第10話 唸れ必殺ファイヤーボール

 白線の引かれた競技会場に立つ。10mほど先には、高さ3mは在ろうかと言うストーンゴーレムが標的として立っていた。


 本来ならば、初級魔法であるファイヤーボールでは、あのレベルのストーンゴーレムには表面に焦げ目をつけるのがやっとであろう。アレの破壊は中級魔法、いや上級魔法でも難しいかもしれない。


「だが、俺にはこれがある」


 俺は装着感を確かめるように、右腕を軽くさする。試し打ちどころか、試運転すらしたことのない、正にぶっつけ本番のこの装置だが、俺はカーヤを、いやカーヤの努力を信じている。

 アイツはこの掃き溜めの様なクラスの中で、1人黙々と自分の夢の為に頑張っていた。


(同じ夢見る者同士、響き合うものがあるってか)


 俺の夢はハーレム王。カーヤの夢は親父さんに楽をさせること、と多少の違いは在るが、そんなものは些細な事だ。


「いやーどうも、何かすごいものを付けてるねぇ」


 俺から遅れる事暫し、俺の対戦相手が横に立つ。


「僕は、レミット・マカデミッツ。お手柔らかに頼むよ」


 レミットと名乗った男は、薄い金髪に眼鏡を掛けた優男だった。奴はそう挨拶をした後右手を差し出そうとして、そのまま右手で頭を掻く。


「ああ、すまんね。見ての通り右手は塞がってるんだ。俺の名前は――」

「ははっ、君の事なら知っているよ、色々と有名人だよ君」


 ふむ、そうか。まぁ俺ほどの男となれば、耳目を集めてしまう事も仕方がない。まぁ男の視線を集めても嬉しくとも何ともないが。


「ところで、お前さんは何も装備を持ってきてないのか?」

「ああ、僕の所は先行逃げ切りで勝負を決めるつもりだったからね。道具としたらこんなものさ」


 レミットはそう言って腰から一本の短杖ワンドを引き抜いた。


「それは?」

「見ての通りただのワンドさ」


 奴はそう言ってウインクをする。

 ……胡散臭い、ミーシャレベルに胡散臭い奴だ。

 おそらくは俺のものと同じ魔力増幅装置の一種だろうが、どんな仕掛けがあるのかは分からない。


「まぁいいか、俺はこいつを信じるだけだ」


 クラウディア家の親子合作の一点もの。俺専用にカスタマイズされた特注品。コイツに俺の夢が掛かっている。


『それでは両者準備は出来ましたでしょうか!』


 出場者紹介が終わり、カウントダウンが開始される。俺は装置を起動させ、静かに目を閉じその時を待つ。


『それではーー』


 装置は静かな駆動音をたて、ゆっくりと眠りから目を覚ます。


『競技開始です!』


 合図と共に目を開き、砲門を標的に向けるその時だ。


「お先に失礼」


 レミットはそう言うと、ワンドを両手で握りしめ上段に構える。


「?」


 それはまるで、剣を持っている様な構えで――


「全力全開! 行くよ!」


 レミットの掛け声と同時にワンドの先から光の刀身が現れる。奴は大きく振りかぶったそれを一気に振り下ろした。


『おおーっと凄い! 何と無詠唱で発動したぞ!?

レミット君の放った光の斬撃が一直線に飛んでいきーー!』


 サクッとそれはその威力に反してあまりにも軽やかな音だった。


『凄い! 真っ二つだーーー!』


 石造りの大巨人は真っ二つに切り裂かれた。


 ★


「くっ!」


 レミットは観客からの歓声にこたえて手を振っている。


「まだか、まだかまだか」


 魔力増幅装置は静かなうなりを上げるだけで、一向にチャージが完了しない。

 だが、動いていないと言う訳では無い。右腕を中心に、全身の力が吸い取られるような感じがする。


 俺が何時まで経っても何もしない事に対して、観客のざわめきが別のものへと変化していく。

 それは揶揄、それは中傷、あるいは侮蔑。


「だーっちょっと待ってろ!」


 俺はハーレム王になる男だ、この程度の逆境なんぞは修業時代に比べれば屁でもない。


『……カウントダウンに入ります』


 アナウンサーが硬い声でそう言った。

 くそっ、ヤバイ、流石にぶっつけ本番じゃ分が悪かったか、だが、これには威力を重視する代償として使用回数に制限がある。

 試し打ちなんてする時間も余裕もありはしなかった。


『5』


 まだ、まだだ。


『4』


 ランプが、ランプが。


『3』


 ついた!


