第8話 魔法試験開始

「でっ、出来たわ」


 冒険者クラス棟の片隅にある、ガラクタだらけの工具室に朝の光が差し込むころ。目の下にくまを作ったカーヤは、それでも満面の笑みを浮かべてそう言った。


「そうか! すげぇぞカーヤ!」


 ここにいるのは俺とカーヤ。後はすやすやと寝息を立てているコモエ先生だ。

 俺とカーヤは完全徹夜。俺に合わせた魔道具の作成と言う訳で俺も不器用ながらカーヤの手伝いをしていたのだ。

 ちなみにコモエ先生はその監督と言う事で強制的に参加してもらった。最初は俺たちのやる気に涙していたものの、やはりお子ちゃまには夜更かしは辛かったみたいで早々に夢の国に旅立ってしまった。

 ……いったい何歳なんだろうか?


「ふみゅー、できたのですかー」

「あっ、はい、無事に完成しました」


 まぁ試験運用なんてしちゃいないんで無事にかどうかは分からないが。


「それはすばらしいですー。先生はかんどーです。今まで、ここまでしんけんに闘技大会に取り組んだ生徒はいませんでしたからー」


 コモエ先生は眠たげな目をこすりながらそう言った。

 ……今までってやっぱり何歳なんだろうか?


「とにかく、そのそーちは先生いったんあずかりますねー、説明書といっしょにちぇっくしてもらいますー」


 この魔道具が俺達による手製の品と言う事はコモエ先生が証人となってくれる(寝てたけど)後は大会事務局の許可を得られれば正式に使えると言う事だ。


「ともかく、カーヤは少しでも睡眠をとってくれ。競技開始までにはまだ少し時間がある」

「そうね、そうさせてもらうわ」


 こうして俺たちはほんの少しの仮眠をとる事にした。


 ★


「はぁーい、2人ともお目覚めの時間よー」


 工作室で仮眠を取る俺たちを起こしてくれたのはミーシャのハスキーボイスだった。その隣では、パルポが無言でこくこくと頷いている。


「ん? ああ、もうそんな時間か?」

「試合まであと一時間、ちょうどいい頃合いよん」


 となると寝ていたのはおよそ2時間か、まぁちょうどいい頃合いだろう。

 俺の隣ではカーヤが寝ぼけまなこをこすりながら背伸びをしている。


「ふあーあ。ちょっと寝たらすっきりしたわ」

「カーヤ、調子は?」

「ばっちりよ、今からでも競技を開始できるわ」


 カーヤは寝起きに強いようだが、それは俺も同じだ、おっぱいモンスター師匠に夜這いを掛けようとしたり、朝駆けを狙ったり色々と工夫をした日々を思い出す。

 ……あっ、合法だからね、師匠からは「襲えるものならいつでも来い」って言われて、修行の一環として仕方なくやっていた事だからね。ちなみにすべて未遂に終わっているので今だに清い体です。


