第28話 外敵混入
「くそっ! 何なのよこいつ等!」
ディアネットたちは襲い掛かってくるモンスターと乱戦状態に突入していた。生徒が聞かされていた事前情報では、ゴーレムのような魔法生物がガーディアンとして配置されているという話。だが襲い掛かって来るのはゴブリンやオーガ等のれっきとしたモンスターだ。
「聞いて無い! 僕はこんな事聞いて無いぞ!」
「あーもう! しっかりしなさいよリッカルド! あんたこのパーティのリーダーでしょ!」
「分かってる! 分かってるさそんな事!」
リッカルドはそう叫び剣を振るうがその剣筋は大きく乱れている。
いくら剣の腕が立とうとも実戦ではなにより胆力が物を言う。相手はただの雑魚モンスターだ、だが例え拙い攻撃であっても命を奪わんと振るわれるその剣には、練習では味わう事の出来ない殺気というものがありありと籠っていた。
予想外の事態にリッカルドは慌てふためいた。いや、それはリッカルドだけの話では無い、リーダーである彼の焦りはパーティ全体に波及し、彼ら本来の実力からかけ離れた結果となっていた。
「キャッ!」
「モニカッ!」
乱戦の中、モンスターの攻撃は後衛にまで易々と届いていた。彼らは完全に包囲されていたのだ。
「くっ、しまった! 出過ぎたか!」
ディアネットが後悔しようと、敵は攻撃の手を緩めてはくれない。弓兵は距離を詰められ、魔法使いは詠唱を阻害される。
敵の攻撃が腰の引けた魔法使いに届かんとするその時だった。
「ファイヤーボール!」
ゴブリンの剣が振り下ろされるその瞬間。敵は紅蓮の炎に包まれた。
★
「くそったれ! 何やってんだお前ら! そんな雑魚どもにてこずってんじゃねぇよ!」
俺はファイヤーボールを連発しながら敵の包囲をこじ開ける。
敵はゴブリンを主体とした雑魚ばかり、落ち着いて対処すれば何という事の無い連中だ。
「って、ディアネットじゃねーか! お前が付いていながらなんてざまだ!」
「その声はナックス!」
周囲を見渡せる余裕を取り戻したお嬢様は、ようやくと俺の存在に気が付いた。
「引け! とにかく森の外に逃げるんだ!」
敵の総数が分からない今、この場でとどまり続けても良い事なんてありはしない。
「ええそうね、撤退! 撤退よ!」
「ディアネット!? 隊のリーダーは――」
「あーやかましい! 南西! 7時方向! 急げ!」
この後に及んで主導権争いをしているバカを抑えて、俺は撤退の指示を出すと同時に、敵包囲網にあけた穴を押し広げる
くそっ、こんな事になるんだったらロングソード持ってくるんだった。ってかあいつらは無事だろうな? なんで俺がエリート様のケツを拭いてやらなければいけないんだ!?
俺がこじ開けた穴からエリートバカどもはへっぴり腰で逃げていく。ったくとろい奴らだ、そんなんじゃ師匠のシゴキになんて耐えられねぇぞ?
「大丈夫か! 立てるか!」
「えっええ、ありがとう」
俺は倒れ込んでいた魔法使いの姉ちゃんを引っ張り起こす。
「お礼は帰ってからだ! おっぱいひと揉みでゆるしてやるよ!」
先に行けとチップ代わりにケツを叩く。柔らかく、しかし程よく芯のある良いケツだった。何としても生かして返さなくてはいけない。
「何故君が指示を取ってるんだ!」
「やかましい! そんな場合かこのぬけさく!」
さっきまでアタフタしながら剣を振るっていた……あー忘れた! 野郎の名前なんざ覚えてられるか! たしか俺が金玉つぶしてやったいけ好かないイケメン野郎だ!
