第15話 筋肉バカ

「ふんっ!」


 カラリと木剣が落ちる音がする。


「俺の勝ちだな」

「くっ!」


 俺は敵の喉笛に剣先を押し当てる。奴は悔しそうな声を上げるのが精一杯だった。

 敵は1・2戦目で勝負を決めるつもりだっただろう。おそらく俺が戦った奴よりもミーシャが戦った奴の方が強かった筈だ。

 絶対の自信を持って放った最強の敵は、ミーシャにあっけなく敗れ去り、念のためにと残された大将も俺の前に敗れ去った。


「やったー! やりましたよー! みなさーん!」

「イエーイ」とコモエ先生にハイタッチ。このやり取りも何度目か、流石に大分なじんできた。


「俺はハーレム王になる男だからな、こんな所でつまずいている訳にはいかないぜ」

「あはははー、あいかわらずナックスくんはおバカさんですねー、けどゆるしちゃいますー」


 ひゃっほーいと、コモエ先生を両手で抱えてグルグル回る。


「おっ? なんだ? 試合終わっちまったのか?」


 そこにのこのこと顔を出したのは誰であろう無断欠席のジュレミだ。奴は呑気に頭を掻きながら現れやがった。


「おいこのうすらバカ、一体何処ほっつき歩いてた」

「いやーそれが急にしょんべん行きたくなったと思ったら、俺のファンだって奴になー」


 バカはそう言ってニヤニヤしながら語り始める。


「あーいいや、いいや」

「いや、そこからが凄いんだって、その後ひったくり騒ぎが――」

「いや、マジでいいから」


 やはりこいつはとびっきりの鳥頭だ、三歩歩けばすべて忘れてしまうんじゃないだろうか?


「うふふふ。大冒険をして来たみたいねー、ジュレミちゃん」

「おう! 大冒険の大活躍だったぜ!」


 バカはそう言って腕まくりをする。無駄に太い二の腕がはちきれんばかりにアピールしていた。


 あーこうして改めてみると、さっきのミーシャの相手よりこいつの方が強いわ。半回りほど筋肉量が違う。なんなんだこのエルフ(疑)


「まぁこれで次の相手は従騎士クラスってことか」


 幸いなことに全員ノーダメージで一回戦を突破することが出来た、ワンデーマッチでは怪我が大きな意味を持つ。それを無傷で乗り越えれたのは僥倖と言えよう。


「ところで――」

「あーはいはい、従騎士クラスのことねナックスちゃん」


 うむ、以心伝心とはこの事か、流石に男を俺のハーレムに入れる事は出来ないが、秘書ぐらいにはしてやろうか?


「従騎士って言うのはね」


 と、ミーシャが説明してくれた内容はこうだ。

 従騎士とは、本来騎士の世話をする人たちだ。その仕事は多岐にわたり、身の回りの世話から、武器甲冑の管理や修理の何でも屋。その仕事を何年かした後一人前の騎士と認められるという訳だ。


