第53話 ご禁制です!

 書類上での義父の座を奪われてしまったとしても、俺とキャルが魂の親子であることには変わりが無い。

 否、後顧の憂いが無くなった分その絆はより強固なものとなった。自分でも何を言っているのかよく分からないがとにかくそういう事である。


「ふーん。キャルちゃんを養子にねぇ。ポリタン先生も思い切った事をしたものねー」


 ミーシャはお菓子でキャルに餌付けをしつつ、そんな事を呟いた。

 その肝心かなめのポリタン先生だが、彼の実家はこの地に古くから繋がるエルフの大家であり、この地から蛮族を排した冒険王ランスにも並々ならぬ興味をいだいているそうだ。

 キャルはそんなランスに繋がるかもしれない存在だ。彼にとっては、気軽にほってはおけない存在だったという事だろう。


「……金髪……美幼女」

「はっはっはー、キャルに手を出すのならお前と言えど容赦しないぞパルポ」

「……(ブンブン)」

「あのー、授業を始めてもいいですかー?」

「ええ、どうぞコモエ先生お構いなく」

「と言うか、その子は誰なんですかー?」

「へ? 俺の子ですけど?」

「なんでいつの間にか子供をつくってるんですかナックスくん!?」


 涙目になるコモエ先生に優しく丁寧に説明をしてやる。書類上はポリタン先生の養子となったキャルだけど、彼女はどうしても俺から離れたがらず。こうして一緒に授業を受けているというだけの話だ。