「ふむ、それは何よりだ」


 競技開始は朝の10時から、校舎裏のグラウンドで行われる。


「よし、そんじゃー、出陣するかー」


 工作室の窓から見える空は快晴だ、いい競技日和と言う事だろう。俺たちは準備を済ませて、競技会場へと足を運んだ。


 ★


 第一競技は正確性測定、これは一体何をするかと言うと、要は出店の型抜きだ。脆く崩れやすい穀物性の板に書かれた絵を、制限時間内に魔法を使って削っていく。

 地味な事この上ない絵面だが、やってみると中々はまる品物だ。


「準備はいいか、カーヤ?」

「ばっちり、いつでも来いって感じよ」


 顔にはうっすらとくまが出来ているが、それ以外は肌の張り艶も問題なし、目はぱっちりと開いており集中力も整っている様だ。


 カーヤは気合を入れ直すために自分の頬をパチパチと叩く。


「あら、カーヤじゃない、おはよう、いい朝ね」


 爽やかな朝に粘ついた声が響いて来る。


「リップ……もしかしてアンタが第一競技にでてくるの」

「うふふふ。ご名答、と言う事は貴方がそちらのお相手と言う事ね」


 リップと呼ばれたのはカーヤと同じくドワーフの少女だった。カーヤと違う事は化粧が派手な事と、体にメリハリが付いている事。

 如何にも曰くありげな2人はバチバチと視線に火花をかわす。


「おい、カーヤ、この人は?」


 俺は小声でカーヤにそう尋ねる。


「リップ・アスフーツ。アスフーツ商会の一人娘で、見ての通り商業クラスよ」

「うふふふふ。そしてカーヤとは幼馴染と言う関係になるわね」

「だーれが幼馴染よ!」


 カーヤはガルガルと牙をむく。よく分からんが2人の間には色々とあるようだ。


「うふふふふ。カーヤちゃんのお父様は凄腕の職人でもあるのよ、それでリップちゃんのお家とはちょっとした因縁があるみたい」


 俺が困惑しているとミーシャがそんな事を囁いてくれた。


「……何でも知ってるんだなお前は」

「うふふ。カーヤちゃんのお父様のお店は私のお気に入りなの、そこで小耳にはさんだのよ」


 ミーシャはそう言って銀の腕輪を俺に掲げる、繊細な模様が刻まれたその作品もカーヤの親父さんの作品と言う事だろう。


「まぁ何だ、要するにライバル関係みたいな感じなのか?」

「だーれがライバルよ! こいつが勝手に突っかかってきているだけよ!」


 俺の呟きにカーヤは神経質なほどに反応する。どうやら図星であるようだ。

 自分のライバルが商業クラスに入っているのに、自分は落ちこぼれの冒険者クラス、そりゃまあ、過敏になってしまうのも仕方がない。


「まぁ、色々とあるだろうが落ち着けよカーヤ」


 俺はポンポンとカーヤの頭をなでる。


「だから気安く触んなって言ってんでしょ!」

「ふぐうッ!?」


 相変わらず切れのいいショートフックが俺の脇腹に叩き込まれる。彼女のコンディションはばっちりの様だった。


 ★


『それでは、第一競技を開始します! 青テーブル、冒険者クラス、カーヤ・クラウディアさん!』


「カーヤちゃーんがんばってー」

「カーヤ! 平常心だ! 平常心!」

「……がんばれ」

「よーし! 気合いだカーヤ!」


 俺とミーシャ、パルポ、そしてジュレミの声援に送られて、カーヤは大きく腕を上げてテーブルへと向かう。

 喉が割けんばかりに声を張り上げるも、他のクラスメイトはダラダラと力の入っていな拍手をするだけ。

 しっかりしてくれよ、この試合には俺の今後がかかっているんだ。


『続きまして赤テーブル! 商業クラス、リップ・アスフーツさん!』


 だらけ切った俺たち冒険者クラスとは違い、リップは商業クラスの大声援に抱えられ、余裕たっぷりの表情でテーブルへ向かう。


「うーん、ちょっと気負い過ぎか?」

「そうかもしれないわねぇ。まっ、なるようになるわよ」


 はらはらと我が子を見つめる親の様に心配する俺とは対照的に、ミーシャはゆったりと落ち着いている。


『それでは、両者準備は出来ましたでしょうか』


 2人はテーブルの前に立つ。テーブルは1m四方程度の作業台で、その上には薄黄色をした課題が置かれている。


「課題は……ドラゴンか?」

「そうみたいねぇ、私じゃとてもじゃないけど時間内には出来ないわ」


 ミーシャはやれやれと肩をすくめる。制限時間は5分しかない、その間にあれだけの作品を完成させるには、並みずれた集中力と速度が必要だ。


『それではーー』


 ゴクリと唾を飲み込む。会場が静寂に包まれた。


『競技開始です!』


 その言葉と共に2人同時に動き出した。2人は両手をテーブルの上に掲げると、小声で呪文を唱え出す。


「流石ねカーヤちゃん、さっきまでの気負い方が嘘みたい、完璧に自分の世界に入っているわ」


 だがそれは、対戦相手のリップも同じ。指先から発せられた極々細い十本の魔力波が素早く線をなぞっていく。

 必要なのは途切れない集中力。俺たちは息をするのも忘れ、繊細な作業を固唾を飲んで見守った。


「「ハッ!」」


 掛け声と同時に、余分なパーツが吹き飛んだ。そこに現れたのは2頭のドラゴン。

 その姿が現れると同時に、2人そろって手を上げた!


『終了! 終了ーー! 凄い! 2人とも時間を残しての完成です!』


「「くッ!」」


『それでは、只今から審査に入ります、お二人とも席に戻ってお待ちください』


 2人は一瞬視線をかわすと、ぷいと顔を背け、それぞれのクラスへと戻っていく。


「やったなカーヤ!」

「凄かったわ、カーヤちゃん」

「……(こくこく)」

「はっはー、すげぇぞカーヤ!」

「いや、まだまだよ」


 リップと同タイムで終わった事が悔しいのか、カーヤは浮かない顔で戻って来た。


「さてさて、結果はどうなるかしら」


 ミーシャがそう呟くのを、俺たちは黙ってテーブルの方を見る。そこでは、審査員が型抜きの出来上がりをチェックしていた。


「終わったみたいね」


 ゴクリと生唾を飲み込む。今か今かとハラハラしていた時間は終わってみれば5分も立っていないだろう、だが永遠に等しい5分間だった。


『えー、それでは結果が出ました』


 しんと、会場が静まり返る。


『結果は両方合格! 両方合格です! それにつきまして今回の競技は引き分けと言う事になります!』


 ああ、おお、と言うどよめきが漏れる。そして一拍おいたあと両陣営に向けて惜しみない拍手が送られたのだった。

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