第7話 事前準備はお早めに
戦いは始まる前に終わっている。それは師匠との修行の日々で学んだことの一つだ。
「ふーん、試験は2ブロックの勝ち抜き戦ねー」
Aブロックは聖騎士クラスがシードで、従騎士クラスと行政クラス
Bブロックは魔術師クラスがシードで、商業クラスと冒険者クラス
「要するにお客さんは聖騎士クラスと魔術師クラスの決勝が見たいってか」
全てに優れた聖騎士クラスと魔法に秀でた魔術師クラス。その戦いが何時ものメイン、その他はただの噛ませ犬と言う所だろう。
「商業クラスなら、勝ち目あるんじゃないの?」
「ふふ、確かに行政クラスと商業クラスは筆記試験の成績が最も重視されるクラスだわ。けど他が劣るとは思わない方がいいわよ?」
「そりゃ何で?」
「当たり前じゃない。十分な知識を蓄えていれば、それにほんのひと匙の実力を咥えるだけで、彼らは大化けするわよ」
成程、机上の空論をこねくり回している連中と馬鹿にするのは愚の骨頂と言う訳か。まぁ将来はルールや商品を作ったり取り締まったりする側に立つ連中だ、魔法について全く無知な連中なんて使い物にならないだろう。
「しかしまぁ、いきなり魔術師クラスとぶち当たるよりは、はるかにましって事には変わりないな」
「まぁそうね、それは否定しないわ」
「……あんた達、何考えてるのよ」
頭を突合せる様にヒソヒソと会話を交わす俺とミーシャを訝しがったのか、カーヤが声をかけて来る。
カーヤとしても、将来希望するクラスとの戦いだ、気負わずにやれと言うのは無茶と言うものだろう。
「そうだな、この中ではカーヤが一番商業クラスについて詳しいだろう、ちょっと説明してくれないか?」
敵を知る事は戦う上で何よりも重要な事だ。俺も師匠の風呂を覗くのにどれだけ労力を注いで来た事やら。
「まぁ、いいけど」
カーヤは一瞬微妙な表情をした後、そう言って説明をしてくれた。
商業クラスは、その名の通り商いを勉強するためのクラスである。だが、一言に商いと言ってもその範囲は商品開発から販売、経営まで幅広い。アカデミーではその全てにおいて体系的に勉強することになるのだが……。
「こんな競技に出て来るのは商品開発部の連中でしょうね」
「ふむふむ」
経営などに興味がある連中が関心を持つとすれば、この闘技大会の裏方の方という事らしい。
「その反面商品開発に興味があるのは実践主義の現場主義。選りすぐりの秘密兵器を携えてニコニコ笑顔でやってくるはずよ」
「ふむふ、ってそんなのありなのかよ」
「魔道具の作成は禁止されちゃいないわ。彼らにとっては絶好のアピールタイムよね」
それは中々に面倒くさい相手になりそうだ、一回戦から不安大爆発である。
「じゃあ買収って訳にはいかないわよねー」
「当ったり前じゃない、商人ならばそんな目先の金よりも自分の技術を売り込む方がよっぽど大事よ」
「……脅迫?」
「脅迫って何するつもりなのよ!」
「まぁまぁ、これはただのブレインストーミングだぜ、俺たち弱者が大物食いをやろうってんだ、出せる案は全て出して行こうぜ」
パルポの呟きにカーヤが目くじら立てて食いついた。やれやれ全く頭の固い奴だ。
「じゃあ事前に奴らのラボに忍び込んで、ちょっくら細工を仕込むってのは……嘘です冗談です、ごめんなさい」
ふぅ、何て鋭い眼光をしやがる、カーヤの奴ただ者じゃねぇな。まぁそれでこそ俺のハーレムに相応しい人間だと言えるのだが。
「ふふふ、事前の妨害工作は、カーヤちゃんはお気に召さないのよね。それじゃー何かいい案はある?」
「……無いわ、正々堂々と勝負するべきよ」
うーん。まぁカーヤの立場になってみれば分からん事も無い。将来自分が行くクラスにそんな訳の分からん真似をしたら居づらいってものじゃ無いだろう。
「じゃあやるべきは俺たち自身の強化か?」
とは言っても、試合は明日だ、今日一日でそんなパワーアップなんて出来やしない。
「カーヤ自身はどうなんだ? 魔道具を使う予定なのか?」
「いや、ウチは使わないわ。ドワーフにとっては己の指先こそが最高の道具。こればっかりは譲れないわ」
カーヤはそう言って拳を握る。
「んー、それじゃー俺の為に何か道具を作ってくれないか?」
ずうずうしい頼みだが、これはカーヤにとってのアピールポイントにもなる。
「……そうしたいのは山々だけど、流石に時間が無いわね」
「頼む、このままでは勝ち目がない、無理を承知でそこを何とか!
