第52話 ホワイトナイト
それはとびっきり神経質な人間が執念を込めて作り上げた迷路のような地図だった。
「これで……キャルが封印されていた部屋の場所が分かったんですか?」
「いや、流石に具体的な場所までは分からなかった。だけど重要な事はそこじゃない。問題はここだ」
ポリタン先生はそう言ってページをめくる。
「いいかい、ここには鉱山が閉鎖された年が書いてある。聖暦283年ってね」
「だったら、キャロはその年から封印されていたと?」
今年は聖暦383年ちょうど百年前のことになる。
「それは可能性の一つだ。だが、この書物にはダンジョンに少女が封印されていたなんてことは記されちゃいなかった」
黒歴史として記されていなかったのか。閉鎖された後にキャロが封じ込められたのかは分からないという事か。
「つまりー、先生は、キャルちゃんの謎を解くには、またあそこへ行かなくてはならないと仰りたいのですねー」
オリアンナ先輩の発言に、ポリタン先生は黙ってうなずいた。
「アカデミーの場所からいって大体の目星はついてある。それはこの辺りだ」
先生はそう言って地図の一点を指さした。
「この場所は地下鉱山の最深部。言い換えれば蛮族の王城の最奥部に当る場所だ」
「先生はやはり、キャルちゃんが蛮族だと思っているのですか?」
「それはなんとも……だね。キャルロットちゃんは見た感じ極々普通の人間だ。詳細に調べてみない事には何とも言えない」
人族と蛮族は不俱戴天の仇である。俺は不安げな表情をするキャルの手をしっかりと握りしめた。
★
閉鎖された地下鉱山は王家所有のものである。前回の様に偶然入り込むのではなく正式に探索するとなれば王家の許可が必要だ。
そのくそ面倒くさい手続きをポリタン先生にお任せするという事で、今日の所は解散する事となった。
「結局、何も進歩は無しと言う事か」
「まぁしょうがないですわ、たった一日でなにもかもが上手く行くはずございませんわ」
俺の呟きに、リップがそう返してくれる。
俺と共にキャルを見つけたのはリップだ、彼女なりに思う事があるのだろう。
「まてよ、そうするとキャルの母親はリップと言う事になるのでは?」
キャルを発見した俺が父親ならば、同じくその場にいたリップが母親と言う事でいいのではないのか?
「うふふふ。私ですか?」
彼女はそう言って妖艶にほほ笑んだ。
あれ? これはもしかして、行けるのでは? そうかー、俺は学生結婚しちゃうのかー。ハーレム王になるのは卒業してからと思ったが、そうかー、そうなのかー。学生の内から始まっちゃうかー。
俺が溢れる魅力に自分自身困惑していた時だ。リップの脇をふたりの少女ががっちり固める。
「ちょちょちょちょっと何言ってるよリップ!」
「そうよ、正気になりなさい! こんな駄目男と関わっても碌な事にならないわ!」
「そうよ! こんな大ばか者の甲斐性なし。苦労するのが目に見えているわ!」
「ええ、行く先々で女を作って遊び歩き、家にはちっとも近寄りはしない。そんなクズ男になるに決まってるわ!」
「そうよそうよ! こいつは釣った魚にはエサはやらないタイプだわ! こんな見えている地雷に引っかかっては駄目よリップ!」
「あのー、そこら辺にしておきませんかー」
「うおおおおおん。オリアンナせんぱーーーーーーい!」
俺号泣の後、オリアンナ先輩に抱き付こうとしてかわされるの巻。
「よしよし、大丈夫ですよー。パパにはキャルが付いていますからねー」
「うおおおおおん。キャーールーー!」
やはり親子の愛ほど重いものは無いという事を俺実感。
「あーもう、うっとおしいわね。それで、結局どうするのよ」
ディアは俺たち親子の前に仁王立ちになりそう言った。
そうなのだ、結局の所自体は何も進展してはいない。キャルの身分はあやふやのまま、このままではストリートチルドレンになってしまう。いやさせねぇけど。
「ディア、お前の貴族パワーでキャルの身分の一つや二つ何とか出来ねぇのか?」
金で貴族の身分を買うとかよく聞く話だ、まぁそんな金なんかありはしないけどな!
「そんなうまい話は無いわよ。私は確かに貴族の娘だけどなんの権威も権力も無いただの学生なのよ」
ディアはそう言って肩をすくめる。ううむ……ここはやはりキャルは俺とディアの子供と言う事にして、親御さんに挨拶しに行くのが最も正解なのでは?
俺がそうして深遠なる考えを巡らせている時だった。
それまで様子を見ていたポリタン先生があっさりとその問題を解決してくれた。
「うん、そうだね、それもあったね。いいだろう、キャルロットちゃんは僕の養子と言う事にしておこう」
「いっ、いいんですか? ポリタン先生?」
意外な申し出に、俺は言葉を詰まらせる。その申し出は嬉しい事この上ないが、言ってしまえば赤の他人である先生に、そこまで負担を求めるのには少々抵抗があるのも確かだった。
「養子と言っても、期間限定の身元引き受け人の様なものだ、その位どうとでもなるさ。
その代りと言っては何だがね。キャルロットちゃんについて調べる時には僕に優先権を与えてくれればそれでいい」
ポリタン先生はニヤリと笑ってそう言った。
「僕は司書であると同時に研究者でもある。目の前にあるとびっきりの謎をそうすんなりと手放すほどお人よしって訳じゃないさ」
むぅう。このエルフ、思ったよりもやり手なのかもしれない。
「人体実験的な事はお断りですからね」
「もちろん彼女の人権は最大限に考慮しよう。それにキャルロットちゃんについて調べる時には君に同席してもらおう、それならば文句は無いはずだ」
むぅぅぅぅう。至れり尽くせりの提案に俺は思わずうなりを上げてしまう。
「キャル、どうする?」
俺は当の本人であるキャルに確認を取る。何だかんだ言っても最終的にはキャルの気持ち次第だ。
「そうすれば、パパと離れ離れにならなくてもいいの?」
キャルは不安そうな瞳でそう尋ねて来る。
「ああそうだ」
おれはキャルの瞳をしっかりと見てそう言った。キャルの身分さえはっきりしてしまえば後は野となれ山となれ。生活費の方は切り詰めれば何とかなるだろう。
「だったら……いいよ」
若干の不安をその瞳に浮かばせながらもキャルはこくりと頷いた。
こうして問題の一つは意外なホワイトナイトの登場であっさりと片付いたのだった。
大人ってすげぇ!
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