第7章 ようこそ大図書館へ

第37話 大図書館

 エリートクラスへの推薦状こそは取りうることはで聞かなかったが。俺の冤罪については考慮してくれるという交換条件で、俺はその依頼を受ける事にした。

 というか、そもそもコモエ先生の一存でエリートクラスへの編入が可能になるという訳でもなかったらしいが。


「まぁ、それはそうよねー、ウチもアンタに釣られて淡い夢を見ちゃったものだわ」


 本日の講義が終わった放課後、俺の横でてくてく足を進めるカーヤにそう尋ねる。


「といっても、お前は付き合ってくれるんだ」

「まぁね。流石にあそこまで聞いておいてハイさようならとは言い難いわよ」


 カーヤはやれやれと肩をすくめながらそう言った。


「それに大図書館は誰にも邪魔されずに勉学に打ち込めるウチのお気に入りの場所なの。あそこからの頼みと言っちゃ断れないってもんよ」


 それは初耳だ、俺の場合は、放課後はパルポと一緒にアカデミー内の治安維持活動に勤しんでいたりするから、図書館なんぞに目を向けている暇は無かった。


「まぁ、ウチのクラスは勉学に勤しむ場じゃないからな」


 あそこはサバイバルの実習場である。

 ちなみに朝一番に姿を消したジャレミの奴はとうとう最後までその姿を見せなかった。エルダーヘッポコポコリン虫グレートカイザーとの最終決戦を繰り広げているのかもしれない。

 ……まぁどうでも与太話だが。


「ほら、あそこが大図書館よ」


 カーヤはそう言って赤レンガで作られた厳めしい建物を指さした。


「ああ、あそこは図書館だったんだ」


 何度も通り過ぎはしたものの、何故か拒絶反応がして立ち入りはしなかった場所だ。まぁそれが図書館ならば仕方がない。なんで好き好んで授業時間以外でも勉強せねばならんのだ。


「けど、永久に成長をし続ける大図書館と言う割には大したことは無くないか?」


 古くしっかりとした歴史を感じる造りだが、その高さは2階建て。百年を優に超すこのアカデミーの歴史から考えると、あまり大したことのないように見える。もしかしたら異空間へ繋がる魔法でも使っているのだろうか。


「外から目に見える部分はね。この大図書館は地下がメインなのよ」


 カーヤはそう言って、すたすたと大図書館のドアを潜って行った。


 ★


 俺たちを待ち受けていたのは、ゆったりとした艶やかな黒髪を腰まで伸ばした、丸メガネのとても良く似合う、美人のお姉さんだった。

 おっぱいモンスター師匠ほどのダイナマイトボディと言う訳ではないが、メリハリ着いたそのわがままボディはゆったりとしたローブの上からでもよく分かる代物で、こんな逸材がかび臭い図書館にこもりきりと言うのは当アカデミー最大の損失ではないだろうか。


「やあやあコモエ先生から聞いていますよー、私は図書委員長のオリアンナ・ローズマリー。ちなみに魔術師クラス2年ですー」


 オリアンナ先輩はのほほんとした口調でそう挨拶をしてくれた。


「初めまして美しいお姉さま、僕はナックス・レクサファイと言います。おっぱい揉んでいいですぐるふぁっ!?」

「ああ、済みません、このバカの事は気にしないでください」


 カーヤのショートフックは日に日に切れとコクを増してきている。あばらにヒビでも入っているんじゃなかろうか。


「あははははは。コモエ先生から聞いた通りの人物の様ですねー」

「ははっ、照れちゃうなぁ。先生そんなに俺の事誉めてました?」

「あははははは。そこでこう言う返しが出来るのも凄いですが、まぁそれは置いときましょうー」


 オリアンナ先輩は何事も無かったように話を進めていく。


「ここをよく利用してくれているカーヤちゃんにはともかく、ナックス君には一応色々と説明をしておきますかー」

「はぁ、よろしくお願いします」


 こうしてオリアンナ先輩の説明会が始まった。

 この大図書館は地上2階、地下13階と言う地下に大きく根を張った構造をしているらしい。

 この基本設計をしたのは初代魔術師クラスを担当した伝説の大魔法使いヘイデリック・カスケード。彼は空間魔法と土魔法に長じた人物で、この大図書館以外にも数多くの建築物を世に残した大建築家と言う事だ。


