第10章 新たな日常

第51話 地下14階の謎

 胸にかぶさる暖かな感触に目を覚ます。


「おい、キャル朝だぞ」


 そこには、俺の胸を枕にすやすやと寝息を立てるキャルの姿があった。


「うーん、パパ……あと少しー」

「ははは、しょうがないなあキャルは」


 シングルベッドでふたり、朝のまどろみに包まれていると。純白のミルクに泥水をぶち込むように邪悪なエルフのだみ声が響いて来た。


「うごー! 腹減ったぞーー!」

「ちっ、これだからこのバカは……」

「パパー、うるさーい」

「ああ、ごめんねキャル、今すぐ息の根を止めて来るから」


 俺はキャルをそっと横にずらして、二段ベッドから飛び降りた。


「ぬぁ!? ナックス! 朝っぱらか――」

「成敗!」


 いくら図体がデカかろうが、急所の位置は同じである。俺は凶悪な大口を開けるモンスターに、正中線五連突きを叩き込んだ。


「ったく、朝っぱらから嫌なモン、触らせやがって」


 俺はジャレミのシーツで拳を拭ってから念のために奴を簀巻きにした後、いそいそと二段ベッドをよじ登った。


 ★


 俺たち親子が目を覚ました時には太陽がちょうど真上に登った時だった。俺はベッドの下段に眠る屍を無視してキャロを抱き下ろすと、今後の方針についてカーヤと相談するために、何時もの中庭へと足を進めたのだ。


「で、午前中の講義全ブッチって、アンタアカデミー嘗めてんの?」

「いや、そういう訳では無い」


 寝る子は育つ、そう言う事だ。

 俺は呆れと見下しがミックスされたカーヤの視線をさらりと無視して、彼女の隣へと視線をよこす。


「お前がここにいるなんて珍しいなディア?」


 と言うか初めての事じゃないだろうか。こいつは何時もとりまきーずに囲まれて王侯貴族が食べるランチを頂いている筈だ。

 もしかして、ようやくと俺のハーレムに正式加入する決心がついたのであろうか?


「んなわけないでしょ、私はキャロちゃんの事が心配で様子を見に来ただけよ」


 むぅ、まだ何も言っていないのに否定されてしまった。まったく照れ屋なベイベーだ。


「様子も何も、親子仲は最高だぞ?」


 俺はキャルにサンドウィッチを食べさせてやりながらそう答える。

 あっ、花のようなほっぺたにソースが付いている、拭いてやらないと。


「親子じゃ……はぁ、もういいわ」


 俺たちの仲睦まじい親子仲に嫉妬したのか、ディアは発言の途中で口を噤んだ。


「で、これからどうすんのよアンタ」

「うむ、その事で相談があるのだ」


 俺はあくまでも学生の身。これからキャルと言うひとり娘を抱えて生活を送っていくのには大きなハードルが幾つもあるだろう。


「取りあえず片親ではキャルも寂しいというものだろう。どちらか俺と結婚してくれないか?」

「何言ってんのよこのバーカ。口説き文句としては最底辺よ」

「まったくね、駄目男ここに極まれりって感じだわ」


 俺の会心の提案は秒で却下される。何故だろう、こんなに可愛い子供なのに……。

 俺は世間の荒波から目をそらすように、キャロの温もりを求めた。


「うふふふ。パパは甘えんぼさんですねー」

「俺が守ってやるからなキャル!」


 キャルの小さな胸に顔をうずめながら俺はそう誓う。よしよしと撫でられる小さな手はおれが守るべき全てだ。


「駄目ね、こいつは」

「チャームの魔法とか掛けられてるんじゃないのかしら?」

「いや、残念ながらその気配はないわ、素で大ばか者なのよ」


 外野がごちゃごちゃと何か言っているが、俺たち親子には関係ない。だってこんなに柔らかくてあったかいんだもの。


「親ばかで何が悪い! 初めて授かった娘なんだぞ!」

「はいはい、それはよござんした。それで、具体的にはどうするつもりなのアンタ?」

「具体的に?」

「そう、アンタに子供一人育てられる甲斐性なんてある訳ないでしょ。というより正体不明のキャルちゃんを何時までもアンタが好きにしていいはずはないわ」

「俺たち親子の仲を引き裂くつもりか!」


 ディアの言い分に俺はキャルをぎゅっと抱きしめる。


「冷静になりなさいなナックス。その子はアカデミーの地下に封印されていたのよ」


 だが、ディアは攻撃の手を緩めない。

 おのれ貴族のお嬢様。徹底的にクールで有らせられる。


「そうね、先ずはしかるべき機関で調査してもらってからの話よね」


 おう、下町娘カーヤお前もか!?


