第43話 行きはよいよい帰りは……
「駄目だ、塞がっちまってる」
「ええ、こっちもね」
予期せぬ大地震をなんとか無事に乗り越える事は出来たが、大図書館は無事という訳にはいかず、俺たちが来た道は完全に塞がれてしまった。俺とカーヤは重なり合った本棚の山から何とか抜け出すと、暗い気持ちでみんなのいる場所へと引き返した。
「で先輩ここがこうなって」
「そうですね、こことここが」
「あっちは駄目でしたオリアンナ先輩」
俺はマッピングしたての地図をにらめっこしているリップとオリアンナ先輩に話しかける。
「そうですかー。やっぱりですかー」
先輩は眉根を寄せつつそう答えた。
「いっそのこと、一切合切を先輩の魔法で吹き飛ばすってのはどうなんですか?」
「うーん、その手段は最終手段として残しておきますー。
ああ、もちろん本棚の方が私たちより大事なんてことを言うつもりはないんですけど、なにが原因でこの地震が起こったのか分からないいま、不要な刺激はさけたいんですよねー」
先輩はそう言って天井を見上げる。天井には空間の歪みの様なものが生じており、不穏な虹色に揺らめいていた。
本棚の山をぶち抜くほどの大魔法を使うとなればそれ相応のマナを必要とする。それがこの不安定な空間にどれだけの影響を与えるか分からない、そう判断しての発言だった。
「じゃあ手作業で、ちょっとずつ掘り起こしていきます?」
「いやいやー、それじゃあ何時までかかるかわかりませんー。それでリップさんと話し合ったのですが、迂回路を探してみる事にいたしますー」
先輩の緊張感の無い声は、こんな時でも変わらずだ、そのおかげで、緊迫した場面だというのに、余裕をもって行動できる気がするのがありがたい。
俺はリップの方を見る、彼女は俺の視線に無言で頷いた。
「よしっ! じゃあそっちで行ってみますか。そろそろ時間も良い頃合いです、帰ったらみんなで晩飯にでも行きましょうや!」
「あら? それはナックスのおごりって事でいいのかしら?」
「何をおっしゃるこの金持ち娘、割り勘だ割り勘」
俺は、ニヤニヤと笑いながらそう言うディアネットに突っ込みを入れる。俺の学費や生活費は師匠が一括払いで振り込んでくれたものの、けち臭い師匠のやった事なのでカツカツの学生生活なのだ。
「あーら、ハーレム王を自称しているくせに随分とけち臭い話なのね。金離れの悪い男には、女は寄り付かないわよ」
「………………学食なら手を打とう」
「うふふふ。まぁいいわ、それで手を打ちましょう。私、人から奢ってもらうなんて初めてだわ、ご馳走様ナックス」
この守銭奴め、超が付くお貴族様の癖に、なんてケツの穴の小さい女だ。せっかくいい尻をしてるのに台無しじゃないか。いや、ケツの穴が物理的にデカい方が嬉しいのかと言われれば、迷う所ではあるが……。
「何か言ったかしら、ナックス?」
「いいえ! なにも行っておりませんディアネットお嬢様!」
キラリと冷たく光るディアネットの目を見て戦略的撤退。コイツもしかして読心術のスキルがあるのかもしれない。
★
ともかく俺たちは先輩の道案内によって、迂回路を目指すことにした。したのだが……。
「きゃああーーーー! 落ちるーーーー!」
「掴まれカーヤ!」
「ナックス! 敵襲よ!」
「時間稼ぎ頼んだディアネット!」
「後ろからも敵! 蜘蛛タイプ! いっぱい!!」
「あらあらー」
「ふざけんな! こちとら大忙しなんだ! んなもん相手にしてられっか!