 彼はこのアカデミーが百年、いや千年続いても大丈夫な様に仕掛けたのがこの自己増殖する図書館だ、とは言え上ににょきにょき伸びて行ってもそれはそれで迷惑極まりないという事で、成長方向を地下に向けたという話。


「今やこの大図書館はアカデミーの地下をすっぽりと覆うほどに成長していますー」


 オリアンナ先輩は一体何が楽しいのか、ニコニコと誇らしげにそう言った。


「その上で、地下13階ですか、物凄い広さですね」

「ええ、たまに遭難者が出て一週間ぐらい帰って来ないとかはざらにある話ですよー」


 サバイバルの実習場はウチのクラスだけでは無かった、一体なんなんだこのアカデミーは。


「それでマッピングの依頼ですか」

「はい、拡張は階ごとに行われます。という訳で最近出来た地下13階の調査をお願いしたいのですがー」


 オリアンナ先輩はそこで言い淀む。


「話は聞きましたわオリアンナ先輩……ってあら、ナックスじゃない、アンタみたいな人がなんでここに?」


 そこに現れたのは聖騎士クラス筆頭ディアネットであった。


 ★


「「ダブルブッキング?」」

「ええ、申し訳ございません、司書のポリタン先生が手当たり次第に声をかけちゃったみたいでしてー。

 何しろ拡張が行われたのは久しぶりの事でして、頼みの綱の前回のレポートも要領を得ずー」


 オリアンナ先輩は申し訳なさそうに小声でそう呟いた。


「分かりましたオリアンナ先輩」


 困り顔のオリアンナ先輩に対して、ディアネットは顔をつやつやさせながらこう言った。


「要するに勝負ですね!」

『は?』

「少し考え方を変えてくださいオリアンナ先輩」


 ディアネットは指をピンと立てながら説明口調で話を続ける。


「私たち聖騎士クラスとナックスたち冒険者クラス、ふたつのクラスが同時に同じ任務を受け取った、それはすなわちダブルブッキングではなくレース開始の合図です!」


 いったい何を言っているんだろうかこの娘さんは。こっちは冤罪を晴らすという大事な目標があるのだ、お遊び気分は止めて欲しい。


「駄目です駄目です許可できませんー。未踏破の地下迷宮にはどんな危険が待ち受けているのか分かりません、ゲーム感覚で挑んでいいようなものでは決してないのですよー」


 ついに地下迷宮って言っちゃったよこの人。ってかそんなに危険なんだ、ここはホントに図書館か?


「えー、そこを何とか」


 だが、ディアネットはそう言って食い下がる。一体何がこいつをそこまで駆り立てるのか。


「駄目ですよーディアネットさん。これは貴方が想像しているよりも遥かに危険な任務なのですー」


 オリアンナ先輩はわがままを言う子供を優しくしかりつけるようにそう言った。というかそんなに危険なら学生に任せず専門家に依頼した方がいいと思うのだが。


「ディ、ディアネット様? 何やら厄介そうな雰囲気ですわよ?」


 危険危険と連呼され。ディアネットの取り巻きは腰が引けて来る。まぁその気持ちも分からんでもない、俺だって冤罪の件が無ければこんな面倒くさい事は真っ平ごめんである。


「何よ貴方たち情けないわね、最初の勢いはどうしたのよ?」

「だってあの男が居るのですわ、絶対に碌な目にあいませんですわよ!」


 とりまきーずは、びしっと俺を指さした。まったくもてる男はつらいぜ。


「どうした可愛らしいお嬢さん方、俺とのダンスをご所望かい?」


 俺はその差し出された手を恭しく受け取ろうとしたが……。


「ひっ変態がうつる!」


 とりまきーずの皆さんはそう言うなりディアネットの背後に隠れる。まったく可愛い照れ屋さんたちだ。

 あまり調子にのってるとおっぱい揉むぞ? 揉みしだくぞ? その可憐な双丘をべろんべろんに揉みしだくぞ?


「へっ変態ですわー!」


 俺が両手をわきわきさせていると、とりまきーずのお嬢さんたちは脱兎の如く逃げ出した。


「ふっ、計らずともダブルブッキングの件は解決してしまいました」


 俺は爽やかな笑顔を浮かべ、オリアンナ先輩へそう報告した。


「あっあははははは。そっそうですねー?」

「「いい加減にしろこの変態!」」

「ふぐるらッ!?」


 俺は、左右から同時にパンチを受けると、衝撃の逃げ場が無くなって体の中で爆発が起こる事を知った。

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