第29話 イレギュラー

 モンスターに数あれど、ドレイクはその最上位に位置するものの一つだ。彼らは竜のごとき角と翼を持ち、自らが持つ魔剣の力によって、時に竜の姿へと変身する。

 あの特別品のストーンゴーレムを一撃で破壊したことと言い、こいつはドレイクの中でもさらに上位の奴だろう。


「なぜ、ドレイクがこんな所に」


 ディアネットはカタカタと歯を鳴らしながらそうもらす。


「大丈夫だ、奴にとって俺たちは敵ですらない」


 俺は彼女に小声でそう呟いた。奴にとって俺たちなんか地面を這う虫けらに等しい存在だ。一々手に掛けることすら億劫に思う……はず。だったらいいな!


「そこの人間」

「はっはい! なんでございましょう!」


 ディアネットが何か言う前に俺は全力で下手に出る。


「ふっ、貴様は先程我の姿を覗いたものだな」

「はっ、はい。その節はどうも」


 覗いたも何も、アンタが突然現れたんだが。


「取るに足らない雑魚どもとはいえ、この我が差し向けた追手から逃げ延びるとは中々に見どころのある奴だ」

「いえいえ、自分なんてとてもとても」


 こんな奴に目を付けられてはたまらないと、俺は全力で首を横に振る。


「我はとある探し物をしている」

「はっはい! それはなんでしょう? お力になれるのならば喜んで!」


 最上位のモンスターの前にプライドなんてへの役にも立ちやしない。俺は全力で媚びを売った。


「この辺りにあると、占いでは出たのだがな……我はとある人物を探している」


 奴は小首を傾げながらそう言った。


「人物ですか?」

「ああ、とある貴人のご子息だ」


 とある貴人の子供? それもこいつのような上級ドレイクが直接探しに来るような?

 悪い予感がびしばしと高まってくる。


「この森は自分たちの学び舎のすぐ裏の森です、こんな場所にその様なお方が居るとは聞いたことはございませんが……」


 その何某とやらのお子さんが人間に捕えらえたとしても、こんな無防備な森に封印されている訳がないだろう。どこのどいつが占ったかは知らないが、適当なガセネタを掴まされたに違いない。


「ふむ……そうであろうな」


 奴はそう言うと、何かを考えるように顎に指をあてた。

 そうだそうだ、そうに決まっている、間違いと分かったのならとっとと帰ってくれ。ってかモンスターの大物が王都のど真ん中にホイホイ転移して来るんじゃねぇよ! いったい何処のバカが転移ゲートを開いたんだ!


「あの女狐め適当な事を? いや……」


 奴はブツブツと独り言を言って考え始めた。


「おい、今のうちだ、逃げるぞ」


 俺はディアネットにそうささやく。


「えっ、でも」

「デモもくそも無い。俺たちじゃどうしようもない相手だ」


 栄光の手があれば、一撃ぐらいは食らわせられるかもしれないが。俺の見立てではそれで仕留めきれるかどうか難しい所。

 こんな化け物は師匠クラスの人材の相手だ。俺たちみたいなペーペーの出る幕じゃない。


 気配を殺しそーっと逃げようかと思った時だ、瞬間移動かと見間違うような速さで、奴は一瞬にして俺たちの前まで飛んできた。


「おい、何処に行くつもりだ貴様」

「あっあはははは……」


 背中には滝のような汗が流れる。だめだ、完全にロックされちまっている。朗らかに笑い合って「それじゃあまた明日」と言えるような雰囲気じゃない。いや明日会うのもごめんだが……って言うか二度と会いたくない、早くどっかに行ってくれ。


「貴様には妙な気配を感じるな」


 奴は俺をジロジロと観察しながらそう言ってきた。


「なっ、なんでしょうか。私は何処にでもいる平凡な人間です。

 そんな事よりもドレイク様。ここはその人間の王都です、これ以上貴方様のような強大な方がいらっしゃると、とても面倒な事になると思うのですが……」


 俺は全力の愛想笑いでもってそう諭す。面倒な事と言うレベルでは無い。ドレイクと言えば人類の敵の筆頭だ、しかもこれ程強力な敵となれば国の一大事。

 もうすでに使い魔からの映像が運営サイドに伝わって、本職の皆さんが剣を鞘から引き抜きながら、全力ダッシュで駆けつけている頃だろう。


 だが、このクソドレイクは俺の言う事なんかまったく無視。何かを推し量る様に俺を見下した後――


「ふむ、少し試してみるか」


 そう言って左腕に禍々しい魔力を貯めはじめた。


「逃げろ! ディアネット!」


 俺は咄嗟にディアネットを突き飛ばす。

 それと同時の事だった、奴の魔力を帯びた一撃が俺の胸に突き刺さった。


「ナックス!」


 ディアネットの声が遠く聞こえる。冗談みたいな威力の一撃を食らった俺はゴム毬みたいにはじけ飛ぶ。

 あちこちに体中をぶつけながら大木に当りようやく止まったと思いきや。奴は俺の目の前にいた。


「耐えてみるか?」


 奴はそう言ってタップリと魔力のこもった左腕を高らかに天に掲げる。くそッたれだ、さっきの一撃は、奴にとってはポンと胸を押しただけ、攻撃ですりゃありゃしない。


「深淵より、鳴りわたる雷鳴よ――」


 んなもん食らってられっか! 俺は体中の傷みを無視しながら咄嗟に背にした大木の裏に回り込む。


「――食らい尽くせ」


 だが、その先に奴はいた。左腕にはバチバチと唸る黒き雷光。呪文詠唱は既に完了している、逃げ場なんか何処にもありはしない。


「サンダーストーム」


 その言葉と共に奴の腕が振り下ろされる。そこから迸るのは漆黒の稲光、上級雷系魔法の一撃が俺に容赦なく叩き込まれた。


 ★


「ナックス!」


 視界を覆う雷光に目を細めながらもディアネットはそう叫ぶ。黒き雷光は一瞬にして森を焦土と代えたのだ。


「うそ……ナックス」


 ディアネットは口から自然にそうもらし、力無くぺたんと座り込んだ。次は自分の番、そんな考えさえ浮かばない、真っ白な頭の中には自分を突き飛ばしたナックスの姿が焼き付いていた。


「死んだか……違ったな」


 ドレイクはそう呟き、黒焦げになったナックスを足蹴にする。

 ナックスの死体はパチパチと火種の燻る森を転がって行った。


「そこの娘」


 ドレイクは、地面にへたり込むディアネットに向けて言葉を発する。

 だが、ディアネットはそんな事は見えていないように呆けた表情をしていた。


「ショックを受けたのか? まったく人間というものは脆い生き物だ」


 ドレイクはそう言って、ナックスの死体を踏み越えながらディアネットへと近づいて行く。


「おい、聞こえていないのか娘」


 ドレイクは苛立ったように声を上げる。

 ここが人間の支配領域と言うのは確かだろう。先ほどから何匹もの使い魔が飛んできているし、森の先からは大勢の人間が近づいて来る気配がする。今ここで人間たちとの戦端を開くのは得策では無い、だが手ぶらで帰るのもそれはそれで癪だ。この娘から情報を引き出し、少しでも手がかりを得て帰還しよう。

 彼はそう考え、ディアネットへと近づいて行った。


「惚けておるな、いったん持ち帰って」


 彼がそう言い、ディアネットへての伸ばしかけたその時だ、彼の首筋にチクリとした衝撃が走った。


「くっそ硬ってえ! いったい何食えばそんな体になるんだ!」


 彼が振り向いたその先には、ショートソードを両手でしっかりと握りしめたナックスの姿があった。

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