とにかくそいつが急に元気を取り戻してしゃしゃり出始めた。
「君なんかに指図される謂れは無い!」
「しるかこの金玉野郎! 今はそんな時じゃねぇだろが!」
「きっきんた!?」
「ぷっあはは」
「ディアネット! 何がおかしいんだ!」
金玉野郎は顔を赤らめながらも剣を振るう。ようやくと無駄な力が抜けて来たみたいだ。
「とにかく逃げるんだよ! 逃げるが勝ちだ!」
「そんな事は分かってる!」
そんな事は分かってるか、やはりこのアトラクションは運営サイドが予定したものとは違うようだ。
おそらくは運営サイドにほど近いであろうこいつがこんなにあせっていることがその証拠だ。
「ハイハイ! ダッシュダッシュ! でなきゃ追いつかれちまう! って遅かったか!」
俺がやって来た方向から敵の援軍が訪れる。やはり捲き切るのは無理だったか。
「ってなに! 相手はゴブリンだけじゃないの!?」
そう、俺のお客さんはちょっとばかしバラエティに富んでいる。リザードマンやオーガと言ったちょいとばかり手のかかる雑魚敵たちだ。
「ここは俺が何とかする! お前らは先に逃げろ!」
あのいいケツした魔法使いちゃんの足はとろそうだった、ここは殿が必要だ。
「君なんて赤の他人にそんな重要な事を任せられるか!」
「あーさっきからうるせぇなこの金玉野郎! テメェはリーダーだって言うんなら先に行って道を切広げやがれ!」
「さっきから下品な物言いは止めてくれないか! 僕の名前はリッカルドだ!」
「どうでもいいんだよそんなこた!」
金玉野郎は一々俺に咬みついて来る。そんな元気があるのならとっと逃げやがれって言うんだ。
「リッカルド、彼の言うとおりだわ」
「ディアネット!? 君もか!」
「私と彼で殿を担当するわ、貴方はモニカたちをお願い!」
ディアネットは金玉野郎にそう強く言う。奴は歯噛みをしながらもその提案を受け取った。
★
「ったく、お坊ちゃんはしょうがねぇな!」
「そう悪く言わないであげて、私だって実戦は初めてなの」
俺とディアネットは互いに背中を預合いながら、敵の攻撃をしのぎ切る。
攻撃力はあー、そのー、なんだー、ディアネットの方が正直上だ。まぁそれは装備の差によるものだろう。彼女の持っているのはピッカピカの由緒ありげなロングソード。俺が持っているレンタル品のショートソードとは訳が違う。
一撃の重さはディアネットの方が上だが、俺はその分手数でカバー。ショートソードの回転の良さに加えて、蹴りや目つぶし、魔法攻撃、ありとあらゆる手段を使う。
「貴方随分と器用なのね!」
「はっ? 何がだ!?」
何が楽しいのかニコニコと笑いながらディアネットはそんな事を聞いて来る。
「片手で剣を振りながら、片手で魔法を撃って、あまつさえあいた足で蹴りまで出してるじゃない」
「なんだ、そんなことか」
これも師匠のシゴキのたまものだ。自分の持てる全ての力を十二分に発揮しなければ生き残れないような状況に俺はよく置かれてきた。何も知らない農家の三男坊に一体何を仕込もうと思ったのかあのおっぱいモンスターは。
「まぁ師匠ならこんな小手先の技なんて使うまでも無いんだけどな」
「貴方の師匠ってどんな人なの?」
「理不尽な強さを持ったおっぱいモンスターだよ! 体は一級品だが性格の悪さも一級品だ!」
俺とディアネットは無駄話を挟みつつも、ジリジリと後退する。敵の注意は十分に引きつけている。金玉野郎たちの後を追っていったものは居ないだろう。
「時間を稼ぐのはもう飽きたわ、私たちで敵を一掃しない?」
幾分先が見えた頃、ディアネットはそんな事を口走った。
おいおい、何だこの血の気の多いお嬢さんは? とんでもない事を言い出したぞ?
「残念ながらそれはノーだ。ここにいる雑魚どもはともかく、後にとんでもない奴が控えている」
「それって?」
ディアネットがそう言った時だ。そのとんでもないものが遅ればせながらやって来た。
「なんだ? 何を遊んでいるのだお前たち」
「ちっ、きやがったか」
黒い甲冑に赤黒い大剣。額に生える禍々しい角に背中には大きく広がった皮膜の翼。
「うそ、あれって」
「ああ、間違いない。ドレイクだ。今の俺たちじゃ勝ち目はない」
強化されたストーンゴーレムを一撃で屠った恐るべき敵。ドレイクの姿がそこに在った。
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