「ん? じゃあ聖騎士の下働きという事でいいのか? 要するに下位互換とかそう言った話か?」

「んー、聖騎士はまた違うのよねー。聖騎士は騎士の中の騎士、選ばれた特別な存在よ。普通の従騎士が聖騎士へとクラスチェンジする機会はめったにないと言われているわ」

「なら、聖騎士の2段階下って事でいいのか?」

「まぁ細かい事は置いといてそう言う認識でいいわ」

「なら楽勝?」

「という訳にはいかないのよねー」


 まぁそうだろう。腐ってもBブロックのシードだ。


「親衛隊や宮殿の護衛兵として任官される聖騎士とは違い、従騎士、すなわち一般の騎士は国境警備隊などに回されるわ。その分彼らの戦いは誰よりも厳しく実践的よ」

「現場主義の喧嘩殺法って事か」

「そういうことね」


 しかし、喧嘩殺法なら負けやしない。師匠との修行の日々は毎日がサバイバルだったのだ。


「という事だ、聞いていたかジュレミ?」

「ん? 何がだ?」


 バカはポカンとした顔をしてこっちを向く。


「要するに、遠慮なしの本気でやっていいって事だよ」

「がははははは! なら難しい事は何もないな!」


 奴は虫歯の無さをアピールするかの如く大口を開けてそう笑った。


 ★


『それでは、競技開始です!』


 ゴングの音が高らかになった。

 こちらの先鋒は、筋肉バカ、オーガとのチェンジリング、エルフ(笑)ことジュレミ・リュクシー。奴は女性の太ももほどあるバカげた太さの棍棒を2本もち、満面の笑顔で大きくそれを振り上げている。夜中に道端で出会ったら、即座に衛兵に通報案件である。


 ジェレミの背は低くない、いやデカい方だ、平均的な身長である俺よりも頭一つ分は優にデカイ。そのデカいジュレミの相手は、奴より2周りも3周りもデカかった。おそらく2m半はあるであろう大巨体だ。


「ワータイガーか」

「あちらさんも心得ているという事ね。ジュレミちゃん程の力の持ち主に、柔よく剛を制すなんて余程の力量差が無ければ決まりはしない。だったら力には力ってわけよ」


 そう、相手はミーシャと同じく獣人だ、ただしミーシャが猫に対してあっちは虎。最強の戦闘獣人とも言われるワータイガーを出して来たのだ。

 相手のワータイガー――名前はルドルフ・ラングレンとか言ったか、は、得物の類は持っちゃいない。自分の肉体こそが最強の武器だと言わんばかりに、極太の爪を光らせている。


