第5章 最後の戦い

第26話 森の前にて

 アカデミーの背後に立地する広大な原生林の片隅に俺たちの姿はあった。鬱蒼と茂ったその森は原生林と言うだけは在り碌な手入れもなされておらず、かすかな獣道がたよりなく奥へと続いているだけである。


「こいつがお目付け役兼実況役の使い魔って奴か」


 この場所に案内された俺たちに渡されたのはふたつだけ。ひとつはゴール地点とプライズの場所が記された地図、そしてもうひとつがこのフクロウの使い魔だった。


「そうね、中々可愛らしいじゃない」


 ミーシャはそう言ってフクロウを優しく撫でる。俺にはその良さがさっぱり分からないが、見る人が見れば可愛いのだろうか?


「競技開始まで一時間、それまでに話を詰めるぞ」


 俺はそう言って地図を囲むように円陣を組ませる。

 地図は中々に詳細なものであり、これを見る限りでは確かに制限時間内にゴールまでたどり着くことは可能であろうと思われた。

 まぁそれも運営サイドが用意した障害物がどの程度かによって変わるものだが。


「ミーシャは地図を読めるんだったな」

「ええそうね」


 俺がパーティから外れた時の役割分担については昨日打ち合わせ済みだ。

 本来ならば、森の中と言えばエルフのジャレミの出番なのだが、このバカは地図が読めない。なので困った時のミーシャ様と言う訳で、何かと器用なミーシャに全てを任せる事にしたのだ。


「ここはこうなっているから、モンスターが――」


 俺は今までの経験を活かし、どの場所が危険かを説明する。まぁ今日の為に色々と準備がされているんだ、それほど強力なモンスターがうろついている筈はないだろうが、リスクは減らしておくに他は無い。

 ミーシャは俺の説明に対して地図にチェックを入れていく。

 真面目に聞いているのはミーシャだけでは無い、ジュレミのバカも何とか理解しようとちょくちょく質問を挟んでくる。俺はそれが頼もしくて、自然に笑みが浮かんでくる。


「いいか筋肉バカ、お前がこのパーティの最大火力だ、あらゆるものから3人を守ってやれ」

「はっはー。もちろんだぜ相棒」


 ジュレミはそう言って腕まくりをする。女の胴ぐらいあるその力こぶが、これほどまでに頼もしいと思った事は無かった。


「パルポはパーティの目だ、あらゆる危険を事前に察知しろ」

「……(こくり)」


 パルポはボウガンを構えながら無言でそう頷いた。

覗きで鍛えたパルポの視力は本物だ、どんな些細な変化も見過ごさないだろう。


「カーヤの土魔法は応用力が高い。ある意味では一番忙しい事になるかもしれないぞ」

「分かってるわ」


 カーヤはスタッフを両手でしっかりと握りしめながらそう言った。モンスターとの遭遇時だけではない。橋が崩れていたり、岩が道を塞いでいたりと、原生林では何が起こるか分からない。


「ミーシャはこのパーティの頭脳だ、あらゆる情報を処理して、行く先を決めなくてはならない」

「うふふふふ。任してちょうだい」


 ミーシャはそう言ってウインクをしてくる。得体のしれないオカマだが、その腕前と頭の切れは一級品。コイツになら全てを任せられるだろう。


「俺はこのルートでプライズを集めに行く。合流地点はこの場所だ」


 俺は地図の一点を指さした。ゴール地点から少し離れた場所におあつらえ向きの広場がある。そこで全ての決着をつける。


「分かったわ。そこに罠を仕込んでおけばいいのよね」

「ああ、頼んだ」


 重くてかさばる栄光の手爆弾は力が有り余っているジュレミに運んでもらう。俺の役目はくそッたれの戦闘用ストーンゴーレムO-850をそこまでまとめて連れてくる事だ。


「罠の仕掛け方は分かってるな?」

「ええ、昨日タップリレクチャーしてもらったもの。それにこの装置の製作者であるカーヤちゃんが傍にいるのよ。間違いないわ」

「まぁ、俺が昨日説明したのは基本的な罠の仕掛け方だ。この地図ではいい具合そうに見えるが、現場に行けば大違いなんてことは良くある話だ」

「その時はウチに任せて、土木仕事は土魔法の独壇場よ」

「そいつは頼もしい」


 栄光の手の製作者であるカーヤならば、最も効果的に爆発できるように仕掛けられるだろう。


「それよりナックスちゃんはその装備でいいの?」


 ミーシャは俺を見ながらそう言った。俺の装備はショートソード一本だけ、防具はなにも付けちゃいない。


「まぁな、ロングソードはかさばるし、皮鎧の重ささえ邪魔になる」


 俺はそう言って肩をすくめる。必要なのは攻撃力ではなく機動力。当たらなければどうという事は無いのだ。


「剣が一本あるだけで十分だぜ、師匠との修行の際は手ぶらでダンジョンの奥底に転移させられるとかしょっちゅうだったからな」


 おかげで逃げ足だけは鍛えられた。まぁ今考えると良く生きてるよな俺。


「そう、貴方がそう言うなら信じるわ」

「おう、存分に信じてくれ」


 俺はそう言って胸を張った後、改めてみんなを見回した。


「ジャレミ、お前は何のために戦う?」

「はっはっは。そりゃあ勿論お前の為さ相棒」


 ジャレミはそう言ってにかっと笑う。

この何処までも暑苦しい筋肉ダルマにはアカデミー入学当初からなにかと助けられた。

 まぁ俺が助けた回数の方がはるかに多いと思うので、そこは持ちつ持たれつと言ったところか。


「カーヤ、お前は何のために戦う?」

「それはもちろんウチの為よ、ウチは何としても商業クラスへ行くんだから」


 カーヤはきっぱりとそう言いきった。

 出会った時からそうだった、彼女は夢の為に一直線、いつだってぶれたりしなかった。

 自分の夢を力に変える強さ、それは俺も同じだ。

 見ている先は違えども俺たちは熱い友情で結ばれている。その友情が愛情になり俺のハーレムに加わってくれるのを待っているのだが、照れ屋なこの子は中々自分の感情には素直になってくれない。

 

「ミーシャ、お前は何のために戦う?」

「うふふふふ。最初はただの暇つぶしだったんだけどね。私としたことがナックスちゃんの熱気に当てられちゃったみたい」


 ミーシャはそう言って妖艶に笑う。

 相変わらず底知れないオカマだが、こいつの器用さには何時だって助けられた。人の尻を触りたがるのが欠点だが、それを補って余りうる様々な特技を持っている。

 出会った当初は、胡散臭さで一杯だった。いや、今でもそれは変わらないが、それでも全てを任せられるほど俺はこいつを信頼している。


「パルポ、お前は何のために戦う?」

「……理由なんてない……しいて言えば……必要とされたから」


 パルポはぼそりとそう呟く。

 この寡黙なコボルトは、俺でさえ目を張る様なスケベ魂を持っている。俺たちはエロで結ばれたいわばソウルフレンドだ。俺がハーレム王になった暁には専属カメラマンとして雇ってやるのも吝かでは無い。


「さて、それじゃー、ナックスちゃんは一体何のために危険を冒してまで戦おうとするのかしら?」


 ミーシャがニヤニヤと笑いながらそう聞いて来た。


「勿論決まってる、俺はハーレム王になる男だからな」


 俺はそう言って自分の胸を指さした。


 何処までも澄み渡った青空にポンポンと気の抜けた音が木霊する。スタート時間を示す花火の音だ。


「行くぞ!」


 俺たちは掛け声と共に、森の中へ突入した。

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