第39話 地下12階

 目の前にはプリプリ揺れるお尻が三つ、俺はそれを眺めながらも、真横から放たれる、殺気を帯びた視線に体の芯を凍えさせていた。


「いい加減に機嫌を直せよカーヤ、大人気ないぜ?」

「ウチは別に怒ってなんかいないわよ!」


 うむ、カーヤさん大激怒である。だが、冷静に考えたら道案内が2人に増えるという事はメリットでしかない。リップをパーティに加えて損は無いはずだ。


「そもそも、なんでそんなに毛嫌いしてんだ? あっちはそうでもないみたいだが?」

「ふん! 猫被っているだけよ」

「まぁ誰だって猫の一匹や二匹被っていてもおかしくはないだろ? 俺の師匠なんか罠張る時は虎を被ってたぜ?」


 心理的にも物理的にもだ。


「うふふふふ。カーヤさんと私は古くからの付き合いですの」


 俺たちの会話が聞こえていたのか、リップがそう口を挟んできた。まぁその情報は魔法試験の時に聞いている。なんだかカーヤの親父さんに強引な取引だか、引き抜きだかをしたとかなんとか。


「それは事実ですわ、アスフーツ商会は、カーヤさんのお父上の腕を非常に高く買っておりますの、その事で多少強引な手段を使ったとも聞いておりますわ」


 リップは堂々とその事実を認めた。


「ですがそれは親同士の話、私としてはその様な過去は水に流し、個人個人のお付き合いをしたいと思っていますけど」

「なーにが『その様な過去』よ! お父さんの弟子を無理矢理引き抜いたり、やりたい放題だったじゃないの!」


 カーヤはガルガルと牙をむく。


「それにつきましては多少の意見の食い違いがございます。ですが仲良くしたいと思っているのは事実でしてよ」

「ふんだ、そんな事を言ってまたお父さんを利用しようっていうんでしょ!」


 あくまで冷静に話を進めたいリップに対し、カーヤは感情むき出しにして食い掛かっていく。まぁそのあたりは大企業の余裕と、個人商店の焦りというものも関係しているのかもしれない。


「まっまぁ、ふたりは幼馴染って事でいいんだよな?」


 俺はふたりの間を取り持とうと、そう話題を振った。


「ええそうですわ。うちはカーヤさんのお父様とは古くから取引をさせて頂いておりまして、その関係で子供のころは良く遊んでいたものですわ」

「ふん、子供の頃の話よ子供の頃の」


 カーヤは顔をそむけながらそう言った。


「ふたりでおままごとをしたり、カーヤさんのお店に忍び込んで指輪作りの真似事をしたり、色々とやんちゃな事をしてましたの」

「ばっばか! そんな事この場で言わなくてもいいでしょ!」


 カーヤは顔を赤らめながら、リップの口を押えようとする。


「うふふふふ。まだまだ序の口ですわ」

「わーわーわー! 禁止禁止! それ以上口を開くなこのバカー!」


 カーヤはそれ以上の黒歴史を喋らすまいと、必死になってリップの口を塞ぐ。


「んー、なんか、一週回って仲がいいんじゃねぇの?」

「うふふふふ。そうかもしれませんわねー」


 オリアンナ先輩はほんわかした口調でそう話す。カーヤとリップ、傍目に見れば仲のいいドワーフ姉妹としか見えなかった。


 ★


「さてさてー、ここから先が地下12階となっていますー。この先は未整備な所も多いので足元にはお気を付け下さいー」


 オリアンナ先輩のほんわかした口調では今一緊張感が湧きやしないが、ようやくと目的地の一歩前、地下12階まで降りて来た事になる。


「あれ? 結構本がまばらなんですね」

「そうですねー、拡張はこの12階に本が積まれ始めた頃に行われましたー。ヘイデリック先生は先を見据えた建築がお好きだったみたいですねー」


 なるほど、きっと長期休暇の宿題を開始当初に一気にやってしまうタイプだったのだろう。ギリギリまで粘った挙句、学校が始まってから友達に見せてもらう俺とは大違いだ。


「うふふふふ。お気を付けてくださいねナックスさん」


 リップはそう言って意味深に笑う。


「ん? 何がだ?」

「ヘイデリック先生は、先見性があると同時に非常に用心深い方でしたそうですわ。そんなお方が何のセキュリティも無く、只々図書館を広げるだけで満足するとお思いですか?」

