第13話 勝利の味は蜜の味
戦い終わって日が暮れて。かび臭い俺たちの教室だが、今日ばかりは華やかな風が吹き込んでいた。
教室の机にはコモエ先生のおごりで用意されたスナック菓子やオードブルが所せましと並んでいる。
「うははははははははーー! 勝は勝ちだ! 俺たちの優勝だ!」
聖騎士クラスとの正々堂々の勝負の結果。俺たちは見事に魔法試験で優勝することが出来た。
カーヤとパルポの頑張りにより、俺に手番が回ってくるまでに勝敗が決したのだ。
「いやー、類を見ないほどに盛り下がった最終戦だったのじゃないのかしら」
「うはははははー、あの場に立っていた俺の気持ちも考えてから発言しやがれ!」
正直泣きそうだった。ディアネットは「これはお金を取った興行じゃない、学生同士の唯の競技会よ」と割り切って元気にストーンゴーレムを破壊していたが。庶民の俺には正直針のむしろでしかなかった。
「結局破壊出来なかったしね、ナックスちゃん」
ファイヤーボールの連打を叩き込んだものの、冷たい視線の中で時間はあっという間に流れ去り、ストーンゴーレムの表面をちょっと抉った所で時間切れとなってしまったのだ。
「知るかー! ともかく勝は勝ちだー!」
「あはははー、そうですよーミーシャちゃん。今は素直にお祝いしましょー」
「そうだそうだ! コモエ先生の言うとおりだ!」
イエーイと二人でハイタッチ。そう、結果は結果、勝は勝ち。これでまた一歩ハーレム王に近づいたのだ。
「宴じゃー! 宴の時間じゃー!」
「あはははー、今日だけは多少ハメを外しても先生見て見ぬふりをしちゃいますよー」
「ひゃっほーーい、さすが先生話が分かるぜ!」
「うはははははー、お前は何もしてねぇだろジャレミ」
両手でオードブルを掴みながら、むしゃむしゃと飢えた獣の様に遠慮なくかぶりつく筋肉馬鹿に突っ込みを入れる。
「まぁ、そう言うなよ相棒。次の白兵戦試験では目にものを見せてやるぜ」
バカはそう言って脂ぎった歯をきらめかせる。確かにこいつの腕力は群を抜いている。白兵戦試験では多いな戦力となるだろう。
「まぁ大将の座は譲らねぇがな」
「おっ? なんだ、ナックスはそのまま居座るつもりか?」
「あたぼうよ。俺はハーレム王なる男だぜ」
決勝戦では散々な結果だったのだ。ここでその印象を覆しておかなくてはいけない。
白兵戦試験は魔法試験と同じく3対3で行われる。俺以外に大将の座に相応しい人物はこのクラスにはいないだろう。
「問題はあと一人をどうするかなんだけどな」
「あら、それじゃー私頑張っちゃおうかしら」
俺のボヤキに反応したのは、妖艶な顔をしたミーシャだった。
「……お前、戦えるのか?」
「うふふふふ。さぁどうかしらね?」
奴はそう言ってウインクをして来る。男にそんな事をされても嬉しくとも何ともないのだが。
「おい、パルポ、どうなんだこの生き物は?」
「……(フルフル)」
キャットピープルは敏捷性と柔軟性に優れた種族だ、その白兵戦能力は確かに高い。だが、このなよなよとしたおかま野郎が拳を握っている所が今一想像出来やしない。
「魔法試験ではいいものを見せてもらったからね。私もちょっとは頑張ってみようって気になったのよ」
「ほーん、さよか」
まぁジャレミと俺が居れば、他は数合わせでも問題は無い。精々怪我をしない程度に頑張ってもらえればいいだろう。
★
喜びに浮かれ果てるナックスたち冒険者クラスとは違い。聖騎士クラスには閑散とした空気が流れていた。慰労会などは行われておらず広い教室には2人の人影があるだけだった。
たしかに、この競技大会は学生同士の技能向上を目標とした大会である。だがそれは、所詮は建前、エリートクラスである聖騎士クラスの敗退に眉をひそめているもの達も多くいるという事だ。
「どういう事だね、ディアネット君。なぜ私の言うとおりにしなかった?」
「お言葉ですが、マクガイン先生。あの様なふるまいは騎士として恥ずべきものですわ」
聖騎士クラス担任教師であるマクガインの冷たい視線をうけても、ディアネットは眉ひとつ動かすことなく平然とそう反論した。
「プライドも騎士道も所詮は勝者が作る物だ。敗者のそれは負け犬の遠吠えにしかならないよ」
「それは大人の理論ですわ。私たちには失敗する自由もある筈です」
「では君はわざと勝ちをゆずったと?」
「そうは言っていません。私たちは正々堂々勝負に挑み残念ながら力及ばず敗れた、それ以外の何物でもありません」
マクガインの計画はナックスが恐れたものと同じだった。だがディアネットは正々堂々の勝負を望んだのだ。
「私は君の父上からよろしく頼むと言われていたのだ。だが、君がそう言う態度を取るのならこちらにも考えがあるよ」
「どうぞご自由に。私は私の正義の元に行動いたしますわ」
「ふむ……君には冷却期間が必要なようだな。次の白兵戦試験は休んでいたまえ」
「了解いたしましたわ、マクガイン先生」
担任教師に呼び出された時点で覚悟は決まっていた。ディアネットは謹慎処分を謹んで受け取った。
★
「やぁ、マクガイン先生のお話はなんだって?」
「想像通りよ、リッカルド。いう事を聞かない人間は必要ないと言われたわ」
教室をでたディアネットを待ち受けていたのは、何時もの彼女の取り巻きでは無く。1人の男子生徒だった。
彼の名はリッカルド・メイヤー。大商人の息子であり、聖騎士クラスの次席を預かる者である。
彼はニヤニヤとした笑みを浮かべて、優しく諭すように彼女にこう言った。
「僕は君の実力を誰よりも評価している。こんな所で価値を落とすなんて馬鹿げているという忠告が何故届かなかったんだい?」
「若気の至りって奴よリッカルド。私決めたの、学生の間位正々堂々であろうって」
貴族社会にでれば否が応でも足の引っ張り合いとなる。ならばせめてきれいごとが通じるうちはそれを通してみたいと、彼女はそう思ったのだ。
「馬鹿げている。全く馬鹿げているよ」
全く意味が分からない、リッカルドはかぶりを振るってディアネットに憐みの目を向ける。
「ふふ、それはどうも。私にとっては最大の褒め言葉だわ」
「君を代えたのはあの男なのか?」
それまでの態度から一転、リッカルドは鋭い視線をディアネットへと向けそう言った。
「あら、あの男って誰の事かしら?」
「あの薄汚い冒険者クラスの男だよ。奴に影響されてそんな青臭い事を言っているんじゃないだろうね」
「私の支配者は私だけだわ。最終的な決定権は私にあるわ」
その答えにリッカルドは口惜しさを滲ませる。国有数の大商人の息子であるリッカルドは、有力貴族であるディアネットとは古くからのなじみだ。
だがディアネットは意志の強い女性である。リッカルドは彼女に影響を与えられたことなど何一つとして無いと感じていた。
「ディアネット、君は――」
リッカルドが口を開きかけたのを、ディアネットは穏やかな、そしてどこか寂しげな眼をして遮った。
「これで、明日からは貴方が主役よリッカルド、私の分まで頑張って頂戴な」
ディアネットはそう言い終わると、振り返ることなく去って行った。
後には拳を握りしめたリッカルドが夕暮れの挿し込む廊下にひとり残されたのだった。
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