第12話 作戦タイム

「さってと、どうしようかしらね」


 憂いを帯びた口調で、ミーシャがそう呟いた。


「どうしようもこうしようも無いわ。とてもじゃないけれど決勝までに修理は間に合わない。というか最後まで爆発せずに持った方が奇跡だわ」


 カーヤはお手上げと言った感じでそう返す。


「……」


 パルポは視線を下げたまま黙して語らなかった。


「みなさん、元気を出すですよー。決勝まで進めるなんてとても凄い事なんです。少なくとも今までの冒険者クラスでは考えられなかったことなんですよー」


 夕立にの雲のような重苦しい空気の中、コモエ先生が慰めの言葉をかけて来た。

 それは俺たちの健闘をたたえる言葉であり、飽きらめの言葉でもあった。

 カーヤなら、なんとか引き分け以上を狙えるだろう。だが、弱点が露呈してしまったパルポでは、対戦相手がミニスカの女子であっただけで惨敗してしまう。

 更には俺、栄光の手が無くなった現状では、ちょっと強めの初級魔法を打てるだけの男でしかない。


 状況は絶望的……否、断じて否だ!


「大丈夫ですよコモエ先生、俺たちは決して諦めなんかしやしません」

「ほぇ? どういう事なんですかナックスくん?」

「敵を知り己を知れば何とやらって奴ですよ」


 俺はそう言ってニヤリと頬を歪めたのであった。


 ★


 決勝戦の相手は聖騎士クラス、奴らはこのアカデミーのメイン中のメイン、エリート中のエリートだ。

 そのプライドは無駄に高い、いや高くあらねばならないという空気がある。


「正々堂々の勝負なら、カーヤとパルポで2勝出来る」


 金にモノを言わせた特上の魔道具や、こちらの弱みに付け込むようなお色気作戦を取らせさえしなければ十分に勝ち目はある。


「けどそれをさせるのは至難の技よね。彼らは勝利よりプライドを優先させるほど愚かではないわ」


 ミーシャはこちらを試すような視線を向けながらそう言った。


「なーに、そんなものは口先三寸でどうにかなる。

 目先の勝敗よりもプライドの方を優先させる状況に持ち込めばいいだけの話だ」

「言うは易しって奴よね。負けて失うプライドの方がよっぽど大きいと思うれど?」

「大丈夫だ何とかする」


 相棒を無くした俺は決勝戦では役に立たない。ならばここが俺の踏ん張りどころだ。


「そう、ならお手並み拝見ね」

「ああ、任せとけ」


 聖騎士クラスには知り合いがいる。無駄にプライドが高そうな知り合いが。


 ★


 俺はレミットを見習って、正々堂々敵陣へ訪問した。

 聖騎士クラスと言えば、幼いころから充実した教育を受けて来た貴族の子女が数多く在籍している。

 やつらはメイドさんをはべらせながら、優雅なランチタイムの真っ最中だった。俺は人並みをかき分けながら何かに引き寄せられるように奥へと進む。そこには大勢の取り巻きに囲まれた、まさに女王ぜんとしたディアネットの姿があった。

 俺は最大限に爽やかな表情を浮かべ、聖騎士クラス筆頭さまに挨拶をする。


「やあ、ディアネット、今日も綺麗だね」

「なっ、なによド変態。気色悪いわね」


 ディアネットはやや引き気味にそんな言葉を返してきた。

 ちょっとばかり、予定と違うリアクションをされてしまったが。まぁいいだろう些細な事だ。


「あははは、傷つくなあ。俺、いや僕は君の大ファンなんだ。決勝で君たちと戦えることを光栄に思い、こうして挨拶に来たってわけなのさ」


 俺はいつもより紳士度5割増しで、軽やかにそう口ずさみ花束を手渡そうとした。


「やっ、止めてよね気色悪い。午前中の競技で派手に頭でも打った訳?」


 だが、彼女は夏だというのに寒気を抑えるように自分の体を抱きかかえながらそう言った。

 ふーむ、おかしいな、花束のチョイスが悪かったのかな?


「ディアネットさま、そんな庶民――」

「ああ、ちょっとこれ預かってて」


 俺は口出ししようとしてた取り巻きの子に花束を押し付けた後、ディアネットと話を進める。悪いが今の狙いはディアネットのみだ。俺のハーレムに入りたいなら最後尾に並んでくれ。


「決勝戦のオーダーは決まったのか?」

「はっ? なんでアンタにそんな事を言わなくちゃいけないのよ」


 彼女は警戒心マックスな状態で訝しげにそう言った。おかしい、俺の予想より数段階はハードルが高い。もっとフレンドリーに会話を弾ませる筈だったのだが。


「いやいや、単なる確認だよ。競技の準備が出来てなくて不戦勝とかなっちゃったら後味が悪いだろ?」

「アンタなに? わざわざけんかを売りに来たの?」


 うーんびっくりするほどのけんか腰だ。あの日かな?


「ははは、そんなに怖い顔をするもんじゃないよマイハニー。折角の美貌が台無しさ」

「よーし分かった、今ここで決着をつけようって話ね」


 彼女はそう言うとボキボキと拳を鳴らす。


「ははは、そんな勿体無い事はしないさ。僕は正々堂々とアカデミーシップにのっとり決勝戦を行おうと言いに来ただけさ」

「はっ、そんなの言うまでもない、私たちは聖騎士クラスよ、決勝の相手が魔術師クラスでなくなったのは残念だけど、誰が相手だろうが。正々堂々真っ向から打ち崩して見せるわ」


 彼女は自信満々にそう語る。


「それは結構。君が高価な魔道具やこちらの弱点に付け入るような卑怯者でなくて良かったよ」

「当然じゃない。これは競技大会よ、命がけの戦争とはまた訳が違うわ」

「ん?」


 それはどういう事だろう。俺が彼女の立場ならば、なりふり構わず勝ちを狙いに行くのだが。パルポの対戦相手なんか迷わず水着の美女を出す、とびっきりきわどい奴。


「アンタたちの試合結果は聞かせてもらったわ、付け入る隙は大いにある。けどそんな事してどうなると言うのかしら?

 これはあくまでも学生同士の技術力の向上を図る大会なのよ。小細工を差し込んで得た勝利に価値は無いわ」


「ディアネット様」と取り巻き達が歓声の声を上げる。お花畑に生きてるのかなとやや心配になってくるのだが……。


「貴族社会では陰謀や足の引っ張り合いなんて日常茶飯事よ、学生時代位はそんな陰湿な事から離れていたいのよ」


 彼女の呟きは心の奥底から出たものだった。


「はーん。お偉いさんはお偉いさんで色々と苦労があるもんなんだな」

「まぁね。だから余計な心配は無用。正々堂々真っ向から叩き潰して上げるわ」


 彼女はそう言ってウインクをしてきた。


 ★


「なるほどねー、流石はお嬢様。いう事がちがうわねー」


 俺の報告を聞き終わったミーシャはそう言ってため息を漏らす。


「ああ、正直何を言っているのかよく分からなかったぞ?」


 人間あそこまで清廉潔白になれるものだろうか。まぁそれでこそ俺のハーレムに相応しい人間だということだろう。


「騎士道精神にのっとりって奴なのかしらね」

「まぁ、そう言う事だろう。それならばこっちは雑草精神だ。学生同士正々堂々勝負しますか」


 ディアネットの黄金の精神に毒気を抜かれた俺たちは――いざとなったら毒入りのドリンクを差しいりする事も計画していた。

 彼女の結論に誠意を評し、正々堂々戦い抜くことを決心したのであった。

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