第4話 真昼の決闘
散々と大声で喋っていたので、俺たちの周りにはぐるりと人だかりが出来ていた。ディアネットは不敵な笑みを浮かべ、俺に最後通告を下す。
「貴方が許されることはただ二つ。今すぐこの場で謝罪するか、負けた後で謝罪するかよ」
「ふっ、俺が負けるとでも?」
「当たり前じゃない、落ちこぼれの冒険者クラスの人間なんかにこの私が負けるわけないわ」
ディアネットは自信満々にそう語る。その瞳は得物を見つけた狩人の様にギラギラと輝いている。
「くっそこのマゾ女め」
十重二十重と重なったギャラリーにより、逃げ場は完全に失っている。かと言って女に手を上げるのは気が乗らない、まぁあの
「話し合いで決めようじゃないか?」
「くどい! 私に二言は無いわ!」
聖騎士様はイライラとしているご様子だ、あの日かな?
「しょうがない、ルールを決めよう」
俺が決闘を受けるとなったら、ギャラリーから歓声の声が上がる。くそ暇人どもめ、他人事だと思って。ってよく見るとギャラリーの中に冒険者クラスの連中の姿も見える。
あっミーシャめ! 賭けの胴元なんてやってやがる! パルポはカメラ片手にコソコソと動き回ってるし、ふざけんなテメェら! 加勢しろ!
「さぁどうしたの、それ位ハンデとして譲ってあげるわ、さっさと言いなさい!」
テンションダダ下りの俺と違い、ディアネットのそれはうなぎ上り。ちゃんとカルシウム取ってる?
「ふっ、いいだろう、勝負の方法は……」
「方法は?」
「鬼ごっこだ!」
これならばお互い痛い思いはしなくてもいい、我ながら完璧な試合方方法だ。
俺がそう思ってると、ディアネットは盛大なため息を吐く。
「鬼ごっこ、鬼ごっこねぇ。まぁいいですけど」
うーん明らかにテンションダダ下りである、そんなに血が見たかったんだろうか?
「ハイハーイ、それじゃールールの確認よー」
パンパンと拍手をしながらいつの間にかこの場を仕切る
「勝負は昼休みが終わるまでの残り10分、それまでにえーっとそうねぇ、ディアネットちゃんはナックスちゃんからその手袋を奪い返せたら勝ち。これでどうかしら?」
「私は異存有りませんわ」
「……俺もねぇよ」
くくく、そうか、やはり我が友ミーシャ。勝敗のカギが手袋に限定されるのならば俺の勝ちは決まったようなものだ。
俺は、ディアネットの手袋を高らかに自らの手に装着した、女性用なのでちょっと窮屈だが、高々10分間仔細は無いだろう。
「ふっ、要するにあなたの手首をへし折ればそれで決着と言う事ですわね」
何それ怖い。一体どういう思考回路を持ってんのこの女。
「ハイハーイ、それじゃーお互い準備はオッケー見たいね。それじゃー、レディー!」
緊張が高まる、ディアネットは俺の手首だけでは無く全体にうっすらと視線を通している。流石腐っても聖騎士クラスと言う所か。
「ゴーッ!!」
ミーシャが戦いのゴングを鳴らす。それと同時にディアネットは神速の踏み込みで俺の懐へと迫って来た。
「ってはぇえな!?」
女と思って油断していた訳じゃない、この世の中には
だが、それを加味してもディアネットの動きは早かった。奴はあっという間に懐に潜り込むと。
「あっぶねッ!?」
そのまま軽いジャブを俺の顔面に叩き込もうとする。
俺は間一髪それをかわすと、何とか横っ飛びで距離を取る。
「あら、かわしますの」
「かわしますの? じゃねーんですけど!?」
「ふふ、ルールには打撃禁止なんてもの無かったですわよ」
ディアネットは余裕たっぷりにそう笑う。それよりなにより、後ろでミーシャが「アハハーゴメーン」と言う感じに大口開けて笑っているのが癇に障った。
「くそっ、結局格闘勝負じゃねぇか!」
しまった計算ミスだ! 逃げる最中に落っことしてしまったらいけないからと、手袋を装着してしまった事が裏目に出る。もし装着した右手でディアネットの攻撃を裁いたら、そのまま絡み取られて手袋を奪い取られかねない。
俺は右手を後ろに隠して、左手一本でディアネットの攻撃を必死にかわす。
閃光の如きジャブ。頭が吹き飛びそうなストレート。ほれぼれするようなハイキック。どれもこれもが超一流の技の冴えだ。
パシャリとカメラのフラッシュが光る。パルポの奴はキックの際にめくれるスカートの中身を見逃すまいと職人の目つきでカメラを構える。
「くっ」
シャッター音に気が付いたのか、ディアネットの動きが鈍くなった、よくやったぞパルポ! これで何とか一息つける!
