第57話 ワンダの巨獣

 星空を震わすようなディノスの雄叫びが、人気のない夜の校庭に鳴り響く。


「くっ! るせーな! 今何時だと思ってんだ! 近所迷惑を考えろ!」


 ジュレミは暴力じみたその雄叫びに耳を塞ぎながらそう吠え返した。


「それどころじゃないわジュレミちゃん! ブレスが来る!」


 ディノスは背をのけぞると、大きく胸を膨らませ、巨大な牙が並ぶ口の端から青白い輝きを煌めかせた。


「くっ、お前らは避けろ!」


 ジュレミはそう言うと、両隣にいたふたりの襟首を掴み、デュノスの股下へと放り投げた。


「ジュレミちゃん!」

「!!」


 まばゆい光と共に、極低温のブレスが真正面に立っていたジュレミへと吐き出される。


「ぐおおおおお! さっさむッ! ッてゆーか痛ッ!」


 デュノスのブレスをまともに浴びたジュレミは顔の前で両腕を交差させ、その圧力に必死に抗っていた。


「ジュレミちゃん! 抗っちゃだめ! 横でも後ろでもいいから逃げなさい!」

「(こくこく)」


 一瞬にして真っ白になったジュレミに対し、ミーシャがそうアドバイスを送るも、ジュレミは「こんなトカゲ野郎に背中を向けられるかッ!」と啖呵をきる。


「あーもう、わからず屋なんだから!」


 ミーシャはそう歯噛みをしつつ、ちらりと上を仰ぎ見た。そこには圧倒的な質量を誇る、デュノスの胴体がある。だが、幾ら彼女が体術を得てとしていても、この圧倒的な質量差の前ではなす術がない。

 そして、それはパルポにとっても同じことだった。彼は必死になってがら空きの胴体に魔弾を打ち込むが、デュノスにとっては蚊に刺されたのと同じこと。パルポの放った魔弾は分厚く硬い鱗によって阻まれ、全くダメージを与えられなかった。


(くっ、ここでポイントゲッターのジュレミちゃんを失うのは痛い。けど私たちがブレスの前に飛び出した所で新たな犠牲が増えるだけだわ)