「はっはっはー」


 にらみ合いが続くことしばし、あのバカは何を考えたのか手に持った棍棒を放り投げた。


「くくく、どうした? 試合放棄か? ちびすけ」

「はっはっはー、そんなもったいない事するわけないだろ? お前さんとやり合うのにこんなおもちゃじゃ埒が明かないと思ってな」


 ジュレミはそう言うと、構えを代える。正面を向いてどっしりと腰を下ろす。真っ向からの力勝負を望むような構えだった。


「くくく、はーっはっは。いいだろうちびすけ、少し現実と言うものを教えてやろう」


 ルドルフは、そう言うとゆっくりと手を下ろしていき――


『おーっと! 真っ向だ! 真っ向勝負だ! ルドルフ君とジュレミ君の手と手があった! 手四つの体勢だー!』


 雄々と両者が吼える。


 ルドルフは身長を生かして上からジュレミを押しつぶさんとし、ジュレミはそうはさせまいと、全力でそれに踏ん張った。

 めこりめこりと服が破けんばかりに両者の背中が膨れ上がる。

 ほとばしる汗、浮き出る血管。ポジショニングの分、ややルドルフの方が優勢に見えるが、勝負はまだ始まったばかり。


「あっきれたわねー、あの子たちならストーンゴーレムぐらい素手で何とかなっちゃうんじゃないの?」


「はー暑い暑い」と手で顔をあおぎながらミーシャがそんな感想を漏らす。確かに見ているこっちも熱くなってしまうような、力勝負が繰り広げられる。


「ぐおお」

「ふぬう」


 一進一退の攻防が繰り広げられる。身長が30cm以上も開いていたらそれこそ大人と子供の差だ。だがジュレミは驚異的な粘り強さを見せていた。


「ねぇ、これってジュレミちゃんピンチじゃない?」

「ああそうだな」


 敵にあってジュレミに無いもの、それは爪の存在だ。ルドルフの爪はジュレミの手の甲に深く食い込み、そこから血が流れ落ちている。


「あのバカ、ハイになって傷みなんざ感じてないだろうが、それでも握力には影響がある筈だ」

「そうよねー、私だったら、3秒と経たずにギブアップしてるわよ」


 その影響は表れ始めた。徐々にジュレミは押されて行き。だんだんとバカの背が折れて来る。


「おいバカ! お遊びはそれ位にしろ!」

「ふぬううう」


 だが勝負に入り込んでいるバカの耳に俺たちの声援なんか届きはしない。


「くそ、このままじゃピンチですコモエ先生!」

「はっはわわわわ。どっどうすればいいんですかー」

「ここから逆転するには唯一つ。唯一つの手段があります」

「そっそんなものがあるのですか!?」


 そう、素人目にはもう勝負はついている。だが奴と付き合いの長い俺には、この状況からブーストをかける方法を知っている


「コモエ先生、お耳を拝借」


 そして俺は魔法の言葉をコモエ先生に耳打ちした。


「わっ、わかりました!」


 コモエ先生の頷きに、俺は無言で親指を立てる。


「いっ、いくですよー」


 コモエ先生はそう言うと大きく息を吸い込んで、腹の底から声を出した。


「ジュレミくーーん! 買ったら突撃ステーキ食べ放題ですよーーー!」

「あああああああああ!」


 ジュレミの目に炎が宿る。奴はバカだ、大いなるバカだ。


「なっなに!?」


 ルドルフは慌てる。もう少しで背中が地面につきそうなぐらい押し込んでいたのが一気に押し返されたのだ。


「スーーテーーェーーキーーーーーーーー!」

「きっ、貴様バカか!? どこにこんな力が!?」


 試合開始まで状態を戻した所で、ジュレミは一気に手を横に開く。


「ぐはっ」


 今度はルドルフが苦しみの声を上げた。そうルドルフは背が高すぎたのだ、奴はジュレミの頭突きがまともにみぞおちに入ってしまった。


「うらあ!」


 一発、そしてもう一発。逃げ場のない状態で、ルドルフは連続して頭突きを食らう事になる。


「あれって、最初から計算のうちだったのかしら?」

「はっはー、そんなわけあるかい」


 あのバカにそんな知能があれば、最底辺の冒険者クラスになんかいやしないだろう。


「ふんるあ!」


 頭突きを打ち込んで満足したのか、あるいは飽きたのか。バカはルドルフをブンなげた。

 しかし、そこはネコ科の獣人。見事なバランス感覚で受け身を取る。


「あっバカ! あのままやれば勝てたのに!」


 だが、ダメージを与える事には成功した。けど、バカの背筋に掛かったダメージと差引〇と言う所だろう。


「ステーーーーーーキ!」


 狂戦士とかしたバカは雄たけびを上げながらルドルフに向かって突撃する。

 ズドンと凄まじい音が競技場に鳴り響く。フェイントもくそも無く大きく振りかぶった奴の拳が、競技場の床にめり込んだ音だ。


「この間抜けが!」


 その隙を逃すような相手では無い。バカの拳をかわしたルドルフは、バカの右にばかりこみ。大きく開いた脇腹に向かってケリを叩き込ん――


「なっ!」


 だが、それはバカの左手にキャッチされる。恐るべしはバカの本能と言わざるを得ない。

 バカは力ずくでその足を思いっきり引っ張った。


「ぐあっ!?」


 するとどうなるか。バカの目の前に、再度ルドルフのみぞおちが現れる事となる。


「あああああああ!」


 バカは床から引き抜き、高く、高く振り上げたままの拳を


「ぐはっ!」


 思いっきりルドルフのみぞおちへと振り下ろした。

 先ほどより遥かに大きな音がして、バカとルドルフは大きく開いた競技場の床下へと二人まとめて消えて行った。


『じょっ? 場外! 場外……です!? こっ、これよりカウントを開始します!』


 10カウント以内に競技場へと戻って来なければ負けが決まる。

 俺たちにできるのは、バカが作った穴を、固唾をのんで眺める事だけだった。


『10』

「ステーーーーーーキーーーーーー!」


 お約束など一切無視して、バカはワンカウントで帰って来た。

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