第4章 インターバル

第21話 大魔導士

「まったく……醜態をさらしてしまいましたね」

「申し訳ございません!」


 マクガインの突き放すような冷たい物言いに、リッカルドは深々と頭を下げた。


 彼に求められていたのは全勝だった。だが結果は無残なもの。用意した策はことごとく破られ、おまけに大将戦では急所攻撃を食らって気絶するという失態を犯してしまった。


「それにしても……いやいや、面白い事が分かりましたよ」

「は?」

「君を気絶に追いやった例の彼の事ですよ。えーっと名前はなんでしたかね?」


 マクガインは口角を歪めながらリッカルドにそう尋ねる。


「……ナックス・レクサファイ」


 リッカルドは羞恥心と憎しみを歯噛みしながらその名前を口に出した。


「そうです、その彼です」


 マクガインはさも今思い出したとでも言いたげに首肯した。


「その彼の師匠と言うのが少しばかり問題のある人物でしてね」

「師匠……ですか?」


 確かにナックスはことあるごとに師匠師匠と口に出していた事を思い出す。


「ええ、彼の師匠の名は、リナリカ・ナーガと言います」

「リナリカ・ナーガ?」

「ええ、あまり表には出ない名前ですからね。貴方が知らないのも無理はない」

「その人が何か?」


 咄嗟に出たその疑問に、マクガインは肩を揺らしながらこう答えた。


「何が? ですか、何が、ですね。ええ、私もその答えは持っていません。ただ彼女は大魔導士と言うあだ名を持つ凄腕の魔法使いであるという事は確かです」

「大魔導士……ですか」


 マクガインが笑うなど初めて見たリッカルドは恐る恐るそう尋ねる。


「彼女の戦闘力は一国の軍隊にも匹敵します。鼻歌まじりでドラゴンを焼き殺し、読書の片手間に城を壊滅させるような腕前の持ち主です」

「……それは、本気で言っているのですか?」

「笑えることに単なる事実です。私もとある任務で彼女と行動を共にしたことがありますので」


 マクガインは肩を竦めつつそう答えた。


「最近姿をくらましていると思ったら、まさか弟子をとっており、しかもこのアカデミーに送り込んでくるとは、一体何を考えているのでしょうね」

「そっ、そんなとんでもない人物の弟子だったのですか」

「ただまぁ、弟子といっても、小間使いの様な事をずっとさせられていたようですけどね」


 マクガインは報告書を捲りながらそう呟く。彼女の魔法、いや彼女の存在は一代限りの突然変異としかいいようが無い。例え本格的に内弟子として教え込んだとしても、彼女の技を引き継ぐことなど出来やしないだろう。


「ようするに、戯れに拾ったペットの面倒を見るのに飽きた、という所じゃないかと思いますよ?」

「そんな自分勝手な」

「ええ、正しく自分勝手が服を着て歩いている様な人物です。星の数ほどある別名の中には人間台風なんてものもありましたね」

「……」


 あまりにもスケールの大きな、そして無軌道な話にリッカルドは言葉を失う。その様なでたらめな存在の弟子が、あの下品な男。そして、そんな男がこのアカデミーに在籍し訳の分からない妄言を口にしているという事実。


「あの男を打ちのめせば、そのリナリカと言う魔法使いが仇討に来るとお思いですか?」


 リッカルドは恐る恐るそう尋ねた。


「いいえ、それは無いでしょう」


 だが、マクガインなんてことのないようにそう返した。


「彼女は自分の事以外には興味が無い存在です。その様な人間らしい感情は持っていないとも思いますよ

 それに。現れたとすればそれはそれで好都合です。彼女には借りも貸も大いにありますので」


 マクガインは昔を懐かしむようにそう言った。


「リッカルド君。君にもう一度チャンスを与えましょう」

「はっ!」

「ナックス・レクサファイという生徒が、彼女の精神を引き継いでいるという前提でのオーダーです」

「はっ!」

「最終種目のオリエンテーリングでは、聖騎士団長を始め多くのスポンサーが観戦に訪れる予定となっています。

 ナックス・レクサファイがどのような手段を取ろうと、我が聖騎士クラスには優勝する義務があります」

「はっ!」

「君たち聖騎士クラスにはそれだけの、期待とコストがかかっているのです」

「はっ!」

「勿論我々も最大限のバックアップを行いますよ」


 マクガインはそう言って冷酷な微笑みを浮かべたのだった。


 ★


「さてさて、こんなものですかね」


 リッカルドを退席させ、1人きりになった室内でマクガインはそう呟いた。

 勝負は水物。そんな事はマクガインも百も承知だ。だが、そんな単純な理屈が許されない世界と言うものもある。


 それがこのアカデミーだった。

 将来王国の支柱となるべき人材を輩出するこのアカデミー。その中でも中心となる聖騎士クラスに負けは許されなかった。王国最強の戦力である聖騎士がその日暮らしの流浪人である冒険者などに負けてしまえば王国の秩序というものが揺らいでしまうのだ。


「最初から勝負は決まっているのですよ」


 オリエンテーリングでは、聖騎士クラスの周囲に高得点のプライズが配置されるようになっている。それに加えて、柄にもなく良い結果を残している冒険者クラスの周囲には高難易度の障害物を配置する予定である。万に一つ、いや億に一つとして冒険者クラスが勝利することは無いだろう。それどころか完走すら許すつもりは無かった。


「さてさて、君ならどう出ますかね、ナックス君」


 マクガインは在りし日の思い出を瞼の裏に浮かべつつそう呟いたのだった。

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