「……それって」


 何か猛烈に嫌な予感がしてくる。


「なっナックス?」


 カーヤの震え声と同時に、くいくいと俺の袖が引っ張られる。

 カーヤの視線の先はうっすらとした灯りの灯る果ての見えない廊下だった。


「ん……良く見えないな」


 修業の結果、常人に比べて多少は夜目は効くが、それでも所詮はヒューマンだ本職のドワーフには敵わない。


「そうね、何か動いたような気もするけど……」


 それは同じヒューマンであるディアネットも同じこと、彼女は注意深く暗闇を凝視する。

 その時だ。

 グルグルと言う腹を空かした獣の声が、遠い向うから微かに聞こえて来た。


「待って! 剣を抜かないで! アレはただのガーディアンです!」


 オリアンナ先輩の厳しい声で、柄に伸ばしかけた手をとっさに止める。

 俺たちが息をひそめてその場に待機していると、暗闇の奥から石造りのライオンが姿を現した。


 オリアンナ先輩はそのライオンに向けて、ネームプレートを掲げると、そのライオンは興味を失った様に、何処かへと去って行った。


「なっなんなんですか!? アイツは!」

「盗難防止の為のガーディアンですよー。ですがーご安心ください、ここに降りる際にお渡しした特別入館許可証さえあれば、彼らは襲ってきませんよー」


 オリアンナ先輩はそう言うと首から下げたネームプレートをひょいと掲げる。


「ああ、それで魔法陣が書かれてあるんですね。妙な魔力が漂ってるし気になってました」

「ああ、そう言えばご説明がまだでしたかー、どうも申し訳ございませんー」


 成程これがか、俺は自分の胸の前で揺れる許可証をしっかりと握りしめた。


「彼らは、担当している階をグルグルと回って警備してくれていますー。見かけは恐ろしいですけど、とても頼りがいのある子たちなんですよー」

「ええ、そうですわね。けど注意点がありますわよねオリアンナ先輩」


 リップは勿体付けてそう言った。


「そうですねー、そうなんですよー」


 オリアンナ先輩は腕を組みながらそう唸る。


「実はですねー、この許可証をガーディアンたちに認識してもらうにはとある条件があるのです」

「……その条件とは?」


 僕、なんだかとっても悪い予感がするよ?


「戦って勝つ、簡単な事ですわね」


 ニヤニヤ顔のリップさんが、そのセリフを受け着いだ。くそったれ、くそったれだ。まぁそんなこったろうとは思ってたよ!


「生まれたばかりのガーディアンは無垢な存在なんです、誰が敵で誰が見方も分かっていません」

「それでいっぺんぼこってから上下関係を教えてやるっていう事ですか」

「まぁありていに言えばそうなりますねー」


 思えば最初からこの依頼は怪しかったんだ、単にマッピングするだけなら、他所に頼まずに自分たちだけですればいい、それはすなわちある程度の危険性があるという事だ。


「そう、それなら退屈せずに済みそうね」


 血の気の多いお嬢様は一体何がそんなに楽しいのか、ルンルン気分でそう言った。


「あのー、それじゃあ地下13階はどうなってるんですか?」


 カーヤが恐る恐るそう聞いて来る。


「勿論まだ未探索です。貴方たちへの依頼にはそのガーディアンたちのしつけもふくまれていますよー」


 オリアンナ先輩はニコニコ笑いながらそう言った。

 酷い詐欺を見た、そしてその被害者は何を隠そう俺たちだった。

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