第38話 地下7階

「最近転移ゲートの様子がおかしくてですねー」


 オリアンナ先輩は申し訳なさそうに複雑怪奇な迷宮を案内してくれる。

 普段なら地下12階までは転移ゲートで一瞬だそうだが、現在それは調子が悪く、何処に飛ばされるが分かったものではないとのことだ。

 地下12階へ行こうと思ったら地上2階に飛ばされたり、最悪の場合「壁の中にいる!」という状況になってもおかしくはないという事。


「恐らくは拡張の影響で空間が歪んでいることが原因なのだとは思いますがー」

「まぁ、おそらくはそうでしょうね。転移ゲートは空間魔法によるもの、干渉しあってもおかしくは無いですわ」


 ディアネットはそう相槌を打つ。

 っていうかなんで付いて来てるんだこのお嬢さん。そんなに俺のハーレムに入りたいのだろうか?


「まぁいいじゃない、彼女ほどの実力者が付いて来てくれるのなら心強いわ」


 俺が不思議な顔をしているのを察したのだろう。カーヤが小声でそう呟いた。


「まっそれもそうかー、旅は道づれ世は怠けってな」

「それを言うなら世は情けね。怠けてどうするのよ怠けて」

「まぁ、そうとも言う」


 怠けて世界が回るならばそれに越したことはないが、生憎とこうやって汗水たらして働かなければならないという事だ。


「それにしてもやはり広いですわねここは」

「あははー、疲れちゃいましたかディアネットさん、慣れないうちは仕方がないですよー」

「いえ、それは大丈夫です。ただ、同じような景色のなかをグルグルと進むのはちょっとぞっとしますわね」


 たしかに、何処を見ても本棚ばかり、遭難者が出るというのもうなずける話だ。


「慣れですね、慣れ。まぁ私も始めのうちは先輩の後ろを付いていなければ直ぐにまよっちゃってましたよー」


 オリアンナ先輩は遠い目をしてそう言った。なるほど人に歴史あり、今はバインバインな先輩にもロリっ子キュートな時代があったという事か。

 俺は先輩のローブの下に隠された揺れるセクシーヒップを眺めながらそう物思いにふけいった。


「あっあのー、さっきからナックス君は静かですが、何か疑問でもありますかー?」


 先輩は俺の熱視線を感じたのかキュートなお尻を手で隠しながらそう聞いて来る。


「揉みた……いやそうでは無くて。

 ……ここは磁場とか狂ってます?」


 修業時代に身に付けた俺の方向感覚は野生の獣なみだ、そいつがさっぱり働かない。


「ああそれですかー、確かにここは特殊な結界に包まれているので、方向感覚が狂ってしまう人も多いですよねー」


 そいつは参ったな、いざという時に脱出の手段が限られちまう。


「そうだ、先輩のおっぱいで道しるべを――」

「「何馬鹿な事を言ってんのッ!」」


 だからダブルはやめてくれ、口から内臓が飛び出て来る。


 ★


 もはや何階まで降りたか分からなくなってきたころ、薄暗い図書館の中に煌々とした灯りがともっているのを発見した。


「あれ? 先輩、あの光は?」

「ああ、あれは購買部ですよー。ちょうど時間も時間ですので休憩でもしていきますかー?」


 光に導かれるように購買部とやらに近づいていく。それは思ったのより遥かにデカイ購買部だった。


「ちょっとしたマーケットよねこれって」


 そのスケールにカーヤもあんぐりと口を開ける。購買部の中には食料品を始めとして何をとち狂ったのか武器防具も売っていた。


「カーヤもここは初めてなのか?」

「ウチは基本的に地上部分か地下の浅い所までしか来た事は無いわ。ここまで潜ったのは初めてよ」


 購買部の看板には『大図書館地下7階』と記されてあった。いつの間にか半分以上下っていたようだ。


「って、ここアイツの店じゃない!」


 そう、看板に書かれていたのは現在の階層だけでは無い、そこには『アスフーツ商会』と大きな金文字が刻まれていたのだ。

 アスフーツと言えば、魔法試験の一回戦でカーヤと覇を競い合った、リップと言うドワーフの子の実家の筈。


「まぁドワーフと地下商店は相性がいいわなぁ」


 俺は呑気にそう漏らした。

 ドワーフと言えば鉱山、鉱山と言えばドワーフだ。例えそれがアカデミーの地下であろうともドワーフが商店を開いているのに不思議はない。


