第6章 変わらぬ日常
第36話 冒険者クラス
「ういーっすおっはようさーん」
闘技大会から暫く、爽やかとは言い難い微妙な天気の中、湿気を帯びて立てつけが一段と悪くなっているクラスのドアを壊さないように慎重に開けつつ中にはいると――
「うぎゃあああああああ! メーデー! メーデー!」
「くそったれ! ガレスがやられた!」
「ひるむな! 我らにはコモエ先生の加護が付いているぞ!」
「くそったれ! くそったれ! くそったれ!」
「タリーズ! 助けてくれ タリーズ!」
「よせボンゴ! 奴はもう手遅れだ!」
――そこは戦場だった。
「……何やってんのあいつ等?」
「床から湧いて来るヘッポコポコリン虫|(仮名)との決戦だって」
「ほーん、さよか」
そいつは朝っぱらから元気な事で。俺は予習に勤しむカーヤと軽く挨拶を交わした後、ギシギシと不安な音を鳴らす席に着く。
ちなみにヘッポコポコリン虫とは、我がクラスの先住民族で体長15cm程の節くれだった甲虫だ。正式名称はコモエ先生含め誰も知らない、もしかしたら新種の虫かもしれない。ついでに言うと好物は新鮮な肉らしく、居眠りしていると足をかじられる事もある。……結構痛い。
「ところでカーヤ様、ひとつお願いがあるのですが」
「いやよ。どうせ宿題を写させてほしいって言うんでしょ」
「そこを何とか! 俺昨日は忙しかったんだよー」
「どーせ下らない用事でしょ」
「いやいやいやいや、何をおっしゃるカーヤ様」
「うふふふふ。昨夜はパルポちゃんと仲良くお出かけしてたのよねー、さてさて、何処に行っていたのかしら?」
「げっミーシャ、何故それを!」
「そりゃあ知ってるわよ、私パルポちゃんとは同室だもの」
「……不潔」
「いやいやいやいや! レディカーヤ? 貴方は大変な思い違いをしていますぞ?」
「じゃあ何してたって言うのよ」
「えーそれはだなー、あー、何というかー男と男の約束と言うかなー」
「……色情魔」
「カーヤさん!?」
こうして俺たちが爽やかな朝のふれあいで時間を浪費していると。聞きなじんだ舌足らずな声が聞こえて来た。
「みなさーん、おはようございまーす」
『おはようございます先生』
「はいおはようございます、それではホームルームをはじめますよー。今日のにっちょくはだれですかー?」
「はい、ガレ……奴は死にました」
「死んだのですか!?」
「ええ、奴は勇敢に戦いました」
「はー、それならしかたがないですねー。それじゃあ次の日のひと、かわりにおねがいしますー」
「よしきた! 俺様の出番か!」
ジャレミはそう言うと勢いよく立ち上がり……
「うがあああああーーーーーーーーーー……!」
その勢いに弱った床は耐え切れず、奴は暗闇へと姿を消した。
「それじゃー、次の次の日のひとー」
冒険者クラスは今日も平和である。
★
「やっぱり駄目だ! 全然なっちゃいない!」
「何ようるさいわね、落ち着いてお昼ごはんが食べられないじゃない」
教室で昼飯などのハードモードは出来る訳も無く、俺たちは中庭に腰を落ち着かせていた。
ちなみにジュレミの姿はここにはいない。きっと床の下でヘッポコポコリン虫クイーンとの一大決戦を繰り広げているのだろう。
穴が開きっぱなしだと危ないから速攻でふさいだし。
「早くだ、一刻も早くここから脱出しなければ!」
「まぁ、その意見には同意よね」
カーヤはおままごとみたいな弁当を食べながらそう相槌を打つ。そんな量で足りるのかと不思議になってくるが、まぁドワーフの女子だしそんなものなのだろうか? カーヤの親父さんは底の抜けた樽状態で酒をがぶ飲みしていたものだが。
どこかで内申点を稼いで、次回のクラス編成では確実にエリートクラス行きの切符を入手したいのだが、生憎と次のイベントの文化祭までは少々時間がある。
「どっかでお気楽かつお手軽に内申点をゲットできない物だろうか……」
「アンタってホントに正直者よね」
「やめろよ、照れるじゃないか……。
それとも惚れ直した? マイハーレムに入る決心が出来た感じ?」
