第58話 真なる邪悪
遅かれ早かれこうなる事は分かっていた。
「けどそれは反則だろ!」
俺は多数の魔獣を引き連れた女ドレイクに追い回されていた。
「畜生、ドレイク単体だったら何とかなってたのに!」
何しろここは隠れ場所には事欠かない地下大図書館、俺がちょっと本気を出せばジュレミたちクラスのぼんくら共相手だったら丸一年でも逃げおおせる所だ。
だが、相手は鼻の良くきく魔獣ばかり、どう考えても不利なゲームだ。
「キャハハハハハ! どうしたどうした!」
相手はテンションアゲアゲ絶好調に魔剣を振りながら追いかけて来る。
その魔剣も厄介な事この上ない、奴の魔剣はボンテージファッションにお似合いの蛇腹剣。そいつを鞭のように振り回すさまは、少しばかり幼いものの、どう見てもいかがわしい店の女王様だ。
頼みの綱のガーディアンたちも、奴の蛇腹剣の前には時間稼ぎにすらなりやしない。鎧袖一触とは正にこの事、奴の視界に入った瞬間に切り刻まれてエーテルの塵へと消えていく。
「いや、これもう詰んでるだろーー!」
「んー、パパうるさくて眠れないよー」
その声に視界が開ける。
そうだ、逆転の切り札は最初から俺の背中にあったのだ!
守るべき幼女に庇われるなど情けないなどと言う場合では無い、緊急事態、緊急事態なのだ!
「キャル! うるさいのは後ろの奴らの所為だ! 構わないから一発ぶち込んでやれ!」
俺がそう言うと、キャルは瞼をこすりながら欠伸交じりに魔弾を背後に打ち込んだ。
キャルの小さな手から発射された極大の魔弾は、彼女の魔力の質を表すように、一切の光を通さない真っ黒なもので、子供らしい無邪気な殺気が込められたとびっきりの一撃だった。
「ちょ! それはやりすぎでは!?」
いくら危険極まるドレイクとは言え、相手は可愛らしい美少女だ。それが親ですら見分けのつかない顔になるどころか、この世から存在を抹消されてしまいそうな一撃を食らわせるのはあまりではないだろうか。
俺がそんな呑気な事を考えていた時だった。
「ふふふ。流石は御子様、極上の一撃だわ」
そのドレイクは、俺が食らったら影さえ残さないだろう一撃を受けても、けろりとした顔でこっちを追ってきた。
「何故に!?」
「ふみゅ?」
キャルの一撃は、見かけ倒しのはったりじゃない。現に女ドレイクの傍にいた魔獣たちは、その余波を受け消滅してしまっている。
では、何故?
あの女ドレイクは、さっきの一撃を無効化するほどの強力な障壁を張っているのか?
いや……違う!
「もしかして、闇属性は効かないのか!?」
俺がそう叫ぶと、彼女は何をいまさらと言った風に、素っ頓狂な顔をした。
「くっ! キャル! 魔力をそのまま打ち出しても効果はない! ちゃんと魔法を唱えるんだ!」
体に巡る魔力をただ打ち出すだけでは、キャルの属性である闇属性が前面に押し出されてしまう。
だが、それは今回の相手には通用しない、サラマンダーを退治するのにファイヤーボールで攻撃するようなもの、属性がかみ合い過ぎて効果が無いのだ。
奴に闇属性は通用しない、ならばきちんと呪文を詠唱して、魔力の属性を闇属性以外に整えてやらなくてはいけないのだ。
「えーっと。うん、分かったよパパ!」
キャルは俺の説明を納得してくれたようで、大人しく呪文を詠唱し始めた。だが、その時だった。
「なぜ、人族などのいう事をお聞きなさっているのですか、キャルロット様?」
女ドレイクは、そんな風に口を挟んできた。
「ふぇ?」
キャルはその言葉により集中を乱され、彼女の掌に集まっていた魔力は霧散する。
「だって、パパはパパだよ? そんな事よりもパパの邪魔をする貴方はだあれ?」
「おや、これは私としたことが自己紹介を忘れていました。私は大魔王ゾンダークが配下のワンダ・アイリジット。千獣のワンダなどと呼ばれていますわ。
そして貴方様は――」
「そいつの戯言なんて聞くな! キャル!」
何か悪い予感がした俺は、大声でワンダの言葉を阻止する。
だが、奴は、それに激昂するどころか、我が意を得たりとばかりにニヤリと頬を歪めた。
「ふふふ。アンタも薄々は勘づいているんじゃないの?」
「うるさいうるさい! キャルは俺の子だ!」
俺は奴の言葉を遠ざけるように、そう言って大声を張り上げた。何時しか俺の足は止まっており、俺たちの周りをぐるりと魔獣が包囲していた。
絶体絶命とは正にこの事。いや、奴の狙いはキャルだ、キャルさえ無事なら……いや……。
俺がそうして、失意の沼にはまりそうな時だった。誰よりも頼りになり、誰よりも聞きたくない、そんな声が図書館の奥より響いて来た。
「ふふふ。どうしたんだいナックス、アンタの夢はこんな所で潰えちゃうのかい?」
「「って! その声は!」」
俺とワンダは同時に声の方へと振り向いた。
そこには、威圧感だけで魔獣たちを蹴散らしながら、悠々と歩を進める
「って、なんだ? お前も師匠の事を知ってるのか?」
「ってなに? 師匠? アレがアンタの師匠?」
俺たちはそう言って顔をつき合わせる。
何やら雲行きが怪しくなってきたのだが、師匠は俺たちの間に漂う空気なぞお構いなしにやってくると、真っ赤にひかれたルージュを歪めてこう言った。
「悪いなナックス。訳あってお前の敵に回る事にした」
「「は?」」
俺たちがポカンと間抜け面を晒していると、師匠は周囲をぐるりと見渡してこう言った。
「だが少々場所が悪いな。全く書物は大事にしろと教えなかったか?」
「いっ、いや、そんな事は教わって無い、というかさっき言った事は!?」
「と言う訳で、場所を変えるぞナックス」
師匠はそう言って指を鳴らす。それと共に周囲の景色が歪み始める。
「くそっ! 相変わらず人の話を全く聞きやしねぇ!」
「なになに!? なんで私も巻き込まれてるのー!?」
こうなったら一蓮托生、敵の敵? は味方だ。
師匠が狂ってるのは何時もの事。俺は
「きゃっ! ちょちょっと! 何処触ってんのよ!」
「うるせー! 文句は師匠に言え! 俺だけ不幸になってたまるか!」
修業時代は幾度となくお世話になった、転移魔法のぐにゃりと揺れる感覚が襲う。
そして次の瞬間俺たちは、アカデミーの中央広場へと転移していた。
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