「まったく、どこまでも節操のない奴よね」


 カーヤはそう言ってぶつくさと文句を言うが、さりとて背に腹は代えられない。俺たちは軽食とドリンクを買いレジに並ぶ。


「おや、何処のどなたかと思えばカーヤさんじゃございませんこと?」

「げっリップ!」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには件のリップ嬢の姿があった。


「カーヤさんだけではございませんわね、聖騎士クラスのディアネット嬢に、図書委員のオリアンナ先輩、それに……」


 リップは俺に視線を合わせるとにっこりと極上の笑顔を浮かべる。ヤバイな何処でフラグを建てたのか覚えちゃいないが、ここにも俺のハーレムに入りたいという女子がいたようだ。


「学園きっての変態と噂に名高いナックス様でございますね」

「いやいやいやいやいや」


 俺がブンブンと顔を振る横で、三人はうんうんと首を縦に振る。オリアンナ先輩、貴方もか!


「皆さまが勢ぞろいと言う事はもしかして?」


 リップはそう言って下を指さす。


「はいそうですー。13階のマッピングをしようかとー」


 オリアンナ先輩はほんわかとそう返事をする。


「そうですか、私はこの支店の視察に来ていたのですが……」


 リップはカーヤの事をチラリと眺めた後こう言った。


「オリアンナ先輩、その探索、私もご一緒させていただいて構いませんか?」

「なっなんでアンタが!」

「あらあらカーヤさん。私はオリアンナ先輩とお話ししているのですよ」


 リップはニヤニヤと笑いながらそう語る。


「地下13階ともなれば次の支店を出すのにちょうどいいと思いませんかオリアンナ先輩?」

「むー確かにそうですけどねー。流石にそれは図書委員の範疇をこえていますー」

「ええ、もちろん最終的な決定権がポリタン先生にあることは承知していますわ。ですが現図書委員長であるオリアンナ先輩の意見も決して軽いものでは無いという事も」

「あうあうー」

「良いのではないのですかオリアンナ先輩」


 判断にこまる先輩に助け舟を出したのはディアネットだった。


「リップさんもたった一回の視察で決定するという事ではないでしょう。彼女の実力は私も良く知っています。仲間に加えて決して損は無いはずですわ」

「反対! 絶対反対! こんな奴を仲間に加えてもいいことないですって!」

「あらあら、カーヤさん。私はオリアンナ先輩には遠く及びませんが、それなりにはこの地下大迷宮を探索しておりますわ」


 リップはそう言ってくすくすと上品に笑う。


「カーヤさん。どうやら私たちには不幸な食い違いがあっている様ですわ。私はこの機会にそれも解消したいと思っていますの」

「むぎゅぎゅ」


 こう言われれば、カーヤひとりが駄々をこねているという感じになってしまう。

 カーヤは何とか反対の口実を見つけようとして……。


「あっ、アンタも何とか言いなさいよナックス!」


 その矛先を俺に向けて来た。


「おっ俺か? 俺……うーん」


 突然そんな事を言われても、そんなにすぐに言葉は出てこない。おれはそもそも何故カーヤがこんなにもリップの事を毛嫌いしているのかすら知らないのだ。


 腰に手を当て悩む俺の腕にすっと絡みつくものがあった。それは絹のような滑らかさとともに天使のような清らかさがあった。だが、そんなものはどうでもいい、それよりもっと大事な感覚が付いて来た。

 それは触れては壊れてしまいそうな儚さと同時に、地母神の如く慈愛に溢れていた。それは春の日溜りのような柔らかみの中にも、しっかりとした夏の情熱を現す様な鼓動を刻んでいた。

 決して大きなものでは無い。人によっては取るに足らない些細なものかもしれない、だがこの感触の前に大小を論じるのは愚かなもの。

 それは、俺の腕に押し付けられたリップのおっぱいだった。


「彼女は必要な人物ですオリアンナ先輩」


 俺ははっきりとそう言いきった。


「この裏切者ーーー!」

「ふべらば!」

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