第54話 身体測定

 前代未聞な過去よりの転入生という事で、上の方では何やかんやあったようだが、所詮は書類上の事、ソウルピアレントの俺たちには関係の無い話だ。

 キャルの過去がどうとか、そう言った些細な事はどうでもいい。ともかく、キャルは無事にクラスの一員となることが出来た、それが最優先事項であり、たった一つの真実だ。


 そんな訳で、小さな仲間が我がクラスに参加する事となったのだが……。


「えーい! ファイヤーボール!」


 少し甘えの残る、キャラメルチックな声のひびきとは裏腹に、キャルの小さな手のひらから放たれたソレは、太陽を手のひら大に圧縮したと言うべき、恐るべき熱と光が封じ込められた火球だった。

 ソレは標的へとフワフワと飛んでいくと、ジュッという軽い音と共に標的を跡形もなく蒸発させた。


「ねー! パパ! 見た見たー!」

「おっ……おうっ、よーく見てたぞキャル」


 俺は無邪気に手を振るキャルに頼りなく手を振り返す。


「ねぇ、アレ……」

「何も言うなカーヤ」


 どう控えめに見ても、魔力増幅装置栄光の手を使った俺のファイヤーボールより威力があるソレより目を背ける。

 栄光の手を使った俺のファイヤーボールより威力が上という事は、キャルの初級魔法は、上級魔法と同程度の威力があるという事だ。

 時に、真実と言うものはあまりにも眩い輝きを放つものである。それはまるで太陽の如しだ。


 だが、キャルの異常性は魔力だけでは無かった。


「えーい!」

「ふべらば!?」


 力自慢。否、奴から力を除けば金髪しか残らないと言われているジュレミが、キャルの体当たりを受け、遠投投げのボールのように天高く舞い上がっていた。


「人間ってああいう風に飛ぶのね……」

「そうだな……」


 ★


 やはりと言うか何と言うか、特殊な生まれだけあってキャルは普通の人間とは、ほんの少ーーーーーーーし異なるようだった。

 知識こそは、年相応だったが、その身体能力と魔力は平均的な人間のそれを大きく上回るもの、熟練した戦士のそれと比べても何ら劣るものでは無かった。


「まぁそうは言ってもキャルはキャル! 健やかに育ってくれれば何もいう事はな――」

「そんな訳ある筈がないでしょうが!」


 キーンと鼓膜を突き破るような、カーヤの声が響く。


「ううう……そんな事言われてもだなぁ……」

「そんなもこんなも無いの! さっポリタン先生の所に行ってキャルロットちゃんの事を調べてもらうわよ!」

「いやだー! 行きたくなーい!」

「我がまま言わないの! それにその子を調べてもらうのは、最初に約束されていた事でしょ!」

「うるせーうるせー! 約束なんて知った事か! キャルは俺の子だ! 誰にも渡さん!」

「だれも渡す渡さないなんて言ってないでしょうが!」

「うるさいうるさいうるさい! 大人は汚い、そんな事は嫌になるほど知ってるんだ!」


 あの、おっぱいモンスター師匠には何度煮え湯を飲まされたことか。

 だが、そうして駄々をこねる俺の手を小さな掌がそっと包んだ。


「良いよパパ」

「キャル……」

「わたしが、太古の昔に封印された超必殺兵器だったり、魔王によって封印された穢れ無き精霊神のひと柱だったりしても構わない。

 わたしはわたし、パパはパパだよ」


 キャルはそう言って儚げな笑顔を見せた。


「おお、キャル」


 正しく天使だ、天使がそこにいた。


「安心しろ、パパが世界を敵に回してもキャルを守って見せる」

「うん、分かってるよパパ」


 俺たち親子はそう言って熱い抱擁を交わす。


「ねぇ、何なのアレ?」

「さーてねぇ?」


 俺たちがそうやって親子の愛を確かめあっている時、カーヤとミーシャは肩をすくめあっていた。


 ★


 俺とキャル、そしてカーヤ他の何時もの暇人たちは、キャルの検査の為に図書館へと訪れていた。


「なるほどなるほど、それは興味深い事だねぇ」


 ポリタン先生は俺たちの話を聞くと、くせっ毛頭をポリポリと掻きながらそう言った。


「興味深い事だねぇ(笑)じゃありませんよポリタン先生! この子の正体はいったい何なんですか!?」


 ガルガルと牙をむく様に食って掛かるカーヤを、ポリタン先生はまぁまぁと言って落ち着かせる。


「一足飛びに結論を求めても碌な事にはならないよカーヤ君。

 物事には、何事も順序と言うものがあるんだ」


 長命を誇るエルフらしい考え方だと言えるが、まぁそれも一理ある。キャルの身体能力が人間離れしているからと言って、即座に危険だと判断するのは早計な事だろう。