「率直に言って死ね」
「うふふふふ。相変わらず仲がいいわねぇ貴方たち」
和気藹々とした昼休みにねっとりとした声が響き渡る。
「おう、どこ行ってたんだミーシャ」
「ちょっと野暮用で職員室にね、それよりナックスちゃん。ポイントを稼ぎたいのならいい話があるわよ」
「なに! 本当か!」
そいつは正に渡りに笛、あるいは噂をすればハゲ。まさにドンピシャのタイミングだ。
「ええ、コモエ先生が面倒事を押し付けられたみたいでね、それを解決してあげればいいアピールになるのじゃないかしら」
そうかー、やっぱりコモエ先生も立場低いのか―。まぁ高かったら冒険者クラスの担任なんて外れくじ引かされて無いもんなー。
俺は少しばかり寂しい思いを感じつつ。職員室へと足を運んだ。
★
職員室の中ほどにコモエ先生の机はあった。彼女の机には書類が山と積まれており、日頃の業務の過酷さを物語っていた。
まぁ、ただ単に片付けるのが下手だけかもしれないが。
「あれあれー、カーヤちゃんはともかく、ナックスくんが、ここをたずねるなんてめずらしいですねー」
「いえいえ、ちょいとコモエ先生がお困りだって小耳にはさみましてね」
「んー困りごとですかー?」
彼女はそう言って、童女のように小首を傾げる。あれ、おかしいな? ミーシャの奴の情報とは異なる反応だぞ?
「そうですねー、ナックスくんのエッチな行為をなんとかしてほしいって苦情ならきてますよー」
「は? いやいやいやいやいや。僕は品性高潔な人間ですよ、その様な下品なふるまいをするわけがないじゃないですか」
「えーっとですねー」
コモエ先生はそう言いながら分厚いファイルを引っ張り出す、そこには要注意生徒一覧と書かれてあった。
「はいこれですー。スカートめくりに、女子こういしつののぞき、女子せいとへの付きまとい。その他にも色々なくじょうがよせられているのですよー」
「アンタ、何やってんのよこの変態」
「いやいや違うんですよ、おふたりとも。僕はですね、愛する女生徒たちを不審者から守るべく」
「アンタが一番の不審者でしょうがッ!」
「ぐどぅ!?」
「こらこら、カーヤちゃん。しょくいんしつでのぼーりょくはめっですよー」
「済みませんでしたコモエ先生」
カーヤ渾身のショートフックを食らい悶絶している俺をよそに、ふたりは和気あいあいと喋り続ける。
「ウチのクラスのミーシャから聞いたのですが、コモエ先生は何か頼まれごとをされたとか?」
「ああ、そのはなしでしたかー。それならそうと言ってくれればよかったんですよー」
コモエ先生はそう言うと、机の中から一枚の書類を取り出した。
「アカデミーにある大図書館はしってますよねー」
「そんなのありましたっけ?」
俺が小首をかしげると、カーヤが鋭い目つきで睨んできた。
「アンタは少し黙ってって」
「……はい」
「その大図書館のししょせんせいからのお願いなのですけどー」
と、コモエ先生が依頼された内容を説明してくれた。
アカデミーに存在する大図書館、それは生きた建築物である。何が生きているかというと、その建築物は蔵書の量によって自動的に拡張していくと言う魔法がかけられているのだ。
「んな目茶苦茶な」
「コモエ先生もくわしくは知りませんけど、このアカデミー設立とうしょに、こーめーな魔法使いがせっけいしたという話なのですよー」
「それではお願いと言うのは蔵書の整理と言う事なのですか?」
「いえいえちがいますー。本にはきちょうかつキケンなものが、かずおおくそんざいしていてー。シロートさんがてをだすと命のキケンにかかわってしまうそうなのですー」
出鱈目極まりないな、図書館の名を借りた兵器庫かなんかだろう。
「えーっとそれじゃあ?」
「お願いされたのは、あらたにかくちょうされた場所のマッピングなのですよー」
コモエ先生はそう言って苦笑いをしたのだった。
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