第3章 白兵戦試験

第14話 白兵戦試験開始

 白兵戦試験には魔法試験のような細かい内訳は無い。ただ単に3対3で殴り合うだけだ。

 武器の使用は認められるが、安全性に考慮して使えるのは木製の奴のみ、魔法試験の時のような、とんでも装置の出番はない。

 

「で、これが対戦表か……」


 魔法試験と同様に2ブロックに分かれての勝ち抜き戦なのだが、そこにはこう記されてあった。


 Aブロックは聖騎士クラスがシードで、魔術師クラスと商業クラス

 Bブロックは従騎士クラスがシードで、行政クラスと冒険者クラス


 運営側としちゃ聖騎士と従騎士の騎士対決が見たいのだろう。だがそれは気が早い、魔法試験のようなジャイアントキリング再びだ。


「ところで、行政クラスってどんな奴らなんだ?」


 イメージとしては眼鏡を掛けた、がり勉野郎どものクラスって所だ。ひょっとして一回戦は楽勝なんじゃないだろうか?


「まぁそうね、行政クラスは商業クラスと同じく、学力が物を言うクラスよねー」


 俺の呟きにミーシャがそう答えを返してくれた。


「だったら楽勝じゃね? こっちはバカだが力は強いぞ」


 俺はそう言ってジュレミを指さす。こいつは指折りの馬鹿だが、その力はオーガクラスだ。


「だからってあなどっちゃ駄目よん。勉強だけ達者な頭でっかちが暮らしていけるほどこのアカデミーは楽じゃないわ」

「……具体的には?」

「へろへろよぼよぼの税務官が来て、はいどうぞと裏金まで教えると思う? 内務にだってある程度の力は必要だわ」


 さもありなん、最低限の力は必要なのは分かった。だが所詮奴らは看板商売、そう警戒しなくてもいい事には変わりないだろう。


「彼らは軍略に長けたクラスよ。あれこれと様々な手管を使ってくるんじゃないかしら」

「軍略ねぇ」


 3対3の短期戦では軍略もくそも無いと思うのだが。


「じゃあアレか、筋肉バカが罠に嵌って不戦敗なんてこともあり得るのか」

「うふふふ。そうならないように気を付けておかなくちゃね」


 いくら馬鹿でもそんな事は無いだろう。教室から出てグラウンドまで直ぐそこだ。まさか道に迷うような事も無し。

 おれとミーシャははははと笑い合った。


 ★


「おい! バカはどうしたバカは!」


 もう少しで試合開始だというのに、あのバカの姿は見当たらなかった。


「ジュレミならさっきトイレに行くって出て行ったけど……」

「くそ! 一体どこまで行ってやがんだ!?」


 あのバカは試合前だというのにゴクゴクドリンクラッパ飲みしていた。もしやそれが原因か?


