第9話 俊足の貴公子
「すごいですよ、カーヤちゃん! ウチのクラスで初金星ですよー」
カーヤが引き分けた、その結果に一番喜びをあらわにしたのはコモエ先生だった。
「いえ、まだまだです」
そう、まだまだだ、どれだけ凄かろうが結果は引き分け。勝ちでは無い。カーヤは口惜しさを顔に滲ませる。計算が狂った。予定では、カーヤで一勝しておく計算だったのだ。
ってか引き分けで初金星とか言っちゃうんだ、それはつまり、今まで引き分けすらなかったという事なのかー。そうかー、どんだけー。
「さーて、次はパルポちゃんの出番かしら」
「……(こくり)」
ミーシャの言葉に、パルポは無言で頷いた。
次の競技である発動速度は、魔法の早打ち競技だ。次々と現れる的に対して、どれだけ素早く魔法を当てられるかを競う競技である。
これには、発動速度と共に、魔法の正確さも要求される。
「大丈夫か、パルポ」
「……(こくり)」
パルポは動じることなく、無言で首を縦に振る。
「パルポの奴は大丈夫なだろうな?」
俺はこの寡黙なクラスメイトの事をよく知らない。知っていることは度が付くむっつりスケベであると言う事ぐらい。
「うふふふ。大丈夫よナックスちゃん」
俺がそう呟くと、ミーシャが横から声を挟む。
「私は彼とは、入学以来の友達だけどね、彼の特技には一目も二目も置いているわ」
「特技って何だよ」
本来コボルトと言う種族は特にこれと言った特徴の無い犬型の亜人だ。しいて言えば料理が得意な人間が多いと言う事で、厨房でよく見る人種と言ったぐらい。
「それはね、集中力よ、ある意味ではカーヤちゃんより、一瞬に掛ける情熱は勝っていると思うわ」
ふむ、確かに奴のパンチラに掛ける集中力はすごかった。それはディアネットとの決闘の際によく知っている。
「だけど、これは魔法試験だ、コボルトがそんなに魔法が得意だなんて聞いたことは無いが」
「それはそうね、確かにその通りだわ。パルポちゃんも魔法に秀でているという訳じゃないわ」
「だったらー」
「けどそれは威力の話。これは発動速度を競う競技、ならばパルポちゃんの独走じゃないかしら?」
ミーシャは自信満々にそう語る。
俺がその自身の訳を問いただそうとする時だった、商業化クラスの方からドッと歓声が沸き上がる。
その声に彼方を振り向いて見ると、何やらとんでもない装置が競技会場へ向けて運び込まれている所だった。
「なっ、なんだありゃ」
それは、円柱形の装置だった。側面からは数本の筒が飛び出しており、上部にはレールが刻まれている。
「あれは!」
「なんだ、知ってるのかカーヤ?」
「ええ、商業化の奴、とんでもないものを持ち出して来たわ。
あれは防衛兵器の一種よ。上部のセンサーで敵を識別して、側面に設置された銃口から魔力弾を撃ちだすの」
「…………反則じゃねーの?」
「審査員が何も言わないって事はチェック済みと言う事よ。まったくとんでもない」
こっちはこっちでカーヤの親父さんから設計図を都合してもらっているので大きな声は出せないが、学生の競技大会に防衛兵器を持ち出してくるのは如何なものかと思う。
唖然としながら商業化クラスの方を眺めると、件のリップ嬢がニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。金にものを言わせてあの兵器を都合したと言う事か。
「おい、ホントに大丈夫なんだろうなパルポ」
「……機械なんかに……負けない」
パルポはそう呟くと立ち上がった。
★
『なにやら、凄い事になってきましたが両者準備は整いましたでしょうか!』
アナウンサーが興奮気味にそう語る。競技会場には、小さなパルポと巨大な防衛兵器、2つの影が並んでいた。
『それではーー』
防衛兵器から低いうなり声が上がる。
パルポは自然体で、ぶらりと立つ。
『競技開始です!』
パタンパタンと衝立の向うから現れる標的に対して、ズガガガガガガガと物凄い勢いで防衛兵器から魔力弾が打ち出される。
その迫力は正に圧巻。防衛兵器の名前にふさわしいド迫力なものだった。
だが!
