろそろ制限時間が来てもいいころあいなのだが。
ちらりと時計を確認する、人試合の制限時間は10分、もうとっくに終わっていい筈だった。
「おい審判! 制限時間過ぎてんぞ!」
俺たちは審判団に向かって抗議の声を上げる。だが、奴らはちらりと時計を確認した後、何事も無かったように、その視線を2人に戻した。
「どうなってるんだ?」
ロスタイムがあるのは大将戦だけだったはずだ、それは俺が2回戦で味わった。それとも決勝戦では勝手が違うのか?
「おいコモエ先生!」
「せっ先生はなにもわからないのですよー。けど規約ではそんなことなかったはずなんですよー」
コモエ先生はアタフタしながらそう説明してくれた。
「……僕たちを……勝たせたくない?」
パルポがポツリとそう呟いた。
なるほど、それはあり得る話かもしれない。一般の観客たちは兎も角、お偉いさんにとっちゃジャイアントキリングなんてものは余計なアトラクションでしかないのだ。
かれらにとっちゃ、一番手間暇かけた優秀な駒が、順当な結果を得るに越したことはないのだろう。
「だが、何時間もこのままって言う訳にはいかねぇよな」
ジュレミが指をボキボキと鳴らしながらそう言った。このバカも我慢の限界みたいだ。正直な所、こいつが暴れ出したら俺では止める事は出来ない。
だけど……。
「もう少し我慢しろ筋肉バカ、ミーシャはまだ諦めちゃいない」
床を無様に転がり回りつつも、ミーシャの目は死んじゃいない。虎視眈々と一発逆転を狙っている目だった。
床に次々と叩き付けられる攻撃を、ミーシャは転がりながら必死に避ける。その時だ、ミーシャの尻尾が奇妙な動きをした。
「がっ!」
とたんに、相手が顔をおさえる。
「ははっ、やりやがったアイツ!」
ミーシャはただ無様に転がり回っていたんじゃない。ミーシャの狙いは折れた木槍の破片だったのだ。
ミーシャはそこまでたどり着くと、尻尾で器用に掬い取り、相手の顔面目がけて投擲したのだ。
「さっすがキャットピープル。俺たちには出来ない戦い方だ」
ミーシャの細くて長い尻尾は十分に手の代わりとなる。ひん死のミーシャを仕留める事に夢中になっていた相手は、その存在を忘れてしまっていた。
「いけーミーシャ! 逆転だー!」
木片は上手い事目に当ったようだ。失明とまではいかないまでも、回復までしばらくの時間を要するだろう。
だが――。
ミーシャが立ち上がり、敵に攻撃を仕掛けようとしたその時だった。それまでうんともすんとも言わなかった制限時間を示すゴングの音が高らかに鳴り響いた。
『ゴッゴングです! ゴングです! 審判のジャッジはドロー! 第一試合は時間切れ引き分けでーす!』
審判の旗が交差される。
「野郎」
「ああ、ちょっとムカついたぞ俺は」
作為的なその鐘の音に、俺たちの怒りは高まって行った。
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