第49話 光を求めて

「がーはっはっは! 要は俺の助けが必要と言う事だな!」

「あーうん。間違っちゃいない」


 図書館探検に来て、地盤が崩壊し、この洞窟に迷い込んだ。

 たったこれだけの事を説明するのに大層な時間を要してしまった。やはりゴブリン並みの知能を誇るこいつには長々とした説明は向いていないことがよく分かった。


「だがそうだな、確かにお前が来てくれて助かった」


 キャルロットは俺の傍を離れようとしないので、リップをジュレミに任せれば脱出の確率は大きく上がる。

 俺はキャルロットをおぶさり、ジュレミはリップをおぶさる。帰り道は把握しているので問題は無い。あとはモンスターの群れをどうやってやり過ごすかだ。


「そんじゃ、いきますか」


 だがまぁ、こればっかりは出たとこ勝負。行ってみるより他は無い。

 こうして俺たちは光を求めて駆けだした。


 ★


「うわーはっはー! なめんじゃねぇよゴキブリ共!」

「だーそっちじゃねぇよ! こっちだこっち!」


 無駄に戦闘意欲にあふれるバカの手綱を操りながら、すたこらさっさと来た道を引き返す。バカに背負われているリップが目を廻している様な気もするが気のせいだろう。

 背負われているといえば、キャルロットの方だ。彼女はよほど肝が据わっているのか、あるいは怖いという事をまだ知らないのか。俺の背中で笑い声をあげていた。


「ねぇねぇナックス! 次はあそこを突っ切りましょうよ!」

「バカ言うなキャルロット! なんで好き好んでハードモードをいかにゃならん!」

「うおーーー! つぎはあそこだなーーーー!」

「あーこらこのバカ! そっちじゃねぇよ!」


 バカの突破力はバカげているが、バカゆえに後先なんて1mmたりとて考えちゃいない。

 おまけにその事を面白がったキャルロットがドンドン調子に乗せて来る。進軍速度は確かに上昇しているのだが、それ以上に色んな意味で俺の疲れは上昇していた。


「あーもうやってられっかーー!」

「うははははー! どんとこーーーい!」


 こうして俺たちは津波の如く押し寄せて来るモンスターたちの中を、真っ向から突っ切って行ったのである。


 ★


 ナックスたちが進軍を開始する少し前、カーヤたちの元に救助隊が合流していた。救助隊は司書であるポリタン教諭を始めとし、図書委員を中心に学生有志でくまれた総勢20名に及ぶ隊だった。


「はぁい、カーヤちゃんお疲れ様。あれ? ナックスちゃんはどうしたの?」


 その中にはミーシャとパルポの姿もあったのだ。


「へぇ、カーヤちゃんの身代わりにね……。まっ、ナックスちゃんならどうにかするでしょ」


 事のあらましを聞いたミーシャは、あっけらかんとそう言った。それは落ち込んでいるカーヤを励ますためと言うよりは、ごくごく当たり前のことを当たり前に言ったという感じだった。


