第1部・最終話 エロスの騎士

 こつんこつんとお互いの剣先を軽く合わせる。


「それでは」


 ディアネットは女神のような麗しさと、野獣のような荒々しさを同居させた笑みを浮かべる。


「いざ尋常に」


 対する俺は、下心100%。混じりけ無しのスケベ心でお相手だ。勝ったら何をしてやろうか今から楽しみでしょうがない。


「「勝負!」」


 合図と共に、まるで示し合わせたかのようにお互い一端距離を取る。

 ディアネットの本気の剣さばきについては、あのロリコンドレイクとの戦いでよく見させてもらった。彼女の腕は本物だ。正直まともに遣り合ったら分が悪い。

 かと言って俺の得意な砂かけ、つば吐き、死んだふり、その他大勢エトセトラ、何でもありの泥仕合に持ち込んだところで彼女の気持ちは晴れないだろう。彼女には、いや全ての女性には、心から気持ちよく俺のハーレムにはいってもらいたいのだ。


「だったら正々堂々の真っ向勝負しかないよなあッ!」

「ええ、それでこそ望むところよッ!」


 にらみ合いから一転、またしても示し合わせた様にお互い距離を詰める。

 カンという木剣同士がぶつかり合う甲高い音が誰も居ないグラウンドに木霊する。


 カン、カカン、カカカン。木剣同士が打ち合う音が、軽やかなリズムを奏でながら、雲一つない月夜に響き渡る。


 ディアネットの少女とは思えない鋭く重い一撃を、そらし、いなし、弾いて行く。

 側頭部を狙う一撃をくぐりかわし、お返しの胴を木剣の柄で受けられる。

 裂帛の二段突きの軌道を木剣の腹を打つことで軌道をそらし、牽制の蹴りを撃つも腰の入っていないそれを容易く避けられる。

 避けようのない胴への一撃を半歩踏み込み、お返しとばかりに剣の柄で受ける。続いて飛んできた肘をスウェーでかわしつつローキックをお見舞いするも、しっかりとガードされる。


「どうしたの! 貴方の本気はこんなもの!?」

「はっ、まだまだ始まったばかりだぜ!」


 心の底から楽しそうに笑うディアネットに、俺までつられて頬が緩んでくる。

 上段、中段、下段と見せかけ、また中段。あらゆる技を駆使して攻撃しては反撃され、反撃しては捌かれる。

 途切れることない攻防は何時までも何時までも続いて行く。純粋な剣の腕ではディアネットの方が上回る。だが俺は師匠との修行生活で培ってきた未来見じみた危険察知能力と、常人を遥かに超える耐久能力がある。俺はそれらを駆使してディアネットの剣を捌いていく。


(なさけねぇが体力勝負に持ち込むか?)


 長期戦になれば俺の有利だ、いくらディアネットが優れた剣士だとしても、やはり女の細腕で何時までも同じペースで攻撃し続ける事は出来ないだろう。


(いや駄目だな、ディアネットはそんな男を望んじゃいない筈だ)


 彼女は美しき野生の獣。自分よりも圧倒的に優れたオスじゃないと心からなびいたりしないだろう。


(攻める時は積極的に、押せ押せで行かなくちゃな!)


 俺は攻撃のペースを上げる。先手を取られっぱなしだったのを巻き返す。反撃と攻撃の垣根をなくしていく。


「あははは。やるじゃないナックス!」

「そいつはどういたしまして!」


 やはり彼女は積極的なのがお好きなようだ。彼女のテンションは上限知らずに上がっていく。

 ベッドの上でもこんな感じなんだろうか? 逆なら逆でギャップ萌え! どっちに転んでもおいしい限り!