安全性なんて二の次で良い、一発限りのものでいいんだ」
俺は床に頭をこすりつけながらそう頼む。
「ちょっ、止めてよナックス」
カーヤはアタフタとうろたえるが、俺にも今後の人生が掛かっているんだ。初戦敗退なんてしていたら何時まで経ってもエリートコースの道は開けない。
「……父さんに聞いてみれば何とかなるかもしれないけど」
カーヤはぼそりとそう呟いた。そう言えばこいつの親父さんは鍛冶職人で寮に入らず家から通っているという話だったような。
「それじゃ話が早い! とっととカーヤの家に行こう!」
明日の試合まで時間が無い、今夜は徹夜になるだろう。
★
「でっ? なんだお前さんたちは」
ギロリとギョロ目で出迎えてくれたのはこれぞドワーフと言った感じの赤い顔した髭面の男性だった。
カーヤの実家は貴金属からファンシーな小物まで雑多に取り扱っている店と言った印象だ。親父さんのゴツイ指からどうしたらこの様な繊細な作品が作り出されるのか不思議なほどである。
「父さん、説明するわ」
カーヤはそう言って俺たちの事と明日の競技について説明してくれる。
「ふーむ、安全性を度外視ねぇ」
「はい、体の丈夫さには自信があります」
伊達に師匠の体罰を受け続けていた訳じゃない。炎に電撃、冷気に重圧、あらゆる責め苦は受け倒している。
「とは言え、一発限りと言う訳にはいかんだろう」
「まぁそれはそうですが」
商業クラスを勝ち抜けば、魔術師クラスとの準決勝、そして聖騎士クラスとの決勝が待ち構えている。
「少なくとも3発は行かなくちゃならねぇって事か」
親父さんはブツブツと呟きながら書類棚をがさごそと探る。
「あったあったこれだ」
「父さん、それは?」
「これは一般的な魔力増幅装置の設計図だ。ここのリミッターをこうしてだな」
「うん、うんうん」
カーヤと親父さんは何やら専門的な事を話し合っている。
「ねぇ、レックスちゃん、私とんでもない事を忘れてたんだけど」
「ん? どうしたミーシャ?」
「これを組み立てるのはカーヤちゃんなのよね」
「まぁそうだな、流石に市販品や生徒以外が作ったものを使うのは反則だ」
そんな事を許可したら聖騎士クラスが金にモノを言わせて大変な事になる。
「そんな事をカーヤちゃんにさせて、カーヤちゃん自身は大丈夫なの?」
「あ……」
今から組み立てるとしたらどう考えても徹夜仕事になるだろう。するとカーヤはその状態で正確性競技と言う極度に集中力を必要とする競技に出なくてはいけなくなる。
「はっ、ウチを舐めないでよね2人とも」
俺たちの話し声が聞こえていたのか、カーヤは不敵な笑みを浮かべてそう言った。
「こちとら街工場の娘よ。徹夜の一晩や二晩、なんてことはないわ」
赤ペンだらけの設計図を手にしたカーヤは自信満々にそう言ったのであった。
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