「地下への効果準備は済んだみたいよ。貴方たちは……」

「もちろん行くわ!」


 カーヤを始めとする三人は異口同音にそう口にした。その事にミーシャは肩をすくめつつも笑みを浮かべたのだった。


 地下14階、鉱山洞窟領域に降り立った救助隊を待ち受けていたのは、視界を埋めるモンスターの群れであった。


「キャー! 私、虫は苦手なのよー!」

「……黙って働く」


 数こそ無数のモンスターたちだったが、単体で見ればそれほど脅威と言えるものでは無く、救助隊はしっかりとした布陣を組んで、着実に前へと進んでいった。


「先生! あそこにしるしがあります!」

「ふむ、そのナックスと言う生徒はダンジョン探索に心得があるようだね」


 曲がり角ごとに刻まれたしるし、道に放置されたモンスターの死骸。それらを頼りに救助隊は歩を進める。

 そして……。


「先生、何か声が聞こえませんか?」

「ふむ、その様だね」


 エルフであるポリタンは聴覚も優れている。彼はその優れた聴覚を魔法でさらに強化して暗闇の奥へ聞き耳を立てた。


「人間の足音がふたり分、どうやら最悪の事態は免れたようだ」


 彼はひっそりと胸をなでおろしつつも、救助隊に吉報を伝える。


「いや、待てよ」


 だが、彼の鋭敏な耳が捕えたのは、人間の足音だけでは無かった。


「どうしたのですか、先生」


 不安げな様子で尋ねる生徒に彼は指示を飛ばす。


「来るのは彼らだけでは無い! 大型のモンスターも一緒だ! みんな気を抜くな!」


 ★


「うおおおおおおおお! 何なんだこいつはーーーーー!?」

「きゃはははははは!」

「アイツだ! アイツがヘッポコポコリン虫(仮)のボスだ! とんでもなく硬い奴で俺の攻撃がまったく効きやしねぇんだ!」


 それは今まで見たことのない虫だった。デカさで言えば地下13階で戦ったヒュドラに匹敵するバカげた巨大さで、前方の体節には赤々と光り輝く複眼がずらりと並び、無数にある節足を激しく動かし、壁や地面を削るような勢いで追いかけて来ていた。


「死ぬ! 死ぬ! 止まると死ぬぞ!」

「きゃはははははは!」


 通路を削りながら追ってくる相手に対し、隠れるスペースなど在りはしない。ナックスたちに出来る事はただひたすらに前へ前へと駆け抜ける事だけだった。


「って、アレは光だ!」


 永遠の様な逃避行の末、ナックスの目に飛び込んできたのは一条の光だった。


「やった! 救助隊だ!」

「おい! ナックス! このままいったらみんな纏めて轢き殺されちまうんじゃねぇか!?」

「そうだ! やべぇ!」


 ★


「なんですかアレは?」


 ポリタンは自分の目を疑っていた。要救助対象が二人から四人に増えているのはまあいい。良くはないがまあいい。だがそれよりなにより、彼らを追っている巨大な節足動物が問題だった。

 彼も大図書館の司書を務める程の人材だ、人並み以上に知識はある。だがそんな彼でも見たことのない生物だった。


「出来れば生きたままで捕え……いえ、それどころではありませんね」


 あの生物の突進力をまともに食らってしまえば、彼らだけでは無くこの救助隊が全滅してしまう事は必至だった。


「何処まで耐えられるか分かりませんが……」


 彼はそう言って救助隊を下がらせた後、詠唱に入る。


 ★


「あぶねぇ! お前ら逃げろ!」

「きゃはははははは!」


 救助隊がはっきりと視界に入る。だが、このままではボーリングよろしくみんな纏めてはじけ飛んじまう。

 その時だ、先頭に立ったくせっ毛頭のいまいちパッとしないエルフを残して、皆が後へと引き返した。


「だめだ! そん位じゃ足りねぇ!」


 そのエルフがどんな手段を使うつもりかは知らないが、こいつはおっぱいモンスター師匠クラスの相手だ、あの化けもんなら鼻歌まじりで引き肉にするだろうが。そん所そこらの奴では逆にそっちがひき肉になっちまう!

 ところが、そのエルフは呪文を唱えながら、こっちに来いと目で訴えた。


「くそっ! 信じるしかねぇ!」


 どのみち、この道は一直線、避ける道なんてありはしない。


「ジュレミ! ラストスパートだ!」

「おう!」


 俺たちがそのエルフの両脇を駆け抜けた瞬間だった。


「清浄なる光よ!我が祈りに答え、我ら信徒をお守り下さい!ホーリーウォール!」


 その言葉と共に光の壁が立ち上がる。そして洞窟中に響き渡るような大音量とともに、グレートヘッポコポコリン虫カイザー(仮)はその壁に激突した。

 だが、激突の勢いはすさまじかった。


「くっ!」


 結界を張ったエルフは苦悶の声を上げる。あれだけの大質量があれだけの速度で突進して来たのだ。ほんのわずかにそれを受け止められただけでも彼の腕がただ者では無い事は分かる。

 だが足りない。グレートヘッポコポコリン虫カイザー(仮)は自らの勢いに体節を歪ませながらも、その結界に罅を入れて来る。


「先生! 準備完了です!」

「了解です! ナックス君たちは伏せてください!」


 俺たちはその声に反射的に地に伏せた。それと同時に、無数の魔法が俺達の上を飛んでいく、そしてそれが結界当たる瞬間。光の壁は消えうせた。


 不和跫音のオーケストラが鳴り響く。光の壁にぶち当たり、勢いを殺されたところに上級魔法の乱れ撃ちだ、グレートヘッポコポコリン虫カイザー(仮)は見るも無残な姿へと成り果てたのだった。

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