「すげぇぞパルポ!」
圧巻なのはパルポも同じ、最小限の動きで、最大限の効率を。防衛兵器がけたたましく音をかき鳴らすヘヴィメタルなオーケストラなら、パルポはその逆。全く無音で機械のように正確に標的を撃ち落としていく。
「あいつ、何処であんな技術を」
「うふふふ。パルポちゃんを舐めない方がいいわよ。あの子は非力なコボルトだけど、誰よりも自分の事を分かっている。
機械は100%の事しか出来ないけども、人間は訓練次第で100%以上の事が出来る生き物なのよ」
「音速の貴公子、もしかして音速の貴公子じゃないのか!?」
パルポの神業にギャラリーがざわついて来る。
「なんだ? 『音速の貴公子』ってのは?」
「うふふふ。パルポちゃんの隠れた異名よ、影も残さず現れて、シャッター音だけ残して消えていく、人呼んで『音速の貴公子』それこそがパルポちゃんの真の姿よん」
恐るべしはパルポ・ヘマーソン。防衛兵器に勝るとも劣らない速度でシャッターもとい、魔力弾を連射する。
と言うか、その飽くなき努力を
ピーッ! と言う競技終了を示すホイッスルの音がする。
「うふふふ。勝ったわね」
「そっ、そうなのか? 俺には同じにしか見えなかったけど」
俺の目にはどちらも同じ速度で、標的を打ち倒しているようにしか見えなかったのだが、ミーシャは自信満々にそう言った。
「防衛兵器の過剰な火力が仇になったわね」
「ん? それはどういう?」
俺がそう尋ねようとした時だ、審査員がジャッジを下す。
『出ました! 結果は青! 青です! 勝者は冒険者クラスのパルポ・ヘマーソン君です!』
落ちこぼれ冒険者クラスのまさかの番狂わせに、ギャラリーの歓声が巻き起こる。
『えー、審査員からのコメントです。「商業クラスの完全自立型防衛兵器の方は、標的が倒れた後も数発ずつ追撃を行っており、それを減点対象として判断した」との事です』
成程、これは魔法の発動速度とその正確性を計る競技だ。空撃ちは当然減点対象となる。
「4本の銃口から発射された魔力弾は、全く同時に標的に着弾する訳じゃない。考えてみれば単純な話よね」
ミーシャはそう言ってウインクをする。
「……勝った」
「ああ! お前の勝ちだ! すげぇぞパルポ!」
「魅せるじゃねぇかちび助!」
「やるじゃないパルポ!」
「うふふふ。見せてもらったわよパルポちゃん」
俺たちは戻って来たパルポを歓声と共に出迎える。パルポの放った魔力弾は木の標的をギリギリ倒せるぐらいの威力しかない、モンスターとの戦いでは牽制にすら使えるかどうかわからない。
だがこれはそう言う競技だ。文句なしにこの勝負はパルポの勝ちだ!
「すっすごい! すごいですよ! パルポくん!」
コモレ先生は涙目になってそう喜ぶ。引き分けを大金星と言うのならば、勿論勝利したこともこれが初めてだろう。
コモレ先生の喜びっぷりに、他のクラスメイトも何か感じ取ったものがあるのだろう。それまで全くやる気の無かった連中もザワザワと騒ぎ出した。
「くくく、次は俺の番って訳か」
勝負はこれで、一勝一引き分け。これで俺が負けてしまえば、魔法威力試験のサドンデス勝負になってしまう。
それはすなわち、俺たちの負けだ、俺専用の試作型魔法威力増大装置はそう何発も連続して打てるようにはできちゃいない。
「ナックス!」
カーヤがお手製の装置を俺の右腕に装着してくれる。突貫作業で作り上げたそれは外装未装着の内部機構がむき出しのもの。
俺は右手に巨大な大砲を装着して、競技会場へと歩いて行ったのだった。
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