 キラキラと流れ落ちる汗が月光を反射して煌めき消えていく。


「「はああああああ!」」


 お互いのリズムはドンドンかみ合っていき、木剣がぶつかり合う回数が増えて来る。

 真っ向勝負、正面からガツンガツンとお互いの気持ちを確かめあうようにぶつかり合う。


「「せりゃああああ!」」


 お互い防御を捨てての全力攻撃、大きく振りかぶった二本の木剣は、お互いの顔の前でぶつかり合い――


 パキリと言う可愛らしい音を立てて砕け散った。


 ★


 パチパチパチと言う拍手の音が木霊する。

 その音に振り返ってみると、グラウンドの階段には大勢のギャラリーが俺たちふたりに盛大な拍手を送っていた。


「んだよ、見せもんじゃねぇぞ」


 俺は流れる汗をぬぐいながら、暇人どもに毒づいた。


「うふふふふ。パーティの主役が抜け出しちゃうんだもの。こっそり後をつけちゃっても仕方がないと思わない?」


 ミーシャはそう言ってタオルを投げ渡してくる。


「凄かったですわ、ディアネット様! 相手が例の変態と言う事を除けばまるで教本に乗ってもおかしくない様な戦い方でした!」


 ディアネットはディアネットで、聖騎士クラスの取り巻きからタオルを受け取っていた。


「ちっ、ここからが本番だったってのによ」


 お互い無手の戦いとなれば、触り放題、揉み放題、くんずほぐれつの吸い放題だったはずなのだが。


「うふふふふ。まぁ今日の所は引き分けと言う事でいいんじゃない。楽しみは取っておかないと」

「はぁ……」


 ミーシャの提案に俺は盛大なため息を吐く。


「だそうだけどよ、どうするよディアネット?」

「そうね、戦う雰囲気じゃなくなっちゃったわ」


 ディアネットはそう言って肩をすくめる。しかしその恰好とはうらはらに、彼女はとても満足そうな顔をしていた。


「しゃーない、そうしますか」


 俺も彼女と同じように肩をすくめる。

 残念ながら今日の所は彼女のハーレム入りはお預けと言う事だが……まぁ仕方がない。こんな日だってあるだろう。というかこんな日ばかりな気がするが。


「まぁいいか」


 そう、俺たちのアカデミー生活はまだまだ始まったばかり、これからもイベントは山盛りだ。そのうち俺の魅力に気が付いた女たちが私も私もと押し寄せて、両手では数えきれないほどの女たちをはべらすことになるのだ。今は焦っても仕方がない、慌てる乞食は何とやら、もてる男には余裕だって必要だ。


「それじゃあ、ディアネット」


 俺はそう言って手を差し伸べる。


「ええ、またの機会を楽しみにしているわ」


 彼女はその手をしっかりと握り返した。


「おう、楽しみにしといてくれ。なんせこの俺は――」


 ハーレム王になる男だからな!


 ★


「あっはっはっはっ、中々にいい青春を送っている様じゃないか」


 校舎の屋上からその様子を眺めている人影があった。その人影は屋上の柵にもたれかかり、床まで届くような長い黒髪を艶やかに晒していた。


「いったい何時帰って来たのですか?」

「はっはー、なーにただの気まぐれですよ。気に障るなら直ぐにおさらばしますよ」


 その人影は背後から急に掛けられた声に驚くことなく、グラウンドを向いたままごく自然に返事を返す。


「いえいえ、貴方はこのアカデミーの卒業生です。何時でも歓迎しますよ、リナリカ・ナーガ」

「はっはー、そう言う所は変わらないですね、マクガイン先生」


 ふわりと黒髪が波打った。マクガインの方へと振り返ったリナリカは、月光をバックに優雅にほほ笑んだ。


「お久しぶりですね、リナリカ・ナーガ」

「そうですねぇ。かれこれ……いや数えるのは止めときましょう」

「ははは。そうですね、女性に年齢を想起させるような事はデリカシーに欠けるというものですな」

「まぁ今更の話ですけどね。それに外見年齢位どうにでもなりますし」

「そうですね、貴方は何時まで経っても変わらない」

「それは外見の話ですか? それとも中身の話ですか?」


 リナリカは意地悪そうな笑みを浮かべてそう尋ねる。


「もちろん両方ですよ、貴方は何時まで経っても貴方のままだ」

「ひどいなあ、それじゃー私が成長してないみたいな言い方じゃないですか」

「ははは、それは失礼。……いや一つ変わった事もありましたな」


 マクガインはそう言ってグランドに視線を向ける。


「そうですねぇ。確かにそうかも」


 それにつられて、リナリカも視線を向ける。その先ではナックスが何をしでかしたのかカーヤにショートフックを撃ち込まれていた。


「あの頃は貴方が弟子を取るなんて思いもしませんでした」

「まぁ内弟子と言う訳じゃありませんよ。魔法のまの字も教えてませんからね」


 リナリカはそう言うと愉快そうに含み笑いをした。


「それでもです。貴方が他人を自分の傍においていたという事が事件です」

「事件とはまた、大仰な物言いですね」

「違いますか?」

「あはっはっはっはっは、いや確かに間違いない。かつての私から想像も出来なかった事件です。

 ほんの気まぐれ暇つぶし、自分でも理由は定かではないんですがね。まぁそれなりに楽しい時間を過ごしました」


 リナリカは慈しむような視線をグラウンドに向ける。


「あの子は何のとりえも無い、ごくごく普通の子供です。普通にサボり、普通に努力し、普通に泣いて、普通に怒る。私と違い何処にでもいる極々ありふれた子供です。

 ちょっとばかし、間抜けな夢をいだいてはいますが、それはまぁお愛嬌。

精々厳しくしてやって、明るく楽しい青春って奴を送らせてあげてくださいな」


 リナリカの言葉に、マクガインは何かを思い出すように目を閉じて少し笑う。

 そして彼が目を開けた次の瞬間にはリナリカの姿は何処にも存在しなかった。


「そうですね、それが我々教師の役目です」


 マクガインはそう呟き、屋上を後にしたのだった。


エロスの騎士 第一部完

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