第5話 栄光への切符

「まったく、アンタってば何してんのよこのド変態」


 ディアネットとの死闘を終え、教室に戻った俺を出迎えたのはカーヤの暖かな労いの言葉だった。


「おお、お前も話を聞いたのか? 大丈夫だいつでも俺のハーレムに入れてやるぞ、俺も何時までも貧乳属性を毛嫌いしていては駄目だと反省してな」


 日課のレディウオッチングをしていた時に気が付いたのだ、おっぱいに貴賎なしと。

 そう幾ら俺が巨乳派だからと言って、貧乳属性に光を与えないのは不公平と言うものだ。

 毎食毎食こってり肉料理ばかりでは飽きがきてしまう、ささやかで淡泊な貧乳もそれはそれで大切なものだろう。バランスの取れた食生活、それが長生きのコツだというのならバランスの取れたおっぱい生活も健全な精神には必要なのだ。

 掌で抱えきれないほどのおっぱいには確かに夢が溢れている。だが掌でつ詰め込んでしまえるおっぱいには希望が溢れている。おっぱいはおっぱいなのだ。重要なのは感度であり愛なのだ。

 自らの過ちを素直に認める、その度量の広さもハーレム王には必要不可欠だ。


「だーれが入るかそんなもん」


 カーヤはそう言って俺に汚物を見る様な冷めた視線を向けて来る。

 まったく素直じゃない奴め。俺が聖騎士クラスの連中に一泡吹かせたと聞き、胸を高鳴らせている事なんぞ先刻お見通しだ。


「そんな戯言はどうでもいいから、これ以上問題を起こさないでちょうだい」


 カーヤは俺をキリとした目で睨みつけながらそう言ってきた。


「なんだよ、俺は降りかかる火の粉を払っただけだぜ?」

「おバカねアンタ、喧嘩を売る相手を考えなさいって言ってんのよ」

「何言ってんだ、ハーレム王の前では全てのおっぱいは平等だぜ?」

「ほんっっっっと、度し難い馬鹿よねアンタ。いい、聖騎士クラスはこのアカデミーの中枢を担っているわ。そこと問題を起こして、今後の進路に差し障ったらどうするつもりなのよ」

「む……」


 それはいけない。俺が羽ばたくにはこの冒険者クラスと言う翼は小さすぎる、俺にはもっと大きな翼が必要なのだ。


「いい、これはアンタ1人の問題じゃないの。クラスみんなに迷惑がかかる事なのよ」

「んー、ディアネットはそんなケツの穴の小さな女にゃ見えなかったけどなー」


 これは実際に奴の拳を食らったものだけが分かる実感だろう。奴は自分の拳にプライドを持って攻撃して来ていた。俺が最終手段を持ち出さなければ、あの時勝負に負けていたのは俺だったのだろう。

 それに気の強い女は……おっと失礼、紳士にあるまじき発想をしていた。


「彼女にそのつもりは無くて、その取り巻きが何しでかしてくるか分かったもんじゃないでしょうに?」

「ふむ……」


 確かにお貴族様の周囲にはそのお零れに預からんと有象無象が集ってくるのが世の常だ。実際今日の彼女の周りにも、幾人かの女生徒がかたずをのんで見守っていた。


「とは言え、やっちまったもんは仕方がない、まぁ細かい事は気にするな。このハーレム王である俺様がドーンと受け止めてみせるってもんよ」


 なんならその取り巻きの連中も俺のハーレムに入れてやってもいいってもんだ。


「はぁ、そうね、済んだことは取り戻せないわ。けど注意しておくことね。もう直ぐ闘技大会が始まる事だし、そこでどんな目にあっても知らないからね」

「んっ、あーそういやそんなもんもあったなぁ」


 闘技大会とは新しいクラスになったばかりの俺たちの団結力を増す事を目的とした、クラス対抗の運動会の様なものだ。

 だが、それは単なる運動会と言う訳ではない。実践主義のこのアカデミー、ここで良い成績を収めることが出来たら、次回のクラス編成の際に大きな加点となると聞く。


「ふむ、ふむふむ、そうか、そうだよな」

「そうなのよ、アンタのスタンドプレーのおかげで妙に目を付けられちゃったら、この私が迷惑するの」

「ふーむ、それは済まん事をした。まぁカーヤも俺のハーレムの一員だ、この俺がしっかりと守ってやるよ」

「ちょっ、マジ止めて気持ち悪い、だからいつウチがあんたのサバトに加わるって言ったのよ」


「はっはっは、照れるな照れるな」俺はそう言って彼女の頭を優しく撫でた。

「シャッ!」

「ホブル!?」


 俺がカーヤの頭をなでると同時に、切れのいいショートフックが脇腹に叩き込まれた。照れ隠しにしては力が入ったその一撃は、ディアネットの一撃と何ら遜色のないものだった。


「なっ、何故だ……」

「うっさい気安く触んな馬鹿! 肝臓弾け飛べ!」


 くの字になって床に倒れ込む俺をミーシャたちが大笑いしながら見守っていた。


「はいはーい、みんなー席についてくださーい。ってナックスくん、どうして床にうずくまっているのですかー?」


 立てつけの悪いドアを開けて入って来たのはコモエ先生だ。午後の講義を始めるらしい。


「ああ、ちょっと持病の癪が……気にしないでください」


 俺は脇腹を抑えつつ席に座る。


「ほえー、そうですかー、お大事になさってくださいねー」


 コモエ先生の舌足らずな声が脳に木霊する。癒し効果、と言うものなのだろうか、軋みを上げていた脇腹の痛みが遠のいていくような気がして来た。


「はいはーい。それでは今日は真言魔法についてー」


 戦闘に疲れ切った体にコモエ先生の声は良く染み渡る。俺が眠りの中へ落ちていくのにそう長い時間は必要としなかった。


 ★


(まったく、この男は、口ばっかり達者で良い所なしじゃない)


 ウチは隣の席ですやすやと寝息を立てるナックスを見ながら心の中でそう呟いた。ハーレムだなんだと馬鹿らしい。そんな下らない夢を見る暇があったら、魔法の一つでも覚える方がよっぼどましだ。


 ウチは失敗した。クラス編成試験の時に丁度生理が重なって、試験どころの騒ぎでは無かった。

 このアカデミーに入るには勿論ただと言う訳では無い。街で小さな金物屋を営んでいる父さんが必死の思いで授業料を工面してくれているのだ。


 試験に失敗して泣いて帰ったウチを、父さんは叱ること無く優しく迎えてくれた。ごつごつとした働き者の手で優しく頭をなでてくれた。


(この馬鹿の手が父さんと同じわけがないじゃない)


 奴に頭をなでられたとき、不覚にもその時の事を思い出してしまい、つい反射的に手が出てしまった。

 奴の苦労知らずの薄っぺらい手にだ。


(ふん、馬鹿みたい)


 奴は呑気に寝息を立てている。

 まぁウチには関係ない。ウチは奴と違って努力を重ね、次こそは商業クラスへと行くのだ、そして父さんに楽をさせてあげるのだ。

 ウチは意識を馬鹿から正面へと戻し、食い入るように黒板に目をやった。

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