 まぁ、俺的には危険だろうがどうだろうが関係ない、キャルは可愛い我が子、それ以上でも以下でもない。


 カーヤもポリタン先生の説得に応じ、渋々ながら椅子に座りなおした。


「基本的な身体測定は、コモエ先生が授業の形で取ってくれたみたいだから、僕に求められているのはもっと専門的な事だよねぇ」

「キャルを解剖なんてさせませんからね」


 俺はそう言ってキャルを抱きしめる。

 するとポリタン先生は笑いながらこう言った。


「ははは、そんな野蛮な事はしないよ。僕ならそうだね、先ずは魔力を測ってみるかな?」

「魔力? そんなものは、物凄いって分かってますが?」


 なにしろ、初級魔法のファイヤーボールが上級魔法並の威力なのだ。

 俺がそう疑問に思っているとポリタン先生はこう説明をしてくれた。


「それは、行使できる魔力がとんでもなく大きいという話だろう。僕が行っているのは魔力の質とも言うべきものだ」

「ふむ?」


 俺が頭をひねっていると、カーヤが呆れた口調でこう言ってきた。


「あんたは、授業で何を聞いていたのよ。四大元素の話よ」


 四大元素……聞いたことある話だな、小麦粉と牛肉とかそう言った奴だ。

 俺がそう口を開こうとした時だ、ポリタン先生は「そう正解」とカーヤにウインクをした。


「そう、人によって得意とする魔法はそれぞれだ、例えば僕ならば風魔法がそれに当るね」


 ポリタン先生はそう言って室内に柔らかな風を巡らせる。

 あっ……ぶなッ! 先走って大恥かく所だった!

 俺がこっそり冷や汗を流していると、カーヤがジト目で俺を睨んできた。くそ、相変わらず勘の鋭い奴だ。


 ポリタン先生の話だと、この世界は4つの元素によって構成されているという。

 それはすなわち土、水、風、火の4つだそうだ。


「それを調べる事で、何が分かるんですか?」

「大まかな個人の資質が分かるね」そう言ってポリタン先生は解説をしてくれた。


 土は全ての元素の中心に位置しており、安定、持続、保護などを示す。

 水は土の次に位置しており、流動性の象徴であり支えでもある女性的な気質を象徴する。

 風は水の上、火の下に位置する比較的軽い元素である。揮発性の象徴であり支えであるが、火のように何処までも上昇するという訳で無く、一定以上上昇することはない。

 火は全ての元素の上位に位置する微細で希薄な元素だ。上昇、成長、怒り、破壊などを示し、男性的な激しい気質を象徴する。


「ふむ、なるほど」

「『なるほど』じゃないわよ全く」


 カーヤが呆れた口調でそう言うが、生憎と俺の得意魔法は火だ、試験が終わっても授業内容を保っていられるほど落ち着いた性質じゃないのである。


「それじゃキャルロット君、この水晶に手を置いてくれるかな」


 ポリタン先生はそう言って一握りほどある大きさの水晶玉を持ち出して来た。

 それを見て、流石の俺も思い出した、魔法適性を測るのに使う水晶玉だ、俺も以前やった事がある。この水晶に手を置いて意識を集中させれば、得意とする属性の色へと変化するという奴だ。

 キャルは素直にそれに手を置くと、目を閉じ意識を集中させる。

 すると……。


「ほう」


 乾いた室内に、ポリタン先生の息が漏れる。無色透明だった水晶玉は、一切の光を反射させない漆黒の玉へと変化したのだった。


「先生……これは?」

「これは、闇属性だね珍しい」


 ポリタン先生はそう言って目を輝かせる。

 先生の話だと、先に述べた四大元素の他に、光と闇の二大元素と言うものが独立して存在しているという。

 そして、その二大元素を持つ人は極小数のレアキャラという事らしい。


「やったなキャロ、レアキャラだってさ」

「わーい、わたしレアなのすごーい!」


 俺は取りあえずキャロとハイタッチする。『どんなことでもいい、一等賞になれ』とは爺ちゃんの言葉だったか、とにかくキャロには素質があるって事だ。


 ★


 皆が帰った後の図書館でポリタンは水晶玉を眺めていた。


「闇属性……ですか」


 ナックスたちに語ったように闇属性は稀有な資質だ。人族では万人に一人と言った確率であろう。

 だが……。


「蛮族ならば話は別ですね」


 彼はそう言って水晶玉を軽くつついた、すると水晶玉はたったそれだけの衝撃で粉雪のようにサラサラと砕け散ったのだった。

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