「もしかしなくてもやられちゃったんじゃないのかしら」

「そう言えば、あのドリンクはどこから持ってきたんだ?」


 教室を出るまでは奴は手ぶらの筈だった。それがいったい……。


「そういえばジュレミ、道に迷ったおばあさんを助けたお礼に何かもらっていたような……」


 十中八九それだ、奴らそこまで仕込んでやがったのか。

 競技場では対戦相手がニヤニヤした表情でこちらを見ている。あのバカは奴らの罠に嵌ったんだ。


「下剤かなにか仕込まれたのかしら」

「バカ言え。奴は腐った生肉だって「焼けば大丈夫」と言ってまったく気にせず食する奴だ。多少の毒なんて効きやしない」


 だがしかし流石のアイツも利尿剤ぐらいは効くかもしれない。

 知的レベルは三歳児ぐらいのあのバカだ、おそらくは二重三重の罠が仕掛けられていて帰還を妨害されているのだろう。


 あのバカでインパクトを付け圧勝し、ミーシャはその空気に乗りつつ怪我しないように頑張って、最後に俺が劇的な勝利をおさめるという完璧なプランが水の泡だ。


『競技開始予定時間を過ぎました、第一競技は行政クラスの不戦勝となります』


 冷酷なアナウンスが流れる。競技開始直前での選手変更が認められていないこの競技では遅刻は即ち負けだった。


 ★


「くそっ、あのバカの事はもういい。切り替えて行こう」


 俺は歯噛みをしつつもそう言った。とは言え次はミーシャの手番こいつの実力は未知数、試合がどう転ぶか分からない。

 だが、ここは何とか踏ん張ってもらってせめて引き分けをもぎ取ってもらわないともう後がない。2連敗した時点で勝負は決まってしまうのだ。


「そうね、すんでしまった事は仕方がないわ」


 俺の不安をよそに、ミーシャはそう言って全く気負いなく席を立つ。


「ミーシャ頑張ってくれ、引き分けでいい、無理せず粘ってくれればそれでいい」

「うふふふふ。お気遣いありがとうナックスちゃん。まぁ精々がんばってみちゃうわよー」


 奴はそう言ってひらひらと手を振りながら競技場へと向かっていった。


 ミーシャ・サバリナは不思議な奴だ。妙に事情通な所があるのを始めとし、何時もフラフラ、なよなよしていて頼りがいがあるのかないのかはっきりしない。

 時折鋭い意見を発することはあるものの、基本的に傍観者に徹していて、自ら積極的に何かをしようとする姿勢はあまりみせない。


「泥仕合の塩試合に持ち込んで、なんとか引き分けをもぎ取ってくれればいいが……」


 もしミーシャが負けてしまったらその時点で勝負は終わり、大将戦は消化試合となってしまう。そう思うだけで腹の底がじくじくしてくる。

 俺たちのクラスは筆記試験では断トツのドンケツだ、魔法試験で奇跡の優勝を果たしたとはいえ、白兵戦試験一回戦負けでは総合優勝などは夢のまた夢、そうなれば俺の目的であるエリートクラス編入は大きく遠ざかってしまう。


「ミーシャー! 頑張ってくれ―――!」


 俺は喉がかれんばかりに声援を送った。


『それでは! 競技開始です!』


 アナウンスと共にゴングの音が鳴り響く。

 相手――ジュレミに勝るとも劣らない筋骨隆々のヒューマンの男、おそらくはここで勝負を決めるつもりだろう。が木剣を正眼に構えているのに対して――


「あれ? ミーシャの獲物は?」


 競技場に立つミーシャは手ぶらであった。腕を組みつつ、片手の人差し指を顎に当て可愛子ぶって小首をかしげている。


「っておい! ミーシャ! 何やってんだてめぇ!」


 俺がそう言うも、ミーシャは態々よそ見をして顎に当てた手をひらひらと振ってくる。

 武器を持った相手に素手で挑むなんて自殺行為だ。リーチの差と言うのはそれほどに大きい。

 

「あぶねぇ! ミーシャ!」


 よそ見しているミーシャに、敵は容赦なく切り込んできた。その踏み込みは中々の速度であり、傍から見ている俺たちだからこそ目に追えるものだったろう。


 こりゃ駄目だ、いくらヘッドギアをしているからと言って、木剣で思いっきり頭をぶん殴られればどうなるか?


 その答えが一秒先に迫っていた。

 その筈だった。


 するりと顎に当てられていたミーシャの手が、迫り来る木剣へ蛇の様にするりと音も無く伸びた、そう思った瞬間だった。


 バーンと競技場を揺るがす音が響き渡る。


「あら、こわいこわい」


 そう言って笑みを浮かべるミーシャの足元で大の字になっているのは対戦相手の方だった。


「うふふふ。これでチェックメイトと言う事でいいのかしら」


 ミーシャはそう言うと、いつの間にか奪っていた木剣を、相手の喉へと突きつける。

 それと同時に審判団から旗が揚がる、その色はもちろん青。すなわちミーシャの勝利だった。


『きっ決まったー! 速い! 速い速い! あっという間の事でしたー! 正直私の目にはおえてませーん!

 ですが結果は明白! 最後に立っている者こそ勝者! そしてその勝者は冒険者クラスミーシャさんです!』


 うおおと大きな歓声が沸き上がる。


「おいパルポ、今のは一体何があったんだ?」


 目の良さにおいてこいつ以上の男はいない。俺は隣にいたパルポに解説をお願いした。


「……手で払った、それだけ」

「それだけ?」

「……それだけ、あとは細かい体重移動」


 はっはは、なんだそりゃ。いやそう言えば師匠にも似たようなことをやられた事がある。あれは魔法を使った格闘術かと思いきや、純然たる体術だったのか。


「コモエ先生、ミーシャって何者なんですか?」


 魔法はそれほど得意では無いといっていた。だが奴の知識量と今の体術からしてとてもじゃないが最底辺の冒険者クラスに居ていいような存在じゃないだろう。もしかしてカーヤと同じように。試験当日の体調が悪かったとかそう言う事なんだろうか?


「それはコモエ先生の方からは言えません。生徒の内心にかかわることですからー」


 コモエ先生はそう言って眉間にしわを寄せる。つまりは試験の点数以外が原因で最底辺のクラスへ落とされたという事か。

 ミーシャは歓声に答えるように方々に投げキッスをしながらしなりしなりと俺たちの元へと帰ってくる。


「うふふふ。どーうナックスちゃん」

「ああ、お前がただ者じゃないって事が分かったよ」


 俺は肩をすくめてそう答えたのだった。


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