第16話 過去

「うふふふふ。私の好みじゃないけどいいものを見せてもらったわ」


 狂戦士状態が抜けきらないジャレミに、取りあえずと手持ちの食糧全部口の中に突っ込み落ち着かせた時には、ミーシャはそう言い残し競技場へと歩いて行った後だった。


 一回戦でミーシャは圧倒的な実力差を見せつけ大勝した。だが敵も後は無い、どんな強敵が来るか分からない所だった。


 ミーシャは達人だ。少なくとも俺はおっぱいモンスター師匠以外で、あんなにきれいに『柔よく剛を制す』なんて馬鹿げた芸当が出来る奴を見たことが無い。


 先ほど敵は力対力を望んだ、では今回は?


『青コーナー! 冒険者クラス、ミーシャ・サバリナ……さん?』

「うふふふ。さんでいいわよー、何も間違ってないわー」


 ミーシャはなよなよとした仕草で紹介を受ける。もちろん放送席に向けて投げキッスをする事も忘れない。

 そんな奴は相変わらずの無手。まぁ一回戦の事をみるに、それが奴のスタイルなんだろう。


『えー続きましては赤コーナー! 従騎士クラス、カリーナ・ヤコヴィッチさん!』


 キャーと黄色い声が上がる。それは青みがかった黒髪をさっぱりとベリーショートにした女性剣士だった。


「相変わらずだな、貴様は」

「あっらー、私の相手ってカリーナだったのー」


 冷たくも燃える様な視線を向けるカリーナに対して、ミーシャは何時ものペースを崩さない。雲の様にふわふわと、水の様にユラユラとその視線を流していく。


「なんだ、パルポ、奴ら知り合いなのか?」

「……(ふるふる)」


 しらねーか。まぁそうだ、クラスメイトだろうがこいつが女以外に興味を持つわけがない。


「じゃあ、あのカリーナって奴の事は?」

「カリーナ・ヤコヴィッチ15歳ヒューマン、身長160cm体重48kg、スリーサイズは上から78、60、84、好きな食べ物はリーガマチェットのロールケーキ、彼氏は無し、好きなタイプは男らしい人、嫌いなタイプは軟弱者」

