第59話 試練
「あはははは。ナックスよ! お前に試練を与えよう!」
この人以上に悪役ロールが似合っている人間はいないだろう。
師匠は羽織っているローブをバッサバッサとなびかせながら声高らかにそう言った。
「くそっ、相変わらず良い空気吸ってやがる、妙な薬でも決めてるんじゃないんだろうな」
「そんな事どうでもいいわよ! なんで私も閉じ込められてるのよ!」
ワンダは牙をむき出しにしてそう言った。
そう、俺たちがいる中央広場は師匠が張り巡らせた結界によって外部から隔離されていた。
師匠は結界の外で宙に浮かびつつ腕組みをする。
くそっ、流石の俺も夜闇の中ではスカートの中までは目が届かない。生まれながらに夜目が効くドワーフにでも生まれていればよかった。
「この緊急事態になに呑気にスカート覗いてんのよ!」
「あごぁあ!」
種族の差と言うのはいかんともしがたい。ドレイクカウントであるワンダの突っ込みは俺の脳を揺らすのに十分な威力を秘めていた。
「しっ、心配するな。あの人がとち狂ってるのは何時もの事だ、そのうち酔いも――」
俺はそう言いかけて、とある重大な事に気が付いた。
「あれ? キャルは?」
「って、アンタまさか!」
俺たちは揃って師匠を見上げる、自らのたわわな胸を強調する様に腕組みする師匠の隣には、我が娘、キャルがぷかぷかと浮いていたのだ。
「くっ! キャル! 無事か!」
俺がそう呼びかけるも、キャルは目を閉じむにゃむにゃと口を動かしていた。
「どうやら魔法で眠らせているみたいだな」
魔力が高けりゃ、基本的には魔法に対する抵抗は高い。だが師匠にとってそんなものは関係ないらしい。『
「くそっ、アイツ私の上前をはねる気ね」
ワンダはそう言って、キッと爪を噛んだ。
「上前って……やはり」
「ええそうよ、キャルロット様は大魔王ゾンダーク様の末子、転移魔法の事故で長い間行方不明だったのが、最近になってやっと見つかったっていうのに」
こうして衝撃の事実はさらりと暴露された。
やはりキャルは蛮族……しかも大魔王の娘だったとは。
「だが、そんな事は関係ない! キャルのパパの座は渡さん!」
「……師匠が師匠なら、弟子も弟子ね」
外野が何か言ってるようだが、そんな事は関係ない。これは俺とキャルの問題だ。
「くくくくく。ようやく調子が出て来たみたいじゃないナックス」
「うるせぇ! このおっぱいモンスター! とっととキャルを返しやがれ!」
「ふふん。それはこの試練を乗り越えてからよ」
師匠はそう言って指を鳴らした。
そうすると、結界内部に巨大な転移ゲートが出現し、そこから何かキラキラしたものが――
「私の
師匠はサディスティックな笑みを浮かべてそう言った。
「アンタの使い魔で、この輝きという事は……」
俺の背中は大量の冷や汗でビショビショになる。
そして、結界内にソレが現れた。
ソレは月光を受けピカピカと白銀の鱗を輝かせる、ずんぐりとしたフォルムをした一頭の翼を持たない巨竜。
師匠のお気に入りのひとつで、超絶なレア度と圧倒的な防御力をもつ古代龍、プラチナムドラゴンだった。
「ふっ、ふざけんな! こんなもんどうしろってんだ!」
例え栄光の手があってもその撃破は困難極まる相手だろう。俺の力じゃ逆立ちしても勝てっこない相手だ。
「あはははは。そんな事は単純だ、この子を返してほしければその子を撃ち破って見せな!」
くそっ! やっぱり何かの薬を決めてやがる。どうあがいても絶望な状況を弟子に与えておいて。師匠はノリノリでそう言った。
「だから、私は関係な――」
「うるさいワンダ! こうなったら一蓮托生なんだよ! 一緒にあれを撃破するしか生き残る術はないんだ!」
「ふっ、ふざけんなこの人間! なんで私がアンタらの諍いごとに巻き込まれなきゃいけないのよ!」
「だから、そんな話が通じる様な相手じゃ――」
俺がそう言おうとした時だ、試合開始の合図とばかりに、プラチナムドラゴンはブレスを吐き出した。
「おわああああああ!」
「きゃーーーーーー!」