「キャルは記憶喪失なんです、それに最長百年ちかく封印されていたんです。こうして一緒に机を囲むことに何か不自然な点がありますか?」

「ふえええ? ふええええ?」

「学びたいと希望している生徒に、知識を授けるのがアカデミーの役割ではないのですか?」

「でもでも、でもですよ? その子はアカデミーの生徒ではないですよね?」

「そんな事は些細な事です。キャルは俺の娘で、俺はキャルの父親です。つまりは一心同体と言ってもいいでしょう。俺が生徒ならばキャルも生徒、単純な理論です」

「アンタは何訳の分からない事を言ってんのよ!」

「ふげらッ!」


 俺の完璧な理論を遮ったのはカーヤのショートフックだった。暴力だめ、絶対。


「自習にします」と半泣きのコモエ先生が出て行ったあと、俺たち親子をクラスのぼんくら共が取り囲んだ。


「おいおい、一体全体どういうことなんだよナックス?」

「はっはっは。俺とキャルは親子だったんだ」

「いや訳分かんねぇよ」

「分かれタリーズ」

「封印されていたってなんだよ、かっこよすぎるじゃねぇか。秘められた力とかあるの?」

「知らん」

「はぁはぁ、キャルちゃん可愛いね。何歳? 好きなタイプは?」

「マジで潰すぞドトール」


 クラスの野獣共からキャルを守る俺まじ親父。

 そんな風にして午後の授業は過ぎて行った。


 ★


「問題はここからだな」


 俺は寮の前にてそう呟いた。

 コモエ先生は力技で黙らせたが、寮母さんはそういう訳にはいかないだろう。さりとて何時までも昨日の様にこそこそ隠れて過ごす訳にはいかない。


「風呂にだって入らせねぇとなー」


 昨日はドタバタしていてそれどころでは無かったが。何時までもそう言う訳にはいかない。風呂だけじゃない。食事だって洗濯だってそうだ。


 こうして俺は決戦の場へと足を運んだのであった。


 ★


「却下」


 俺が懇切丁寧な説明を行った結果がその二文字だった。


「いやいやいやいや寮母さん!? 俺の説明聞いていました!?」

「却下です。ポリタン先生が身元引き受け人と言うのなら、彼に預けるのが筋と言うものではないのですか?」


 寮母さんは切れ長な瞳を光らせながらそう言った。


「だから、そうはいってもですね。キャルは俺がいなければだめなんですよ」

「私には寮の安全と風紀を守る責務があります。その様な曖昧な理由で女人禁制の掟を破る事は出来ません」

「いや、女人といってもキャルはまだ子供ですよ?」


 キャルの外見年齢は10歳に満たない。ツルツルのペタペタだ。


「ここは男子寮です、わたくしの目が黒いうちには風紀の乱れは許しません」

「キャルをそんな目で見る様な族は俺がそいつの目をつぶしますから!」

「駄目です。ご禁制、ご禁制です」


 くっそ、この風紀モンスターめ。俺の話をこれっぽっちも聞いちゃくれねぇ。

 こうして俺たちがにっちもさっちも行かないにらみ合いを続けていた所だった。

 寮の玄関から間延びした声が聞こえて来た。


「こんばんわー。冒険者クラス担当のコモエですけどー」

「コモエ先生?」

「あらあら、ナックスくん。あんのじょうそこにいましたかー」


 コモエ先生は、安心したようにそう言った。


「コモエ先生。男子寮に何か御用ですか」


 寮母さんは、ここは私の領土とばかりに、目を光らせながらそう言った。


「あはははー。うちのせーとがすみませんねー。ライコーさん」


 コモエ先生は断りを入れた後。管理人室へと上がってくる。寮母さんは気を許すことなくそれを見つつも、コモエ先生にお茶を出した。


「それで、一体どういったご用でしょうか」


 コモエ先生が一息ついたところを見計らい、寮母さんは再びそう尋ねた。


「いえいえー。私も急な話だったので色々と大変だったんですけどー」


 コモエ先生はそう言うと一枚の書類を差し出した。


「これは?」

「ながいアカデミーの歴史の中では学生結婚をした例も勿論ありますよねー」

「そうですね。ですがその場合も勿論男女は別でした」

「はいー、それはそのとおりですー。基本的にはー」

「基本的には?」


 基本的、その単語に寮母さんは目を光らせる。


「そうですー。なにごとも特例というものがございましてー。歴史の中では学生結婚だけにとどまらず、学生出産した例もあったそうですー」

「ご禁制! ご禁制ですそんな事!」


 学生のみで結婚のみならず出産まで。潔癖症の寮母さんからしてみれば、そんなことは言語道断な事なのだろう。

 だが、世の中にはそんなチャレンジャーも居たという事だ。


「あはははー。まぁこれがその時の資料でございましてー」


 はたしてコモエ先生が持ってきてくれたのはその時の資料だったのだ。


「って、これは30年前の資料ではないですか、よくこのようなものが残っていましたね」

「はいー、そこは大図書館にかんしゃですー」


 大図書館にあった資料と言う事はポリタン先生も一枚かんでいるのだろう。


「……ですが、この資料ではその子供は親もとへと引き取られたとなっていますが?」

「あはははー。まぁそれはそうですねー。勉強しながら子育てを同時に行うのはきびしいですよー」

「でしたら、彼の場合も同じ事ですわ。親もと、この場合はポリタン先生の元に送るのが一番適切なのは変わりません」

「いえいえー。ところがですねー」


 コモエ先生はそう言うと、もう一枚の書類をカバンから取り出して来た。


「こっこれは!」

「はいー。特例に特例を重ねるようで申し訳ございませんがー。アカデミー長の許可証でございますー」


 俺は書類を手にわなわなとふるえる寮母さんを横目に、コモエ先生に耳打ちをする。


「あはははー。学年主任のマクガイン先生経由で取ってきてもらった書類ですー。先生には競技大会の時にいろいろと借りがあったので、その返済と言う事でー」


 コモエ先生はニコニコと笑いながらそう言った。この幼女|(偽)も只者ではないようだ。うわ、幼女|(偽)怖い。


「認めません! 認めませんわこんなもの!」


 寮母さんは書類をテーブルに叩きつけながらそう言った。自分の頭越しにこんなご禁制な決定がなされたのが我慢できないのだろう。


「寮母さん! そこを何とかお願いします!」


 こうなった以上後は誠意を見せるだけだ。俺はテーブルに額が付くまで頭を下げる。


「私からもおねがいしますー、ライコーさん」


 俺に続いてコモエ先生も頭を下げてくれた。


「コモエ先生、なぜあなたがそこまで?」


 寮母さんはそう疑問を呈する。だが、それには俺も同感だ。彼女にそこまでやる義理は無い。


「キャルロットちゃんはナックスくんの身内であると同時に私の生徒でもあるんですー。生徒が学ぶ環境を整えるのは先生の役目ですー」


 その言葉に俺は不覚にも涙が滲みそうになって来た。そしてその時だった。


『俺たちからもお願いします!』

「お前ら……」


 どやどやと部屋に収まり切れないほどに押しかけて来たのはクラスのぼんくら共だった。奴らは口々にキャルの存在を認めてくれるように頭を下げた。


「……これでは、わたくしひとり悪者ではないですか」


 寮母さんはそう言って困ったような笑顔を浮かべた。


 ★


 これだけは譲れない一線だという事で、寮にいる間、キャルは寮母さん預かりと言う事になった。

 少し離れてしまう事になるが、いつでも会いに行ける同じ屋根の下と言う事でキャルも渋々ながら納得してくれた。

 親子の仲と言う事は、いつの日か親離れ子離れしなくてはいけないという事だ。その予行練習としてみればいい事だろう。


「なんとか収まるところに収まってくれたか」


 俺はそう呟きながらも、昨日よりも随分と広く感じるシングルベッドで横になったのだった。

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