「まったく貴方たちと言った人間は!」
「ふざけんな! 俺だったらパンツ見せてくれと堂々と頼む!」
「そんなところが!」
蹴りを封じられたことにより、逆に迷いがなくなったディアネットの攻撃は速度を増す。切れ味を増したストレートが何発も俺の顔面に突き刺さる。
前言撤回だ! くそ! パルポの奴余計な事をしやがって!
俺はディアネットの攻撃を裁き切れず次第にギャラリーの壁へと押しやられて行く。
時間はもうすぐ終わりだが、このままでは仕方がない、こうなったら最後の手段だ。
俺は後ろ手に隠していた右手を表に出し――
ズボリとズボンの真ん中に挿し込んだ。
「なっ! 何をしてますの貴方ーーー!」
「ふっふっふ、我が鉄壁の防御陣、破れるものなら破って見ろ」
さっきからチクチクといいパンチを食らい過ぎて頭がフラフラしてきているのだ。最終手段に頼ってしまうのも無理が無いと言う所。
「さあ! さあさあさあ! お前の欲するものはここにある!」
俺は腰を前に突き出すようにしてそう叫ぶ。
「いる訳ありませんわ! そんな汚いもの!」
奴はそう叫ぶと、したたかに俺の股間を蹴りあげた。
★
「ふっ、勝ったぜ」
「この内容で勝ったと言い切れるのが、ナックスちゃんの凄い所よねー」
下半身から発生する激痛に、背筋を丸めつつ地面に横たわってる俺に、ホクホク顔のミーシャが話しかけて来る。
「何とでも言え、勝ちは勝ちだ」
脂汗が滝の様に流れおち、目に染みてしょうがない。
……潰れてないよね?
訳の分からない因縁を付けて来たディアネットを、俺の輝かんばかりの頭脳で撃退することに成功した。こうして冒険者クラスにはナックスありと、俺の名声はアカデミーに轟いたのだ。
俺はまた一歩ハーレム王への道が近づいた事を感じつつ。激痛を発する股間をいたわるのであった。
★
「くそあの男!」
ハンデのつもりなのかアイツは最後まで片腕だけで戦った。しかも一発の反撃もすることなく、回避力とタフネスだけで私の攻撃をしのぎ切ったのだ。
最後のアレは、まぁアレだけど。アレが無くても時間切れで私の負けだった可能性は大いに高い。
「私に花を持たせたつもり?」
ああすることによって私は勝負に勝って試合に負けたふうにギャラリーの目には映るだろう。
「ああもうムシャクシャする!」
私は栄光あるオルタンス家の名を汚さぬためにこのアカデミーにやって来たのだ、女だてらと馬鹿にされずに、正々堂々このアカデミーの主席を守って卒業する、そうして聖騎士となる事が私に課せられた使命なのだ。
「それが、あんな何処の馬の骨とも分からない変態に……」
ギリリと歯を食いしばる。付けられた借りは真っ向から百倍返しにしてやらなくてはならない。
「ナックス・レクサファイ」
その男の名は私の心に刻み込まれた。
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