 ミーシャは自らの非力を嘆きつつも、真っ白に染まった視界の向うに何とか逆転の糸口を探そうとしていた。


 ★


 一方、図書館でも戦いが行われていた。

 きれいに整理整頓されていた図書館は今や足の踏み場もない程に荒れ果てて、数多の魔獣が跋扈するサファリパークと化していた。


「カーヤ! リップ! 首尾は!?」

「大丈夫、地下への入り口は潰して来たわ!」


 このゲームのトロフィーは謎の少女キャルロット。彼女を奪われれば自分たちの負け、実にシンプルな話だ。

 やるべきことをそぎ落とし、なすべきことを単純化したディアネットはそうすることで自らを奮い立たせる。


「上出来! 貴方たちはもう退避して!」

「でも!」

「ここは私と先輩で大丈夫! それより応援を呼んで来て頂戴!」


 ディアネットは背後を振り返る余裕も無くそう叫ぶ。

 この4人の中で前衛を務めることが出来るのは彼女ひとり、魔術師3人をカバーするには圧倒的に手が足りなかった。


「分かった! 貴方たちも頃合いを見て脱出を!」

「分かってる! こんな所で死ぬ気はないわ!」

「それでは道を開きます! おふたりとも走って!」


 オリアンナはそう言うなり、極太のレーザーを打ち込んだ、それはカーヤたちの眼前を走り居並ぶ魔獣たちを塵へと変え図書館外壁に大穴を開けた。

 それを合図に、カーヤたちは今しがた出来た道を走ったのだが、その足は穴の前でピタリと止まる。


「どうしたの! 急い――」


 ディアネットはカーヤたちの異変に気付き、問いただそうとしたが、その口は途中で止まった。

 図書館の壁にぽっかりと空いた大穴、その向うの暗闇にはひとりの女ドレイク――ワンダ・アイリジットが立っていたのだ。


「ふぅん、こんな所に逃げ込んだのアイツ」


 ワンダはそう言いながら、ゆっくりと図書館の中へと入って来た。

 それと同時に、それまで無秩序に暴れていた魔獣たちは、ピタリとその場に静止する。


「ふふふ。そんなに怯えなくてもいいわよアンタたち。私の狙いはあの小僧、それ以外の有象無象に興味はないわ」


 ワンダは緊張で体を固めるディアネットたちを見下すようにそう言った。


「くっ! 好き勝手なこと!」

「落ち着いて下さいディアネットさん! 相手は私たちより遥かに格上です。冷静に、冷静に」


 握る剣に力を込めるディアネットに、オリアンナは彼女の手を強く握りしめながらそう言った。


「ふふふ。そう、それでいいわ。私も無駄な殺しはしたくない、そんな事エレガントじゃないですもの」


 そう、妖艶にほほ笑むワンダの前に、一頭のシルバーウルフがやって来た。


「そう、アイツは地下へ行ったの」


 ワンダはそう言うと、カーヤたちの土魔法によって塞がれた地下への扉に目を光らせる。 そして、彼女が呪文を詠唱すると、ガチガチに固められたその扉は一撃のもとに爆散した。


「うふふふ。さあ待ってなさい!」


 ワンダはそう言って、無人の野を行くが如く、悠々と階段を下って行った。


 ★


「――――――」


 なに? とミーシャはその敏感な耳を白く染まったブレスの向うへと向けた。


「ぁぁぁぁぁぁぁ」


 まばゆく輝く極寒のブレス、その向うから聞こえて来たのは。


「あああああああ!」


 野太いジュレミの雄叫びだった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 ジュレミは気合いと共に、真正面からディノスのブレスを突き進み。そのままの勢いで、大の大人が2~3人手を伸ばせば一周できるかというディノスの太い足にしがみ付いた。


「どおおおおおおおおおお」


 ジュレミは額の血管がちぎれんばかりに力を込めると、何十トンあるか分からないデュノスの巨体を持ち上げようとした。


「ちょ! ジュレミちゃんそれは無理――」


 あっけにとられたミーシャがそう言おうとした時だ。ディノスの巨体がぐらりと揺れた。


「う……そ……」


 メキメキと音をたててディノス巨大な足が軋み声を上げる。


「あああああああああ!」


 このまま持ち上げられるのでは、とふたりが固唾をのんで見守っているとだ。

 ディノスは、足の裏に引っ付いたゴミを振りほどく様にブンブンと足を振った。


「おああああああああ!?」


 足にしがみついたままのジュレミは、されるがままにシェイクされる。

 だが、鱗にしっかりと食いこんだジュレミの手はそれしきの衝撃では離れる事が無かった。

 あまりにしつこいジュレミゴミに、ディノスが足元をのぞき込んだ時だ。


「今よ! パルポちゃん!」


 パルポ渾身の魔弾がディノスの両眼を撃ちぬいた。

 ディノスは悲痛な雄叫びをあげ、ブンブンと体を震わせる。


「ジュレミちゃん今!」


 ディノスの体勢が不安定になった機会をミーシャは見逃さなかった。彼女の掛け声と共に、ジュレミは最後の力を振り絞り、巨獣を大地に転がした。

 そして、そのタイミングを見計らったかのように、攻撃魔法の雨あられが巨獣目がけて撃ち込まれた。

 夜闇に響く大きな騒ぎに様子を見に来た警備員たちが魔法を撃ちこんだのだ。


「ちょ! ちょっと! まだ私たちが居るってばー!」


 ミーシャとパルポは、全力を使い果たしたジュレミに肩を貸し、這う這うの体で爆心地から距離を取ったのだった。

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