「あーあーあー分かった分かった皆まで言うな皆まで言うな」


 話し出したら止まらない。戸板に水というか豪雨と言うか、どうやって手に入れたのか分からない彼女のプロフィールを途切れることなく話し続けるパルポに待ったをかける。


「まぁ、なんだか知らんが、あの様子じゃ因縁なしという訳じゃなさそうだなー」

「……抜け駆け……ゆるさない」


 ぼそりと呟いたパルポの言葉には、珍しく熱意というものが籠っていた。


「うふふふ。まぁ積もる話はー、私には特には無いわね。そっちはそっちでよろしくやっているみたいだし、私は私で楽しくやっているわよ」


 ミーシャの突き放したようなその物言いに、カリーナはギチリと奥歯を鳴らした。


「ふん、そうだな。そこが貴様の居場所だ」

「ええそうよ、意外と楽しいわよー冒険者クラスって」


 2人の険悪なムードは、まるで水と油である。それもカリーナの方が一方的にミーシャの方を意識している様な感じなのだが。


『えー、競技開始前からバチバチと火花が散っております!』


 このままではらちが明かないと思ったのか、アナウンスが強引に割り込んできた。


『それではお二人とも準備はよろしいでしょうか!』

「うふふふ。いつでもどうぞー」

「ああ、問題ない」


 ミーシャは相変わらず自然体で構え。カリーナは木剣を正眼に構える。


『それでは競技開始です!』


 見つめ合う2人の間をゴングの音が通り過ぎた。


 ★


「しッ!」


 先手を取ったのはカリーナだ。彼女は目にも留まらぬ早業で、縦横無尽に木剣を振るう。


「きゃっこわいこわい」


 それにたいしてミーシャは防戦一方。やはりリーチの差はいかんともしがたいようだ。


「やはり敵は、技には技をぶつけて来たか」

「……(こくこく)」


 先鋒戦とは違った技の応酬に、観客たちは固唾を飲みながら見守っていた。カリーナはロングソードを両手に構え、ごくごく真っ当な戦い方をする。

 それをぐにゃぐにゃフラフラと見ている方が目を廻しそうなかわし方をするのがミーシャだ。


「くっ、貴様何時まで逃げ回っている!」

「あーらこわいこわい」


 カリーナがそう激昂するも、あのすばやい剣筋を掻い潜って攻撃に転じるのはかなり厄介な事だ。少なくとも俺が真っ当にやろうとしたらボコボコにされるだろう。

 今はミーシャの変態的な挙動でなんとかかわし続けられているが、それも時間の問題かと思われた。


「くそっ、やっぱり無手と言うのは絶大なるハンデだな」


 それがミーシャのスタイルと言うのは分かるが、やはり無手は無手。剣戟の間合いを掻い潜って攻撃に転じる事など、常人には至難の業だ。


 そしてミーシャは常人では無かった。


「うふふふ。準備運動はもう結構見たいね」


 ミーシャはそう言うと。カリーナの放った突きに手を伸ばした。


「バカ! あぶねぇ!」


 木剣自らの胸に誘い込むようなその動作に、誰もが息を止めたその時だった。

 ぐにゃりとミーシャはエビぞりの体型になり、胸の上を木剣が通過していった。いや違う、ミーシャは木剣を白刃取りしたあと、思いっきり背後に引っ張ったのだ。


「くっ!」


 カリーナもミーシャの戦闘スタイルは良く知っているだろう。それは細かく速い隙を見せない剣さばきによく表れていた。だがミーシャはその上を行った。

 奴は強引な手段で相手の木剣をコントロールし、無理矢理隙を作る事に成功した。


くるりとミーシャはその場で一回転をする。


「あらっ、はずれちゃった」

「くっ」


 いや、それはただ回転しただけでは無い。伸びきったカリーナの顎に膝蹴りを叩き込もうとしたのを、彼女が咄嗟に木剣を手放すことによって回避したのだ。


「うふふふ。ジュレミちゃんの試合を見ていて良かったわ。慣れない事もたまにはチャレンジしてみるものね」


 ミーシャはそう言って奪い去った木剣を無造作に捨てる。

 第一試合に続く名勝負、力と力、技と技の応酬に、観客席からは割れんばかりの歓声が鳴り響いた。


「うふふふ。いい具合に温まって来たわねー」

「ふざけた事を!」


 無手になったカリーナは先手を取るべく突っ込んでいく。

 先ずはジャブ、目もくらむようなジャブが一度に何発も叩き込まれる。だが、ミーシャはそれを片手であしらう。続いてロー、ミドルキックをはなつもミーシャが少し後ろにずれるだけで、それは空振りに終わる。

 先ほどまではカリーナの方がリーチは長かったが、お互い無手となった今それは逆転していた。ミーシャの背は俺より頭半分高いが、奴はそれ以上に手足が長い。


「おお!」


 だが、カリーナもそんな事は百も承知。息も付かせぬ連続攻撃でじわじわと距離を縮めていく。


「あれだけ早けりゃ、なかなか難しいな」


 簡単に相手の力を利用するとは言うが、その為には相手に触れなければいけない。しかし、カリーナもその事は十分警戒しており、軽くて速い攻撃に終始している。

 木剣を使っていた時の様に、強引に手を取りに行くことも可能だろうが、今度はそれを逆手に取り、カウンターを決められる恐れもある。


「うふふふ。やるじゃないカリーナ、攻撃に隙が無くなってるわ」

「当然だ! 私は貴様とは違う!」


 距離はじわじわ詰められて、カリーナのキックが当たる間合いになって来た。体重移動だけでかわしきる事は出来ず、ミーシャは足を上げてブロックする。


「そこっ!」


 カリーナの狙いはそこだった。足が上がれば動きは止まる。その隙をねらい、猛烈なタックルを仕掛けて来る。


「うふふふ」


 だが、それはミーシャもまた同じだった。タックルを決めようと姿勢をかがめたカリーナの背中を滑るように抜けて行った。


「くっ!?」


 背後を取ったミーシャは、そのままするりとカリーナの首に細長い腕を回す。


「おやすみなさいカリーナ。なかなか楽しかったわよ」

「くっ、きさ……ま……」


 締めが完全に入れば、抗う事なんて出来やしない。カリーナはタップをする間もなく落とされた。


『けっっっちゃーーく! 次鋒戦はまたしても青コーナー! なななななんと! これで冒険者クラスが魔法試験に続いての決勝進出になりまーーーす!』


 アナウンスが高らかに鳴り響く。観客からは歓声半分どよめき半分が巻き起こり、場内は大騒ぎとなった。

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