「いや、わたしはパパと離れない!」


 不穏な空気を感じたのか、キャルはそう言って俺を抱き返してくる。


「勿論俺もだ! キャル!」


 抱擁に続く抱擁、無限の愛の連鎖はメビウスの輪を築いていく。

 その時だ、聞きなれたハスキーボイスが耳に届いて来た。


「いたいたー、ポリタン先生が探してたわよーナックスちゃん」


 ミーシャはそう言って手を振りながら近づいて来た。


「む? ポリタン先生が?」


 そういやいたなそんな先生。


「そっ。昨日はあれから徹夜で図書館の資料を漁ってたんですって」


 ミーシャはそう言ってウインクをしてくる。


「何か分かったのミーシャ」


 その言葉に反応したのはカーヤたちの方だ、彼女たちはそう言ってミーシャに食ってかかった。


「さてね、詳しい事はまだ聞いちゃいないわ。私はただ、ナックスちゃんたちを呼んできてほしいって頼まれただけよ」


 落ち着きなさい貴方たちと、ミーシャはふたりを優しくなだめる。


「ふむ。先ずは取りあえず、行ってみるか」


 俺はキャルを抱っこしつつそう言ったのだった。


 ★


 図書館に入った所で、俺たちはオリアンナ先輩とリップに合流した。どうやらふたりもまたポリタン先生に呼び出されたようだ。

 一晩ぶりの大図書館。二階の一番奥に位置する司書長室で、目の下にくまをつくったポリタン先生は待ち構えていた。


「やあやあ君たち、一日ぶりだね」

「こんにちはですわポリタン先生。それで、何か分かりましたの!」


 挨拶もそこそこにカーヤとディアはポリタン先生に詰め寄った。その勢いは我が子を取られた母熊の如しだ。

 ふたりの勢いに押されるように、俺たち親子はやや引き気味に挨拶をした。


「うん、元気そうでなによりだ。僕はあれから図書館の資料を色々と探ってみたんだが……」

「だが?」

「残念ながら、めぼしい資料は見当たらなかった」


 その言葉に、カーヤたちはずっしりと肩を沈める。だが、俺はなぜか逆にほっと一息ついていた。


「だけど、地下14階、例の地下鉱山についての資料は存在していてね」


 ポリタン先生はウインクをしつつ、一冊の資料を取り出して来た。

 

「ポリタン先生、それは……」

「王都の成り立ちを記したものだよ」


 そう言って先生は説明を開始した。

 遥か昔の百数十年前、この王都は何もない平原だった。そこにのちの初代国王である冒険者ランス・リドマイヤーは広大なダンジョンを発見する。

 そのダンジョンは多種多様なモンスターの巣窟であると同時に、非常に質の高い地下鉱山であった。

 彼は数多の障害を乗り越え、そのダンジョンを攻略し、ここに小さな村を築き上げた。


「で、それが膨らんでいき、いつしか王都と呼ばれる都となった……ですね。その物語ならば私も良く知っていますわ」

「へー、良く知ってるな、ディア」


 俺は王都の成り立ちなんてちっとも知らなかった。


「当然よ、オルタンス家の血筋を遡れば、冒険王ランスのパーティにたどり着けるんですからね」


 ディアはそう誇らしげに胸を張った。


「ふふふ。そうだったねディアネット君。

 その地下鉱山はとある強力な蛮族が支配していてね。かの冒険王は随分とそれに苦しめられたという話だよ」

「えっ、じゃあここは元々蛮族が支配する土地だったんですか?」

「そうだね、数多の困難の果てに、人類が勝ち取った開拓地だ」


 ポリタン先生は感慨深げにそう言った。


「それで先生ー。新たに判明したことって何ですのー」


 脱線の気配を察知したオリアンナ先輩が、そう言って先を促す。


「ああそうだね。この書物にはその地下鉱山詳細な地図が記されてあったんだ」


 ポリタン先生はそう言ってページをめくったのだった。

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