『2』「いくぞおらーーー!」


『1』「紅蓮の炎よ! 眼前の敵を焼き尽くせ! 必殺! ファイヤーボーーール!!」


 カチリとスイッチを入れた瞬間だ、俺の体に物凄い衝撃が襲い掛かる。それはまるで、修業中に食らったジャイアントボアの一撃の様な、体の芯まで響く一撃だった。


 ★


「げほっ、げほっ、どっ、どうなった?」


 砲撃の反動ですッ転び、ほこりまみれなった俺は、痛む右手を抱えながらよろよろと起き上る。


「あれ?」


 目の前には真っ直ぐに抉れた地面があった。

 いや、それしかなかった。


『すっ、すっごおおおおおおい!』


 今日一番の大歓声が沸きがある。


『凄い! 凄い! 凄い威力だー! グラウンドを真っ二つに切り割った紅の光線が、一瞬でストーンゴーレムを蒸発させたー!

 勝者! 青! と言う訳で一回戦突破はなななななんと! 冒険者クラスでーーーす!』


 アナウンスが高らかに鳴り響き、再度大きな歓声が巻き上がる。


「うおおおおっしゃあああああ!」


 やった、やったやったやってやった。肝心かなめの場面は残念ながら見れちゃいないが、そんなものは些細な事だ。


「勝った! 勝ったぞーーー!」


 雄叫びを上げ両手を高らかに天に捧げる。流石に右肩に少し違和感はあるが、まぁ大したことじゃない。

 この程度の傷みでどうにかなっていたら、修業時代は乗り越えられなかった。


「ひゃっほーーい!」


 俺はカーヤたちの待つ応援席へと駆けていく。


「ひっひぇええええん! 初めてのにかいせんですよー!」


 真っ先に出迎えてくれたのはコモエ先生だ、彼女は目に大粒の涙を浮かべながら、俺に抱き付いて来た。


「うはははははー! どうだ! これが俺の実力だ!」


 俺はコモエ先生を肩車しながらグルグルとその場を回る。


「ふえええええん! みんなすごいですよーーー!」

「うはははははは! 泣け泣けばいいさ! だが俺の狙いは二回戦突破等と言うちゃちなものじゃ無い!」

「ふえええええん! 今ならその大口もゆるしますーーー!」

「うはははははは! 俺はハーレム王になる男だ! 媚びとけ媚びとけ!」

「ふえええええん! 気味の悪い事いわないでくださーーーい!」

「うはははははは!」

「ふえええええん!」


 回る回るコモエ先生と俺。


「ちょっと、そこら辺にしておきなさい。コモエ先生、目を回しちゃってるわよ」

「ん? そうか?」

「はふ~~~~~」


 うを、マジだった。頭上でゲロを吐かれてはたまらない、俺は速やかに彼女を下ろす。


「お疲れ、ナックスちゃん。腕は大丈夫?」

「ああ、別にこれくらいなんともないぜ!」


 俺はそう言って、右手をグルグルと回してみる。


「まったく呆れた頑丈さね」

「そうか? まぁハーレム王になる男だからな」


 このぐらいで故障していたら持たないのである。何がとは言わないが。


「そっ、分かったわ。ともかくそれ外すわよ。メンテしなくちゃ」


 顔に大量の疑問符を浮かべたカーヤがそう言って魔力増幅装置、いや、栄光の手を外す。


「そうか、まぁ大事に扱ってくれたまえ」

「なーんでアンタが偉そうにしてるのよ。これを作ったのはウチと父さんよ」


 カーヤはブツブツと何かを呟きつつも、栄光の手のメンテナンスを始めたのだった。

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