俺たちは白銀に輝くブレスから逃げ惑う。何属性のブレスかは知ったこっちゃないが、あんなもんまともに食らえば一瞬で灰になる。
「おっ、おいワンダ! あんた高位のドレイクなんだろ!? その溢れるパワーであいつをなます切りにしてくれ!」
「無茶言ってんじゃないわよ! いくら私がカウントでもたったひとりで古代龍を相手になんかできやしないわよ!」
「くっそ! 役に立たねぇドレイクだな!」
「むっきー、言うに事を欠いてなんて事言うのよこの人間!」
★
眼下でナックスたちがプラチナムドラゴンから逃げ惑っているのをニマニマと見つめながら、師匠であるリナリカはこう口を開いた。
「おい、もう目が覚めているんだろうキャルロット」
「…………」
「口をつぐんでいても無駄だ、私の目はごまかせんぞ?」
リナリカがそう言ってちらりと視線を向けると、キャルロットは渋々ながらといった感じで、ゆっくりと目を開いた。
「キャルロット。ゾンダークの128人目の子であるキャルロットよ。貴様最初から遊んでいたな?」
「なんの事なのおばさん? わたしはさっぱり分からないわ」
リナリカの問いかけに、キャルロットは目をくりくりとさせながらそう答えた。
だが、リナリカはそんな事お構いなしに自論を述べていく。
「ポリタンから一切の事は聞いたよ。確かに貴様が転移事故によってあのダンジョンにたどり着いたことはただの偶然の産物だろう。だが、貴様ほどの人物がそう大人しく封印されたとは私にはとても思えん」
リナリカがそう言うと、キャルロットはそれまでのあどけない表情を脱ぎ捨て、邪悪な笑みを浮かべこう言った。
「だったらなんだって言うのよ。あんな退屈極まりないお城より、こっちの世界の方がよっぽど刺激的で楽しいわ。わたしがわたしの人生を楽しんで何が悪いっていうのよ」
「ははははは。それはもっともだ、自分の人生を楽しむのは大いに結構。
だが、私もゾンダークの奴にお前を連れて帰ると約束してしまってな」
「そんなのアンタとパパとの間の約束でしょ、わたしには関係ないわ」
キャルロットはそう言って顔を背ける。
「まったく、まったくの話だ。だが、アレは私のおもちゃだ、人のおもちゃを横取りするのはそれ相応の覚悟が無ければな」
「なっなによ、文句あるの」
猛獣のような笑みを見せるリナリカに、キャルロットはやや引き気味にそう言った。
「ひとつ、賭けをしようじゃないか」
リナリカはそう言って人差し指をピンと立てる。
「賭け……ね」
キャルロットは眉根にしわを寄せながらもそう呟いた。今のままでは強制帰宅は避けられない。この狂暴な女の掌の上で踊るのは真っ平だが、今の彼女にとってそれに従うより他の道は存在しなかった。
「いいわ。それで一体何に賭けるっていうの?」
「ふふふ。おあつらえ向きなものがすぐ下にあるじゃないか」
リナリカは人差し指をそのまま下に下げる。そこにはプラチナムドラゴンからドタバタと逃げ惑うふたりの姿があった。
プラチナムドラゴンは強大無比な古代龍だ、通常ならば大規模なレイドを組んでようやく何とかなるという所である。それを片方がドレイクカウントだったという事を差し引いても、たったふたりで何とかなるような生易しい相手では無かった。
「無理よあんなの、勝てっこないわ」
片方のドレイクカウントについては良く知らない。だが、ナックスについては短い間とは言えその実力の底は測れてある。ちょろちょろとすばしっこいだけが取り柄の人間だ、プラチナムドラゴンの硬い装甲をどうにかできる様な突破力は持っていない。
「ふふふ。そうかい? 私はナックスたちが勝つことに賭けるがね」
「むー、そんな事言ってわざと負けるように命令出す気じゃないでしょうね」
「ははははは。そんな勿体な事はしないさ」
そう言ってリナリカはニコリと笑う。
「さーて、それじゃあウチのバカ弟子がどれだけ腕を上げたか見せてもらおうじゃないか」
リナリカはそう言うと、どこからともなく取り出したタバコに火をつけたのだった。
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