ディアネット! 強行突破だ! さっさと逃げるぞ!」
「あーもう忙しい!」
さきの大地震によってガーディアンが活性化したのかどうかは知らないが、行きがけのある意味では落ち着いた探索とは違い、てんやわんやの逃走劇となってしまった。
俺は両脇にカーヤとリップを抱えて、先を切り開くディアネットの後を追いかける。
オリアンナ先輩が結構動ける人で助かった。少女の体重はA4用紙一枚分との格言があるが、あいにくと体重を抜きにしても俺の腕は二本しかない、先輩まで担いでいくとなると、とてもじゃないが、ディアネットの速度にはついていけそうになかったからだ。
「ディアネットさん、次を右ってあらあらー」
「ヒュドラタイプ!? こんなのまで居るって言うの!?」
進路に待ち受けていたのは通路にミチミチにつまった9つの蛇頭。狭いだろ! と突っ込みを入れる間もなく、俺たちは進路を代える。
「先輩! どんどん目的地から離れていますわ!」
俺の左脇で、方向指示を行っているリップが叫び声を上げる。事態は徐々に深刻なものになっている様だ。
突っ走っていくうちに袋小路となっている小部屋にたどり着く、そこは本棚が散乱しているという訳では無く、読書の為のスペースと言った感じだった。
「いったんここで迎え撃ちますか!?」
「そうですねー。そうしましょうかー」
「「了解!」」
俺とディアネットは同時にそう返事をすると、唯一の出入口の前で剣を構える。ここさえ押さえてしまえば、敵が何体待ち構えていようが、2対1を連続して行う事となる。
「ええいうじゃうじゃとうっとおしいわね!」
「大丈夫だ! アレスハント遺跡の時に比べればこんなもの物の数じゃない!」
「アンタの珍妙な人生経験と比べないでくれる!?」
一度は剣を比べあった仲、向かってくるのは小物ばかりという事もあり、俺とディアネットのコンビは、瞬く間に死骸の山を築き上げていく。
「準備完了ですー、おふたりとも道をあけてくださーい」
「「了解!」」
先輩の合図と共に俺たちは素早く扉の前から左右に分かれる。その直後光で出来た攻城槌が門の向うへと飛んでいった。
★
「ふぅ、取りあえずは一安心かな」
せっかく仕留めたガーディアンたちだ、調教を済まさずに野に放つのは二度手間だという訳で、先輩が儀式を行っている間、俺たちは監視を兼ねた休憩に入っていた。
「リップ、進路はどう? 修正は聞きそう?」
「そうね、ディアネット。まだ何とかなりそうよ」
「ディアで良いわよ、今更だけどね」
苦戦を共に戦い抜いて来て、友情が生まれたのだろう。ディアネットは少し恥ずかしそうにそう言った。
「そうか、ではディアと」
「アンタには許可してないわよ、ナックス?」
「えー」
そんな極々ナチュラルに「何言ってんのこいつ?」みたいな顔をされるとマジ凹みなんですけどー。
「貴方もよ、カーヤ、私の事はディアと呼んでちょうだい」
ディアネットは俺を無視して、カーヤにそう言いかける。多分だが、こいつにはオルタンス家の娘としての取り巻き以外に、自分個人だけを視てくれる、女友達と言うのは少ないのではないか。彼女の照れくさそうな笑顔にそんな事を考えた。
「あらあらー、皆さん仲良くなって結構ですねー。そうそう、同じアカデミーに通う同士。クラスの垣根なんかに囚われていてはもったいないというものですよー」
「先輩、もう終わったんですか?」
「はいー。おかげさまで32頭、きっちり契約完了いたしましたー」
流石はエリートクラスの2年生。傍から見れば簡単な作業に見えるが、召喚獣の契約として考えればそう楽な作業ではない筈だ。なのに俺たちがくっちゃべっているほんの数分間の間に作業を完了させてしまった。攻撃魔法の威力と言い、中々にあなどれない先輩だ。
やはり、おっぱいがデカい分。魔力の貯蔵が多いのだろうか? もしかすると俺はまた真理に一歩近づいたのかもしれない。
「アンタまた変な事を考えてるんじゃないでしょうね」
俺が世界の真実に無言で頷いていると、
「大丈夫だよカーヤ。君には細やかな魔法制御があるじゃないか」
俺は暖かな微笑みを浮かべ、カーヤの胸に話しかける。
「ふべらば!?」
「なんか知らんが、その視線がムカつくわ」
カーヤには、魔法制御の他にもう一つ長所があった、世界を狙えるショートフックだ。
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