第50話 あなたがパパよ

「あらあら、追いかけっこはもう終わりなの?」


 俺が咄嗟に胸の下へと庇ったキャルロットは酷くつまらなそうにそう呟くと、もぞもぞとそこから這い出していった。


「「ナックス! 無事な……ってその子だれ?」」


 倒れたままの俺に真っ先に声をかけて来たのはカーヤとディアだ、彼女たちは頭に大量の疑問符を浮かべながら、至極当然の疑問を発した。


「ああ、この子は――」

「ナックスはわたしのパパよ!」


 俺が事のあらましを説明しようとした時だ、キャルロットはそれを遮り、とんでもない事を言いながら抱き付いて来た。


「「はっ?」」


 カーヤたちの疑問を無視して、キャルロットはすりすりと俺に頬ずりをしてくる。


「俺は……パパだったのか?」


 知らぬ間に清い体を捨て去っていた事に動揺しつつも、俺はキャルロットの顔をマジマジと見つめる。髪の色も目の色も異なってはいるが、どことなく俺の面影があるような気がしなくも無くも無いような気がする。


「うふふふ。そうよ、改めましてナックス、わたしは貴方の娘キャルロットよ。長いからキャルって呼んで」

「キャッ……キャル?」

「って、そんな訳ないじゃない。正気に戻りなさいナックス」


 感動の親子の抱擁を行おうとキャルを抱きしめる為腕を伸ばすと、背後から伸びて来た二本の腕に邪魔される。


「ほら、貴方もそんな薄着じゃレディとして失格よ」


 ディアはそう言い、キャルに毛布を渡そうとするが、キャルはそんなものには興味が無いとばかりにそっぽを向いた。

 今のキャルの姿は、リップに渡された薄手のカーディガン一枚。つまりは殆ど裸の様なものだ。だが、キャルはそんな事はまったく気にしないとでもいうように。俺にギュッと抱き付いて来る。


「ちょっと、ナックスからも何とか言ってあげてよ」


 俺は困惑した表情のディアから毛布を受け取ると、それをキャルに羽織らせてやった。


「うふふふ。ありがとうパパ」


 ところがキャルはさっきまでの無反応がまるで嘘の様に、満面の笑みでその毛布に顔をうずめた。


「……どういうことなの、これ?」

「そっ、それは……彼女を発見した時の特異的な状況にあると思いますわ……」


 ディアの質問に答えたのは、リップだった。彼女はジュレミと言う荒馬に乗っていた影響か、顔を真っ青にして吐き気を抑えるように口に手を当てながら、よろよろとした足取りでこちらへとやって来た。


 ★


「水晶に封印されていた?」

「ええ、それを解いたナックスさんに刷り込みの様な形で懐いている可能性がありますわ」

「ほほう、それは興味深い」


 俺たちの話に、例のエルフ――司書のポリタン先生も加わってくる。

 彼が瓶底眼鏡をキラリと光らせながら、しげしげとキャルの事を観察していると、その背後にもう一人の眼鏡キャラがやって来た。


「先生ー、取りあえずはいったん地上に戻りませんかー」


 そう言ったのはオリアンナ先輩だった、彼女は話が長引きそうになったことを察し、それを諌めるようにポリタン先生の袖を引っ張ったのだ。


「ああそうですね、私としたことが本来の目的を忘れるところでした」


 ポリタン先生がそう言って名残惜しそうに、キャルを眺めているのに対し、彼女はそんな視線などどこ吹く風と言わんばかりに、ニコニコと俺に抱き付いていた。

 俺はそんなキャルを抱っこして立ち上がる。こうして俺たちは取りあえず地上へ向けて出発したのであった。


 ★


 地上へ上がった時はもうすっかり夜が更けて、キャルを封印から解き放った時の様にキラキラとした輝きが夜空に散りばめられていた。


 俺たちは救助隊のみなにお礼を言い、今日の所はそれぞれ帰宅の道へと分かれる事にした。

 まぁ帰宅とは言ってもここは全寮制のアカデミー、男子寮と女子寮に分かれているとは言え、帰る場所は皆同じなのだが。


 ところが、ここで一つの問題が生じてしまった。


「やだ! わたしはパパから離れないわ!」


 取りあえず今日の所は私がキャルを預かろうと言い出したポリタン先生に対して、キャルは徹底抗戦の構えを見せたのだ。


「そうはいってもな、キャル。俺らの寮は異性厳禁なんだよ」


 悪法も法なり、ハーレム王を目指す俺にとっては邪魔な事この上ないルールだが、決まりは決まり。俺は足にしがみついて離れないキャルを優しく諭した。


「いーやーなーのー! わたしはパパと一緒がいいの!」


 ところが俺が何を言おうともキャルは聞く耳持たず、もともとそう言う付属品だったかの様にぴったりとくっついて離れない。


「んー、もうこれは覚悟を決めるしかないんじゃないのかしら。ねっお父さん」


 他人事だと思って、ミーシャはニヤニヤとそう言ってくる。

 しかし、まだ幼いキャルの身になって考えてみれば、いきなり見ず知らずの人の元へ行ってこいと言われても不安だろう。

 例えそれが刷り込みによるかりそめの信頼関係であっても。今現在もっともキャルが安心できるのは俺の傍なのだ。

 親子の愛は無償の愛。俺はキャルのよせる信頼に、全力でもって迎えなければならない。


「と言う訳で、何とかなりませんかね?」


 俺はポリタン先生に揉み手でそうお願いした。


「うーん。寮はある意味では独立機関ですからねぇ。私の一存では……」


 ポリタン先生はそう言って腕組みをする。


「なーに、要はばれなきゃいいんだろ! キャルぐらいに小さな子だったら、一晩位大丈夫だろ!」


 能天気な発言をしたのはジュレミだ、確かに最終手段としてはそうなるか。幸い俺の同室はこのバカだ。つまりは、このバカさえ余計な事を口走らなければ全ては上手く行くことになる。


「そうするかー」


 キャルはこのまま毛布にくるんで小脇に抱えて行けば何とかごまかせるだろう。今夜はそれで乗り切って、交渉事は明日しっかりと行えばいい。もしかしたらキャルも勘弁してくれるかもしれない。


「……アンタ、妙なこと考えてないでしょうね、ナックス」

「あほか、キャルは俺の娘だぞ」


 ジト目でのぞき込んでくるカーヤに対して俺はきっぱりとそう反論する。


「娘じゃないでしょ、娘じゃ」


 今度はディアが呆れた口調でそう言ってくるが、そんな事は些細な事だ。例え血がつながっていなくても、俺とキャルは魂の親子なのだ。


 パパー、あの人たちこわーい。と言わんばかりにギュッとしがみ付いてくるキャルを俺は優しく撫でてあげる。


「……なんか腑に落ちないわね」

「……そうね、ディア」


 眉根を寄せるふたりを他所に、俺たち親子はふたりだけのワンダーランドを作り上げるのだった。

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